ビダハビット

415(アズマジュウゴ)

case.0 プロローグ

プロローグ1

 ビダハビットがやってくる。

 悪事聞きつけやってくる。

 鼓動鳴らしてやってくる。

 B、D、H、A、B、I、T。

 ビダハビットがやってくる――。







 勢いよく蹴り壊された扉は、その空間に瞬き一回分の沈黙を産んだ。


「なんじゃワレェ!」


 沈黙を破ったのはガタイのいいスーツに身を包んだ男。

 男は手に構えたグロックの引き金を躊躇うことなく引いた。


「おらぁ!お前らやっちまえぇ!!」


 発砲音が部屋中に響き渡る。立ち込める煙。鼻につく硝煙の香り。そしてカチッ、カチッ……。

 一丁、また一丁と強面な男たちの持つ人殺しの道具は音を上げる。


「ンッンー……。ビダハビットがやってくるぅ。悪事聞き付けやってくるぅ。鼓動鳴らしてやってくるぅ」


 煙の奥に一つの影が浮かび上がる。

 常人なら既に絶命に至るであろう弾数は受けている筈だ。

 しかし、影は立っている。

 耳障りな歌を、強面の彼らにとって悪夢の様な歌を、高らかに、意気揚々に歌い上げながら、影は立っている。

 幾度瞬きをしようとも、幾度目を擦ろうとも煙の奥の影は“未だ立っている”のだ。


「おっ、おい!?あ、あの野郎はな、なんでまだ生きてやがるんだ!ち、畜生……!まだ足んねぇってのか!?」


 強面の男たちの覇気は見るからに無くなっていく。顔は青ざめ、足の震えからか膝をつき、挙句の果てには腰を抜かし股の間を湿らす者もいた。


「お前たち!シャッキリせんかい!!」


 その声は正しく鶴の一声だった。


「お、オヤジッ!?」


 声の主は氷雨組組長【氷雨貞宗ひさめさだむね】正しくその人だった。声とは魔法、いや存在が魔法なのか。圧倒的なカリスマを前に、先程まで喚いていた男たちはの顔は瞬く間に安堵の表情に変わる。


「さっきから大の男がピーピー、ピーピー泣きわめきやがって!こちとら天下の『氷雨ひさめ組』だぞ!ハジギが通らんからってなんだってんだ!!妖怪だろうが、都市伝説だろうが俺たちに牙向いたってことを後悔させる。それが俺たちの面子ってモンだろうが!」


 氷雨組の男たちは震えた。決して恐怖による震えではない。

“武者震い”だ。彼らが知る限り最高の男の中の男が啖呵を切ったのだ。応えない訳にはいかない。男たちの誰しも一同にそう思っていた。


タマァとったらァ!!」


 熱に当てられた男の1人が、懐に隠していた匕首ドスを勢いよく抜き、目の前に立つ強大な存在に飛び込む。


 ズブッと肉を貫く感触が手に伝う。肋骨の間に深く刃が刺さった事を確信した男は、相手の苦痛に歪む最後の表情を見るためソレの顔を見た。



 ソレはニンマリ笑っていた――。



「ヒッ!!」


 男は絵に書いたような情けない声を上げる。


「間髪入れずにブッ刺せェェ!!」


 貞宗の号令により次々と男たちは突進していく。貞宗の頬を一筋の汗が伝う。

 その瞬間、強烈な風が貞宗の横を通り過ぎた。思わず目を瞑る。


 バキョッと何かの破裂音が聞こえた。

 硝煙とはまた違う匂いがする。

 肉の焦げた匂い。

 ――そして噎せ返る様な血の匂い。


「なっ……!?」


 貞宗は絶句する。

 先程まで自分を慕っていた男たちは全て“壁のシミ”と化していた。

 思わず胃の中の物を吐き戻しそうになる。しかし、貞宗はグッと堪えた。堪えなければならないのだ。それが、人の上に立つ者なのだから。


「B、D、H、A、B、I、T……」


 体から煙を放つ化け物は歌を止めない。止める理由もない。必要もない。


「お前さん……随分と好き勝手やりやがったなぁ……!!」


 貞宗は覚悟した。

 立場上死線を潜る機会は何度もあった。その都度、綱渡りは成功していた。

 だから今も生きている。だが、今度ばかりは確信した。圧倒的な力の前に身体一つで立つことを。

“死”を確信した。


しずか。お前の誕生日、今度こそ祝おうと思ったのになァ……」


 貞宗は誰に聞かせるでもなくそう呟いた。

 そして、自前の匕首あいくちを静かに構える。


「おい、てめぇにはきっちりカタを付けさせて貰うぞ……。ビダハビットォォォォォ!!」



 *



「ビダハビットがやってくるぅ……。悪事聞きつけやってくるぅ……。鼓動鳴らしてやってくるぅ……」


 黒づくめの怪物、ビダハビットは歌う。右手に氷雨貞宗の生首を持ちながら。


「B、D、H、A、B、I、T……」


 目の前の襖を開けると一人の少女が眠っていた。

 白髪、年齢は15歳ほど。少女の腕には結束バンドが巻かれている。彼女を見たビダハビットの虚ろな瞳に一瞬だけ光が宿った。


「初めまして……私が君の“足長おじさん”だ。と言っても顔を合わせるのはこれが最後になりそうだがね。自分勝手でささやかな願いだとは思う。それでも私は……君に、生きていて欲しいんだ」


 ビダハビットは眠る少女に懺悔するかの様に語りかけた。


 *


「随分と荒っぽかったようだね、ビダハビット」


「これが最後だからね。キミにはよく世話になったよ。“歴召伊織へきめいおり”くん」


「ま、深くは聞かないよ。それが【運送屋トランスポーター】としての私のルールだから。で、行き先は?」


「“明日暮あすぐれ先生”の元へ」


「……分かった。1番安全かつ最速のルートでお届けしよう。今後、私が氷雨組に狙われるかも知れないかね。今回は……いや最後か。いつもの倍額払って貰うよ。常連さんだけどサービスはナシだ」


「勿論。付き合わせて悪かったね」


「こっちも仕事だから」


 車は雨を切りながら駆ける。その排気音はどこか寂しげな声で歌っていた。



 ビダハビットがやってくる。

 悪事聞きつけやってくる。

 鼓動鳴らしてやってくる。

 B、D、H、A、B、I、T。



 ビダハビットが……やってくる。

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