ビダハビット
415(アズマジュウゴ)
case.0 プロローグ
プロローグ1
ビダハビットがやってくる。
悪事聞きつけやってくる。
鼓動鳴らしてやってくる。
B、D、H、A、B、I、T。
ビダハビットがやってくる――。
*
勢いよく蹴り壊された扉は、その空間に瞬き一回分の沈黙を産んだ。
「なんじゃワレェ!」
沈黙を破ったのはガタイのいいスーツに身を包んだ男。
男は手に構えたグロックの引き金を躊躇うことなく引いた。
「おらぁ!お前らやっちまえぇ!!」
発砲音が部屋中に響き渡る。立ち込める煙。鼻につく硝煙の香り。そしてカチッ、カチッ……。
一丁、また一丁と強面な男たちの持つ人殺しの道具は音を上げる。
「ンッンー……。ビダハビットがやってくるぅ。悪事聞き付けやってくるぅ。鼓動鳴らしてやってくるぅ」
煙の奥に一つの影が浮かび上がる。
常人なら既に絶命に至るであろう弾数は受けている筈だ。
しかし、影は立っている。
耳障りな歌を、強面の彼らにとって悪夢の様な歌を、高らかに、意気揚々に歌い上げながら、影は立っている。
幾度瞬きをしようとも、幾度目を擦ろうとも煙の奥の影は“未だ立っている”のだ。
「おっ、おい!?あ、あの野郎はな、なんでまだ生きてやがるんだ!ち、畜生……!まだ足んねぇってのか!?」
強面の男たちの覇気は見るからに無くなっていく。顔は青ざめ、足の震えからか膝をつき、挙句の果てには腰を抜かし股の間を湿らす者もいた。
「お前たち!シャッキリせんかい!!」
その声は正しく鶴の一声だった。
「お、オヤジッ!?」
声の主は氷雨組組長【
「さっきから大の男がピーピー、ピーピー泣きわめきやがって!こちとら天下の『
氷雨組の男たちは震えた。決して恐怖による震えではない。
“武者震い”だ。彼らが知る限り最高の男の中の男が啖呵を切ったのだ。応えない訳にはいかない。男たちの誰しも一同にそう思っていた。
「
熱に当てられた男の1人が、懐に隠していた
ズブッと肉を貫く感触が手に伝う。肋骨の間に深く刃が刺さった事を確信した男は、相手の苦痛に歪む最後の表情を見るためソレの顔を見た。
ソレはニンマリ笑っていた――。
「ヒッ!!」
男は絵に書いたような情けない声を上げる。
「間髪入れずにブッ刺せェェ!!」
貞宗の号令により次々と男たちは突進していく。貞宗の頬を一筋の汗が伝う。
その瞬間、強烈な風が貞宗の横を通り過ぎた。思わず目を瞑る。
バキョッと何かの破裂音が聞こえた。
硝煙とはまた違う匂いがする。
肉の焦げた匂い。
――そして噎せ返る様な血の匂い。
「なっ……!?」
貞宗は絶句する。
先程まで自分を慕っていた男たちは全て“壁のシミ”と化していた。
思わず胃の中の物を吐き戻しそうになる。しかし、貞宗はグッと堪えた。堪えなければならないのだ。それが、人の上に立つ者なのだから。
「B、D、H、A、B、I、T……」
体から煙を放つ化け物は歌を止めない。止める理由もない。必要もない。
「お前さん……随分と好き勝手やりやがったなぁ……!!」
貞宗は覚悟した。
立場上死線を潜る機会は何度もあった。その都度、綱渡りは成功していた。
だから今も生きている。だが、今度ばかりは確信した。圧倒的な力の前に身体一つで立つことを。
“死”を確信した。
「
貞宗は誰に聞かせるでもなくそう呟いた。
そして、自前の
「おい、てめぇにはきっちりカタを付けさせて貰うぞ……。ビダハビットォォォォォ!!」
*
「ビダハビットがやってくるぅ……。悪事聞きつけやってくるぅ……。鼓動鳴らしてやってくるぅ……」
黒づくめの怪物、ビダハビットは歌う。右手に氷雨貞宗の生首を持ちながら。
「B、D、H、A、B、I、T……」
目の前の襖を開けると一人の少女が眠っていた。
白髪、年齢は15歳ほど。少女の腕には結束バンドが巻かれている。彼女を見たビダハビットの虚ろな瞳に一瞬だけ光が宿った。
「初めまして……私が君の“足長おじさん”だ。と言っても顔を合わせるのはこれが最後になりそうだがね。自分勝手でささやかな願いだとは思う。それでも私は……君に、生きていて欲しいんだ」
ビダハビットは眠る少女に懺悔するかの様に語りかけた。
*
「随分と荒っぽかったようだね、ビダハビット」
「これが最後だからね。キミにはよく世話になったよ。“
「ま、深くは聞かないよ。それが【
「“
「……分かった。1番安全かつ最速のルートでお届けしよう。今後、私が氷雨組に狙われるかも知れないかね。今回は……いや最後か。いつもの倍額払って貰うよ。常連さんだけどサービスはナシだ」
「勿論。付き合わせて悪かったね」
「こっちも仕事だから」
車は雨を切りながら駆ける。その排気音はどこか寂しげな声で歌っていた。
ビダハビットがやってくる。
悪事聞きつけやってくる。
鼓動鳴らしてやってくる。
B、D、H、A、B、I、T。
ビダハビットが……やってくる。
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