case.1 アラワキ良いとこ 一度はおいでよ
第1話 入学式前夜
「ビダハビットがふふんふーん……。
よいっしょっと……とりあえず荷物はこれでオッケーだよね」
その晩、
鳴子は心臓に先天的な疾患を抱えていた。医者の見解は長く見積もって17歳。産後直ぐに若くして死ぬ明確な未来を聞いた彼女の母親はどれだけ辛かっただろうか。
鳴子が14歳になった春、ひとつの転機が訪れる。
臓器提供者として、1人だけ名乗りあげた人間がいたのだ。その人は“足長おじさん”と名乗った。
彼は鳴子と顔を合わせることは小恥ずかしいと、手紙のみのやり取りを所望した。鳴子もそれを承諾し、命の恩人になる相手に感謝と尊敬の意を込め手紙を綴った。
内容というと日常生活から身体のこと、さらには……いや、うら若き乙女の手紙をこれ以上紐解くのは無粋だろう。
事実は小説よりも奇なり。
物語の様で時代錯誤なこの文通は1年と半年続いた。まさに、鳴子の足長おじさんだったのだ。
「でも、
15歳の11月。
今から丁度半年前に彼女は心臓移植の手術を受けた。
結果は無事成功。いや正確に言うと、“成功していた”のだ。
鳴子の手術日の記憶が院内すべての人間から欠落していた。
気がつけば鳴子の手術は終わっており、執刀医は頭にクエスチョンマークを抱え、よく世話をしてくれていたナースは何はともあれ良かったと涙を溢れさせていた。
無論、鳴子も疑問を抱いた。
誰も彼もがその日あった出来事だけを忘れるだなんて、本来有り得ない。
身体に異変はないが胸が苦しい。何処と無く不安が渦巻く日々を過ごした。
そんな彼女の不安を払拭するかの如く、足長おじさんから手紙が届いた。
内容はたった1行。
『手術成功おめでとう。君のこれからに幸あれ』
鳴子はその手紙でようやく安堵の涙を流した。これが足長おじさんとの最後の会話になると確信したのだ。
顔も声も知らない相手。けれど心はわかる。
世間一般的に抽象的で不確かな『心』は、未だ証明まで至らないが、鳴子は足長おじさんの心を理解した。故に彼女は涙を流したのだ。心からの。
そして、鳴子は自由を得た。
15歳にしてようやく目の前に現れる選択肢。
彼女が選んだ行動は--足長おじさんを探すことだった。
探すと言っても彼はもうこの世には居ない。それは分かっている。
けれど彼の生きた軌跡はあるのだ。
手紙の住所はいつも
「足長おじさん……。私、少しでも貴方のことが知りたい。だから、
鳴子は最後の手紙を見つめ、独り言ちる。
決意を込めた自分の言葉を胸に鳴子は眠りについた。
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