第2話 怪崎鳴子 1

 4月。

 始まりの季節。

 新生活。


 街で見かける春を連想させる数々の単語。私に関係がするのは『入学式』の3文字だ。


 私、怪崎鳴子かいざきめいこは人口40万人を超える都市【露希あらわき市】でこの春、新生活を始める。

 16歳になる私は言わば花の女子高生。

 心臓が弱かったことで今まで学校にまともに通えたことはなかった。

 勉強をする場所は病院の一室、遊ぶ友達といえばインターネット上のコミュニケーションツール。インドアにインドアを掛け合わせたような女が不特定多数の人間と共同生活を送る。

 不安と喜びが入り交じるこの感情をどう表現しようか。


 なんて底の浅い文学じみたことを考えながら、今後3年間通う高校【八脚馬はかくま高校】を目指していた。


 八脚馬高校は露希市内でも割と大きめの私立高校だ。学力は中の上、堅物から素行の悪い生徒まで振れ幅は大きい。可もなく不可もなく、なんら何処の高校とも変わらない普通の学校である。

 強いてアドバンテージを上げるなら制服が可愛いこと。私はこれにやられて八脚馬を選んだクチだ。


「はー……やっぱ正面から見ると大きいなぁ」


 まじまじと目の前の校舎を見上げる。白く綺麗な建物は堂々と居を構え、次から次へと人々を受け入れる。

 大多数の人は当たり前に体験する『登校』という行為も私にとっては新鮮だ。多種多様な生徒が同じ衣服を纏い、1つの場所を目指す。

 宗教、あるいは儀式じみたその光景をぼんやりと見つめる


 その時、私は何かにぶつかられた。


「あっ!」


 自分でも驚く程情けない声が漏れる。


「ごめん!大丈夫!?」


「あ、いや!私も、ボーッとしてたから……」


 手を差し伸べてくれたのは男の人。いや、この学校の制服を着てるから生徒かな。


「ほんっと、ごめん!!えっと、怪我は?」


「えっと、大丈夫……です?」


「はぁはあはぁ……そっか、なら良かった!!待ち合わせに遅刻しそうでちょっと急いでて」


「それなら仕方ないですよ。ぼんやりしている私も悪いですから」


 私はたどたどしく目の前で申し訳なさそうにしている彼と言葉を交わす。

 その時、遠くから「キョーくん!おそいーー!!」なんて声が聞こえてきた。


「あっちゃ……ごめん!この埋め合わせは他でするから!」


「あ、大丈夫です大丈夫です!!行ってあげてください!!」


 本当にごめん、彼はそう言うと先程『キョーくん』と呼ばれた方向へ走っていた。


 焦った、とても焦った。

 初日にして、男子と会話するとは。私もなかなかやるな……。

 私は半泊置いてからようやく、ホッと息を吐く。


(高校生でもアダ名で呼び合う男女っているんだ)


 漫画でしか見たことの無い光景に1人感動し、私はようやく校舎へと歩みを進める。

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