第4話 小判9枚で買える味

「にしても、詩音しおんと同じクラスになるとは思わなかったな」


「アタシはキョーくんが八脚馬はかくまに合格するとは思ってなかったよ」


「そこまでっ!?」


 あぁ、放課後。なんて素晴らしい響き。私は人生で初めての放課後を満喫している。

 それに“買い食い”なんてしてしまえば私の張り裂けそうな心はどうなってしまうのか。


「ビダハビットがふふんふーん……」


 自然と鼻歌も零れてしまうに決まってる


「ナルコっ!!」


「ふぇっ!?あ、はい!ナルコです!!」


 響さんが急に私の名前を呼ぶ。つられて私の返事も大きくなる。


「今、『ビダハビット』って言ったか?」


「え、あー、言われてみれば--確かに?」


「うひょーー!詩音、知ってるってよ!!」


「いや、アタシは興味ないから」


 響さんのこの盛り上がりは何なのだろうか。 でも確かに不思議だ。無意識にこの歌を口ずさんでいるけど、いったいどこで聴いたのか皆目見当もつかない。


「響さん、ビダハビットってなんなんですか?」


「よくぞ聞いてくれました!」


「メーちゃん、やめといた方がいいよー?キョーくんの話長いから」


「まぁまぁ、ちょっとだけでも聞いてくだせぇよ姐さん方!」


「それがちょっとにならないから言ってるんでしょ」


「えーと……わ、私、気になるかなー」


「おっ、さすがなるこ。ゴホンッ……。ビダハビットって言うのはだな、 ここ露希あらわきの都市伝説だ」


 都市伝説。人の噂が1人歩きして生まれるモノ。それが実在するか否かさえ不明の掴みどころのないモノ。

 私も一時期、ネットでそういう話を読み漁った夜もあった。

 怖くて寝れないし、続きが気になって見ちゃうしで寝不足待ったナシ。あのスレまだ生きてるかな。


「ビダハビットは無敵の都市伝説として語り継がれている。その体は銃弾を弾き返し、拳はコンクリートをも砕く」


「なんだか、信じられませんね」


「そこは都市伝説だからな。奴が近づくと、まるで心臓の鼓動の音が響いてくる。緊張による自分の鼓動じゃない。地鳴りの様に低く重いそれは、ビダハビット自身の鼓動の音なんだ」


「実際に目撃例とかはあるんですか?」


「……」


「響さん?」


 一瞬響さんがなにか考えるように俯く。なにか影がある様な、何時もの爽やかな笑顔とは真逆の表情を垣間見せる。


「いや、目撃例は無いんだ。だからこその都市伝説なんだけどね。ただ――」


「ただ?」


「ナルコは知らないと思うんだけど、半年前にこの露希でも有名な氷雨ひさめ組。あー、いわゆるヤクザ屋さんなんだけどな。氷雨組の組長さん一派が惨殺されたニュースが流れたんだ。そこにビダハビットが関わっているって噂が一時期流れた」


「はー……なんだか生きてる世界が違いすぎて想像がつかないです」


「それに、ビダハビットは悪事を聞きつけてやってくるって噂もある。歌詞通りにな。裏で氷雨組が悪いことでもやってたのかもな」


「キョーくんさぁ、都市伝説の話になるとなんだかゴシップ記者みたいで嫌なんだけど」


「ごめんごめん!まぁ、噂はあくまで噂だからな。ナルコも悪いことしちゃダメだぞー!」


「はぁ……」


 噂はあくまで噂。でもこの街で起こった出来事は事実。

 現実と虚構が混ざり合うことで産み落とされる現象が都市伝説。畏怖の側面があるからこそ魅力的に感じてしまうのだろう。現に今の私がそうなのだから。


「ほらキョーくんの長話ので私の家、着いたよ」


 木造で出来た二階建ての建物。築何年だろうか?相当古いということだけは分かる。

 看板には【駄菓子屋九判】と書かれていた。読み方は……きゅうばん?


「駄菓子屋 九判こばん。御先祖様が小判9枚でこの土地を買ったから九判って名前になったらしいよ。見た目は古いけど床とか抜けないから安心してね」


 詩音さんが慣れた様に説明する。確かに、外見だけを見るとそんな不安は抱いてしまうだろう。

 もれなく不安を抱いた私が建物を見ていると、軒先から1人の女性が現れた。


十語とうごさん、それでは。また何か分かったら連絡をください」


「はいはい。しずかちゃんもね。まだ心の整理とかつかないと思うけど。ま、気長にね」


 女性はこちらのことなど気にも止めず私たちとは真逆の方向に歩いていく。でも、どこかで見たような。


「詩音、今の」


「うん、ウチの常連さんの閑さん。生徒会長だったとは思わなかったけど」


 そうだ、入学式で挨拶をしていた八脚馬高校の生徒会長だ。厳格そうな人だけど買い食いとかするんだ。


「おにぃ!」


 詩音さんが呼びかけると店の中から先程まで生徒会長の相手をしていた男性が出てきた。派手なシャツに丸いサングラスをかけたその風貌は、言ってしまえばとても怪しかった。


「お、詩音おかえり。響もいるのか。入学式どうだった?」


「十語さん、久しぶり!理事長の話が長かった」


「それはご愁傷さま。で、そちらのお嬢さんは……」


 サングラス越しに彼の瞳が動いた。私にはそれがどうにも驚いているように見える。


「は、初めまして。怪崎鳴子といいます」


「あぁ、うん。なるほど」


 品定めをする様に私の事を見る。サングラスに派手な柄のシャツ。そしてサンダル。見た目も相まって何処となく私は嫌な視線だなと思った。


「おにぃ、女の子をジロジロ見るのは良くないよ。花の女子高生なんだよ!通報されたらどうなるかおわかり?」


「あ、ごめん。ここじゃ見ない顔だなと思って。初めまして。詩音の従兄弟の“錆谷十語さびやとうご”だ。小説家です。駄菓子屋が副業」


「おにぃ、うちの生計の9割は駄菓子屋だよ?売れてないし小説家なんて名乗るのやめてくれない?」


「詩音さん!?勘弁してよー、一応本として出てるんだよー?」


 怪しい彼、【錆谷十語】さんはアグレッシブに痛いところを突いた様だ。詩音さんの従兄弟と言っていたがどうやら歳下の詩音さんには頭が上がらないらしい。


「ほら、鳴子ちゃん。お近付きの印に俺のデビュー作『空想コミュニケーションズ』上げるよ。なんとサイン入り」


「え、今『空想コミュニケーションズ』がデビュー作って言いましたか!?」


「うん、もしかしてご存知?」


「知ってるも何も……私この小説の大ファンなんですよ!!」


 空想コミュニケーションズ。とある世界に《V》と名乗る特殊な力を有した存在が様々な事件を解決する物語。

 私はこの小説を病室でよく読んでいた。病室以外の世界をあまり知らない私には、他の世界という言葉がとても魅力的に感じた。

 だから売れていないこの小説に惹かれたのだろう。


「そうか……そうかぁ!大ファンかぁ!完結まで続けるもんだなぁ」


「おにぃ、気持ち悪いからその小躍りやめて」


「よし、鳴子ちゃん入学記念でドーナツを奢ろう。詩音手伝って」


「オッケー。おにぃ、あと担任が千年生ちとせさんだった。」


「おー、それなら安心だ。あっ、連絡してくれた?」


「スマホに後で連絡頂戴っていってたよ」


 2人は店の奥に入っていく。

 あれ、駄菓子屋なのにドーナツがあるっておかしいのでは?

 お菓子だけに。


「ナルコ、悲しいことに九判は取り寄せた、ドーナツが1番売れてるんだ。俺はこういう昔ながらの駄菓子のが好きなんだけどな」


 そう言って響さんはラムネのタブレット菓子を私に見せた。

 水色のパッケージは彼の爽やかさによく似合っている。


「キョーくん、メーちゃん。はい、これウチの人気商品のドーナツ」


 詩音さんは甘い砂糖の香りがするドーナツを私たちに手渡した。

 私のはなんだろう。黄色い粉がまぶしてある。


「メーちゃんのはきな粉。キョーくんは何時ものチョコファッションね」


「さんきゅー。詩音、ラムネの代金どこにおけばいい?」


「そこに置いといて。後でおにぃに渡すから。」


「詩音さんのは何味なんですか?」


「私のはココアだよー。」


「ココア味もあるんですね。今度食べてみようかな」


「ぜひぜひ、ウチをどうぞご贔屓にして下さい。じゃ、3人の八脚馬高校入学を祝って乾杯」


「乾杯!」


「か、乾杯っ!!」


 私はきな粉味のドーナツを一口食べる。甘い。けど優しい甘さ。

 今まで病院食ばかりであまり味の濃い食べ物に慣れていない私にはありがたかった。もしかしたら身体のことを気遣って選んでくれたのかもしれない。


「そういえば明日、採血だって」


「あー毎年の恒例行事」


「あのー、私は今まで病院生活をしてたので採血の経験は結構あるんですけど普通の生活でも毎年血を抜いたりってするんですか?」


「んー、人によるんじゃないかなー?」


「露希の条例なんだよ。俺たち学生のうちは4月に決まって採血をする。多分、健康診断が目的なんだろうな」


 健康診断が目的。確かに、病気の辛さは私もよく分かっている。体にどこか悪い場所があるなら初期段階で見つかるに越したことはない。


「だからアタシたちも採血には慣れてるよね」


「ナルコの身体はもう大丈夫なのか?」


「私は、半年前に心臓の移植手術をしてなんとかって感じですね。心臓を提供してくれた方には感謝してもしきれないです。手術が受けられなかったら長くても来年、余命が17歳まででしたから」


 私は軽く俯きながら質問に答える。二人は今どんな気持ちでこの話を聞いているだろうか。

 私は慣れた話題だが、普通の人からしたら重い話になるだろう。事実、そういった経験が私にはある。


「よし!ナルコ、詩音!」


 響さんが勢いよく立ち上がりこちらを振り返った。太陽の光が彼をよりいっそう輝かせる。


「俺たちで最高の3年間を過ごそう!勉強も遊びも、今みたいに集まれる放課後も!楽しい時間を作ろう!」


 彼は屈託のない笑顔で私たちにそう言った。

 私の話を聞いて同情や慰めではなく、未来の話をしたのだ。私は上手く言葉にすることが出来ないが過去から“救われた”。


「キョーくん、当たり前でしょー。3人とも同じクラスだし仲良くやってこうね。ね、メーちゃん」


 零れそうになる涙をグッと堪えて私は答える。


「はいっ!よろしくお願いします!!」


 赤くなった目元を見せるのが恥ずかしいので、私はきな粉味のドーナツを口いっぱいに頬張った。

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