第3話 怪崎鳴子 2

「新入生の皆さん、初めまして。生徒会長の山田閑やまだしずかです。皆さんは今日から八脚馬の生徒として……」


 入学式はあっさりと終わった。理事長のありがたいお言葉、少しお堅そうな生徒会長の挨拶、これが人の話で眠くなるということか。


 そして私たちは教室に案内される。1学年は8クラスで構成されており、私はその中の3クラス目。つまり1-3と記された部屋が生活の大半を過ごす場所だ。

 私は同じ教室を目指す生徒たちに紛れて入室する。


「理事長の話長かったよねぇー」


「中学で離れると思ってたけどなぁ。今年もよろしく」


「えっ、一緒のクラスだったの!?やったぁー!!」


 式典の場という緊張する空間から開放されたのか、皆顔見知りと談笑を始める。

 かくいう私は、インドアにインドアを重ねた生活を送っていたため、誰かに話かけるなど出来るはずもなく、ただ自分の机に縮こまって座っていた。

 こんなんで友達……できるかなぁ。


「はーい、皆さん!席に着いてくださーい」


 教室内に女性の通る声が響く。

 スーツに身を纏った女性がその通る声と共に入室した。

 スーツ姿でも分かるスタイルの良さ、肩まで伸ばした髪は軽くパーマがかかっており、ふわりとしている。そして眼鏡越しでも分かる端正な顔立ち。男子生徒は虜になること間違いなしだろう。

 それもあってか、一旦教室内は静寂に包まれる。

 が、直ぐにガチャガチャとクラスメイトたちは忙しく椅子と机の音を奏でた。


「入学式お疲れ様でした!ここ1年3組に今いる皆さんが1年間を共にするクラスメイトです。仲良くしましょう!って言っても人間関係とか色々あるからとやかく言ってもしかたないよね〜。なんで、まぁ、問題ごとだけは起こさないよーに」


 彼女は笑顔を見せながらも淡々と言葉を言い放った。

 教師というのは大変なんだろう。


「で、これから皆には自己紹介をしてもらうんだけど、まずは私から。ここ1年3組を担任する『富二実千年生ふじみちとせ』と言います。とみみのり。財産さえあれば千年は生きる。そんな皆の先生です」


 黒板に心地よいチョークの音が響く。カッカッと大きく冨二実千年生の文字が記されていく。


「あれ、去年はウケたんだけどなぁ。反応が無いと先生ツラいなー。ちなみに、担当は国語で主に現代文です。よろしくね」


 笑うところだったんかい!!私は心の中でツッコんだ。

 高度すぎる言葉遊びに理解が追いつかなかったのは言うまでもない。

 周りのクラスメイトの表情は……よし、一緒だ。安心した。

 美人だけどクセのある先生なのか、どうせなら仲良くしたいな。


「じゃ、早速名簿順で自己紹介してもらおっか。どーぞ」


 先生の音頭で1人、また1人とクラスメイトたちは自己紹介を始める。好きな食べ物、趣味、これからの学校生活。名前の後に続く一言は本音と建前が混ざっているに違いない。

 それでも第一印象を大事にと緊張と戸惑いを抱きながら各々が自分を口にする。


「じゃー、次枝折くん」


「はい!待ってました!!」


 あれ、あの後ろ姿見たことある。どこだっけ。


「みなさーん初めましてーって言いたいところだけど、見知った顔も結構いるから改めましてかな?」


 第一印象は爽やか。その一言に尽きる。

 なにぶん、顔の良さも相まってより爽やかに拍車をかける。クラスの女子の何割かは既に目の中にハートを飼っているようだ。アダ名を付けるとしたら『爽やか王子』だ。それほど彼は清涼感に溢れている。アオハルなんて言葉が似合うだろう

 あ、思い出した。校門でぶつかった『きょーくん』とか呼ばれてた男子だ。クラスも一緒だったんだ。

 それにしても、こんな絵に書いた様なイケメン ――現実に居るのか。


「俺、『枝織響えだおりきょう』っていいます。そうだなー、趣味かぁ……。あ、オカルトに目がないです!あと女の子にも!恋人募集中でっす!なんつって!!」


 クラスで所々笑いが起きる。彼の一言で緊張が緩和された。


「よーするに、オカルト好きな女の子!是非とも俺にご一報あれ!以上です!」


 ガタッと力強く椅子に座る。自信の現れが行動に出ているんだ。私もしっかりせねば。


「はい、ナンパは休み時間にねー。えーと、次は……怪崎さん」


 そして早くも私の番だ。堂々と胸を張って自信を持って――。


「ひゃあい!!」


 噛んだ。

 大事なことなので二度言おう。

 思いっきり噛んだ。


 クスクスと笑い声が教室に木霊する。そ

 先程の笑いとはことなる、所謂嘲笑と言うやつだ。

もうひとつ気になることは視線だった。おそらく私の髪の毛の色が気になるんだろう。子供の頃から幾度となく手術を受けていた私はストレスにより髪の色が抜け落ちていた。真っ白な私の髪に好奇の目を向けるなという方が無理な話である。


「あの、その、 か、怪崎鳴子かいざきめいこって言います!か、身体が弱くて、その昔から……。今はもう、だ、大丈夫なんですけど……。学校生活自体に慣れてないんですけど、その、仲良くしてくだひゃあい!!」


 噛んだ。また噛んだ。完全に失敗した。

 恥ずかしくて顔が上げられない。


「校門でぶつかった女子、君だったんだ!」


「へ?」


 恐る恐る顔を上げると、爽やかな彼こと枝折響さんが私の方を見て声をかけていた。


「髪の毛が白くて綺麗だったから覚えてたよ!あのあと大丈夫だった?本当に怪我とか無い?」


「あ、えと、大丈夫です。お気遣い、感謝です!」


「なら良かった。1年間よろしくね」


「は、はい」


「怪崎さん、とても頑張りました。1年間共に頑張りましょ。枝折くん、ナンパは休み時間って言ったでしょ」


「そんなんじゃないですよーセンセ!」


 私はドサッと着席した。はー、色んな意味で目立ってしまった。

 最初から身体の話とかして重いとか思われなかっただろうか。

 というより、枝折響。貴方のせいで既に一部女子からの視線が痛いです。


 その後も自己紹介は続いた。

 緊張が解けた結果、唐突に一発芸を行う生徒もいる。多様性がある楽しいクラスになりそうだ。


「えっと、次は……錆谷さん。よろしく」


「はーい」


 起立した生徒はツインテールだった。

 子供らしいと言われがちなその髪型も似合ってしまう程可愛らしい顔。

 頬にうっすらと浮かぶチークもアクセントになっている。スカートも周りよりちょっと短く見える。

 なるほど、これがギャルか。


錆谷詩音さびやしおんって言いまーす。先程はきょーくんがお騒がせしました。中学生の頃からこんななのでどーぞよしなに」


 凄い。響さんを狙っている女子のヘイトを一斉に買ったぞ、このギャル……詩音さんは。この状況で昔馴染みをアピールする勇気、流石としか言葉にできない。

 当の本人は知らぬ存ぜぬだが、私としてはありがたい。

 是非ともお友達になりたいです。


「あ、冨二実先生。に今晩予定あるか聞いてこいって言われたんですけどー、空いてますかー?」


 おにぃ?それより詩音さんは冨二実先生と交流があるのか?

 女子の次は男子がザワついている。

 確かに美人な先生に相手がいたらショックに決まっている。

 それも出会って当日に発覚したのだから。


「あー……はい。ゴホンッ、詩音さんありがとう。そしてお兄さんにお伝えてください。スマホにメッセージを送れ。私からは以上です」


「はーい、伝えときまーす」


 一部の男子はショックで顔を歪ませている。

 スマートフォンで連絡取り合う仲。つまり、で間違い無いだろう。可哀想に。南無三。


 先程までの温かな雰囲気とは一変し、明らかに声のトーンが下がった男子を最後に自己紹介は終わった。


「はい、皆さん自己紹介お疲れ様でした。本日はこれにて解散です。明日は健康診断があるのでしっかり体調管理をするように。採血もあるから鉄分と睡眠をしっかり取るように。遊ぶことも忘れず、楽しい学校生活を1年間送りましょー。以上!」


 クラスメイトが席を立ち、あちらこちらで会話が始まる。

 1年間を共に過ごす仲間との交流、私も何処かに混ざらなくては。


「最初名前見た時かと思ったよ」


「はえっ!?あ、私!?」


「『めいこ』を『なるこ』なんて読めるのアンタしかいないだろう?」


 私に交流を持ちかけたのは例の爽やか王子。枝織響さんだった。


「朝は迷惑かけたな。ところで、身体のどこが悪かったの?」


「キョーくん、そういうのデリカシーないって言うんだよー。鳴子さん、ごめんねー?」


 続いて登場したのはギャルこと錆谷詩音さん。クラスで目立つ2人に話しかけられるとは。学校生活に慣れていない身としてはこの状況をどう受け入れて良いのやら。


「あ、いや、もう大丈夫なんで全然!それより、2人はどういうご関係なんですか?」


「あ、ただの中学の同級生!詩音の家が駄菓子屋でさ、よく世話になってんだ」


「そんな感じでーす。普通の友達ってヤツ」


 グイッと詩音さんが耳元に顔を近づけてきた。私ははびっくりして身体を強ばらせる。


(キョーくんってほら、顔だけは良いタイプじゃん?自己紹介の時、ほんとごめんね)


 なるほど、詩音さんは一部女子からの嫉妬の眼差しの件で、私の事を心配してくれていたのか。

 だから、女性陣に大きなアピールしていたんだ。


(こちらこそありがとうございます!学校生活っていうか、共同生活慣れてなくて……。本当に助かりました)


「おいおい、2人してなにコソコソ話しんでんだよー」


「あ、いや――」


「きょーくん、女の子には秘密が沢山なんだよー。デリカシーないなぁ」


「はー?またそれかよー」


 2人の手馴れたやり取りはなんていうかその、羨ましかった。

 私には顔を合わせて談笑しあえる友達はいなかったから。


「それよりさ、鳴子さんのこと“ナルコ”って呼んでいいかな」


「なななななるこぉ!?」


 初めてのアダ名に動揺する。

 こういうのって段階とか必要じゃないのかな。


「キョーくん、距離の詰め方が下手すぎ。それが通用するの顔に騙される女子だけだよ。素直に友達になりたいっていいなよー」


「だ、だって高校生にもなって友達になりたいとか恥ずかしいじゃん?もっとさ、オシャレにサラッとさ!」


「そういうとこデリカシー無いんだよー」


「あ、私は大丈夫ですよ!ナルコ……どんとこいです!!」


 私は胸を叩くジェスチャーをしてみせる。


「ぷっ……あははは!鳴子さんって面白いねー。そーだ、アタシもアダ名付けよ!んー……鳴子だからー『メーちゃん』!!」


「お、いいじゃん?でも俺はなるこって呼ぶもんねー」


「メーちゃん……ナルコ……分かりました!」


『メーちゃん』『ナルコ』……。

 ハンドルネームとは違う初めてのアダ名を胸の中で噛み締める様に反芻させる。


「えっと、じゃあ、私はまだ、アダ名とか呼ぶの慣れてないっていうか、恥ずかしいので響さんと詩音さんで……!」


「おっけ!いずれは考えてもらうからな」


「わかったよー。あ、そうだ。2人ともこの後暇?」


「俺は特に何もないけど」


「私も予定という予定はありませんね」


「ならさー、ウチの駄菓子屋おいでよ。友達記念にパーティしよ。んーと、買い食い、メーちゃんは初めてでしょ?」


 私の初めての放課後は、初めての友達とする、初めての買い食いだったのだ。

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