プロローグ2

 車が辿り着いた先は1つの小さな病院だった。

 表札には【明日暮あすぐれ診療所】の文字が掲げてある。


「さ、着いたよ。報酬は何時もの口座に」


歴召へきめくん、キミにも私の最後を見てもらいたい」


 歴召と呼ばれた男は少し考えた。正確には考える素振りをした。


「まぁ、今日は貴方の依頼だけだからね。付き合うよ」


「感謝する」


 帽子の隙間から見える口元は少し笑っていた。



 *



 インターフォンを鳴らすと、応答の代わりに鍵の開く音が聞こえた。

 扉を開き玄関に入るとそこには2人の男が居た。1人は白衣に身を包んだ明らかに医者という格好の男。もう1人は白いタキシードを着て、丸いサングラスを掛けた見るからに怪しい男。


「あれ、“ゆう”がいるのは当たり前だけど“十語とうご”がいるのはおかしくない?」


「いや、今回は錆谷さびやくんが僕に情報を売ったんだ。妹さんの方じゃなくてね」


 ビダハビットはどうやら彼が居ることを最初から知っていたようだ。


「妹じゃなくて従兄弟って言ってんだろ、ビダハビット。それに今回ばかりはアイツは巻き込めない。流石にリスキーすぎる」


 白いタキシードに身を包んだ【錆谷十語さびやとうご】は呆れた様に口にした。


「歴召伊織、お勤めご苦労だ。ビダハビット、検体は?」


 白衣の男【明日暮憂あすぐれゆう】はこれから始まる仕事の準備をしながらビダハビットに聞いた。


「あぁ、この娘……“怪崎鳴子かいざきめいこくん”だ。」


 ぐっすりと眠っている白い髪の少女【 怪崎鳴子】を抱き抱えながらビダハビットは愛おしげに答えた。


「ビダハビット、この子いくつだ」


「15歳だ。可哀想に……このままじゃもう永くは生きられない」


「その現実を捻じ曲げるために俺がいる。錆谷十語、彼女を手術室へ」


「あいよ」


 十語と生憂は鳴子を連れ病院の奥へ向かう。その背中をビダハビットは見つめていた。


「ビダハビット、無敵の貴方でも怖いのかい?」


「どうだろうか。何せ始めてだからね」


「そりゃそうだ、って言っても普通の人間なら貴方が今まで浴びてきた弾丸や、刃物で死んじゃうんだけどね」


「それでも立っているのが私だからね。それが正義の味方ビダハビットだ」


 それがビダハビット。都市伝説たるビダハビット。

 その言葉で伊織は納得する。恐らく考えた方が負けなのだ。人智を超えた超常的な存在はで片付ける方が手っ取り早い。そこに意味を見出してはいけないのだ。


「ただ、初めてなんだ。無敵の私が初めて“死”を身近に感じている。一種の感動だよ」


「そうかい。私は感動より寂しさを感じてるよ。なにせ上客を1人失う事にからね。懐が寂しくなる」


「ははは、歴召くんらしいね」


「ビダハビット、準備が出来た」


 生憂の言葉がビダハビットと伊織の会話を止める。そのまま生優は続けた。


「ビダハビット、歴召伊織、錆谷十語。そしてこの俺は今から共犯者になる。犯罪に加担することとは勿論だが、ビダハビットに関わる事が少しでも公になれば、氷雨ひさめ組から命を狙われることになるだろう。覚悟はできているか?」


 十語と伊織は答えなかった。

 巻き込まれてしまったものは仕方ない。十語と伊織は返答の代わりに、アメリカンな仕草を憂に見せつける。


「改めてキミたち3人には感謝を。ありがとう。そして、都市伝説ビダハビットはこれにて廃業だ」


「覚悟は決まったようだな。よし……」


 憂は一泊呼吸を整え、ビダハビットに向かいあった。


「これよりビダハビットの心臓を、【検体】怪崎鳴子かいざきめいこへ移植手術する」


 *


 その夜、露希あらわき市で大きな地鳴りが起こった。その地鳴りはドクン、ドクンと深く鳴り響いた。さながらそれは心臓の鼓動。

 きっと『ビダハビットが現れた』と噂になるだろう。壊滅した氷雨組も相まって数日は話題に困らない。

 されど、噂は噂、あくまで噂だ。恐らく時間と共に風化していく。半年後に口にする人など殆どいない。

 しかし、3人と1体は覚えている。いや忘れることは決して無い。



 この出来事はまだほんの序章に過ぎないのだから。

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