第5話 錆谷詩音 1
キョーくんとメーちゃんを帰した後、アタシはおにぃと店仕舞いをしていた。
「おにぃ、夜の予定は?」
「
「諦め半分ですなぁー」
「昔からあの人マイペースでしょ。慣れてる慣れてる。それにこっちも仕事の話だからね。あ、そろそろ墓参りも行かなきゃだな」
「もうそんな時期かぁ」
アタシの両親は小学生の時、交通事故で亡くなっている。
途方に暮れたアタシを引き取ってくれたのは、当時まだ高校生だったおにぃとおにぃのおばぁだった。
二人はアタシの事を大事にしてくれたから、アタシも二人を大事にする。口に出すのは恥ずかしいから言わないけどさ。
おばぁが亡くなった後、おにぃは駄菓子屋九判継いだ。
「土地を売って新しい所に住め」という親戚のお小言を全部無視したのだ。この時のおにぃは正直カッコよかった。
アタシ自身この店は潰れて欲しくない。思い出もそうだけど、何よりこの店は露希に無くてはならない存在だから。
先程生計のは9割駄菓子屋と言ったがお菓子だけを売って生活することはこのご時世正直無謀だ。
しかし9割を占めているのは間違い様の無い事実。つまり何が言いたいのかと言うと、
“この駄菓子屋には裏の顔がある”ということだ。
「おばぁ、元気かな」
「それは死ななきゃわからないねぇ」
「おにぃは小説家なのに現実的だね」
「ある種のロマンチストだよ。死ねば逢えると信じているのだから」
「ふーん、そういうもんかー」
「そういうもんです」
「あ、おにぃ今日の夜21時に仕事。依頼主の名前と情報の用途についてスマホに送っとく」
「あー、それを先に言ってちょうだいよ。どのみち千年生さんに謝らなきゃじゃない」
「ごめんって」
依頼主。情報。用途。
ここ駄菓子屋九判の裏の顔は露希における【
その時、1台の黒いセダンが店の前に止まった。
「やっ!おふたりさん元気してる?」
扉を開きながら声をかけてきたのは、アタシたちの仕事仲間【
「伊織さん久しぶりー。仕事終わり?」
「そうそう、今回は
「それが伊織の仕事なんだから仕方ないだろう。待ってろ、コーヒー持ってくるから」
そう言っておにぃは店の中に入っていった。
伊織さんは愛用の黒いドライビンググローブを外しながら肩を回している。んー、と伸びをしている所を見るとようやく一息つけたようだ。
「伊織さんお疲れ?」
「まぁね、これが仕事だから仕方ないけど。そういえば、詩音ちゃんは今日入学式だったんじゃない?まさか私たちと同じ八脚馬に入学するとはねぇ」
「これからは伊織先輩って呼ばなきゃ」
「そうすると十語にも先輩ってつけなきゃだよ?」
「うげー、それはやだぁー」
「ふふふ。新しい友達はもう出来たの?」
「そうそう!怪崎鳴子ちゃんって言ってね!」
「……ふぅん」
私がメーちゃんの名前を出した時、伊織さんがとても悪い顔をした……ように見えた。
本当に一瞬だったから気の所為かもしれないけど。
「伊織、ほれ」
その時、おにぃが缶コーヒーを伊織さんに投げつけた。パシッと気持ちの良い音を立てて伊織さんがそれを捕らえる。
「相変わらず缶コーヒー?自分で入れなよー」
「こっちの方が早いんだからいいだろう。伊織、後で個人的な仕事の連絡入れるから確認よろしく」
「個人的な、ね。あーあ、知り合い料金かぁー!金になんないんだよなぁ!」
「俺も格安で情報与えてんでしょうが」
「今は詩音ちゃんからだもんねー」
「ねー」
私は伊織さんのフリに全力で答える。
伊織さんも小さい頃に私に優しくしてくれた1人だ。このやり取りも手馴れたものである。
「伊織、あとこれ。
そう言っておにぃは1枚の書類が入ったファイルを手渡した。
電子データではなく、紙媒体。手軽に処理できるモノ。
つまり仕事の依頼だ。
「りょーかい、渡しておく」
「その中に依頼料も入ってるから確認しくよろ」
手渡しの依頼料?私は何処と無く違和感を感じたがそこで考えるのをやめた。
裏には裏のルールがある。たとえ仲間であったとしても話せないことはある。
大抵、仲間に話せないことは“話す必要の無いこと”か“知る必要のないこと”の二択の場合が多い。
今の様な「手渡しの手数料」特にそうだ。
普段なら有り得ない行動が何かしらの暗号であったりすることなど多々ある
「……おっけー。じゃ、そろそろ私は行くよ。また何かあったら連絡よろしく。そうだ、詩音ちゃん」
「なぁに?」
「改めて入学おめでとう!鳴子ちゃんにもよろしくね」
――そう言って伊織さんは去っていった
*
「おにぃ、もうすぐ21時」
取引の時間が刻一刻と近づいている。
私は【
交渉人と言っても値切りとかではなく、情報をどういう用途で正確に確実に扱うかを見定めのが主な仕事である。
裏の仕事と言うのは信用が有れば始まり、無くなれば終わる。
私の得た情報を誤った用途で依頼人に使われない為にも交渉人の仕事はとても大切なのである。
「詩音の情報を見る限り、八脚馬の保険医からだな。だが、学校からではなく保険医直々に依頼っていうのが引っかかる」
「でも、相場の3倍の価格だよ」
「詩音や、今回の依頼が八脚馬の新入生の詳しい名簿だよ?お前さんは3倍の料金で同級生を売るのかい?」
「それがアタシの仕事だし。求めている情報も『血液型』と『家族構成』の2つだけだから悪用しようにもルートが限られるよ?用途にしてれも、『明日の採血を問題なく進める為』だし問題無いんじゃない?」
「そこは
こう言われてしまうとアタシはもう介入できない。仕事の分野はその道のスペシャリストに任せるに限るのだから。
おにぃの仕事にこれ以上、アタシの主観で介入するのは野暮というものだ。
「21時。時間だ。学校関係者だから詩音は監視カメラを使って2階で見ていてくれ」
「うん、おにぃも気をつけて」
そう言っておにぃは仕事に向かった。
カランカランと駄菓子屋九判の裏口の鐘が鳴る。
そしておにぃの交渉は始まった。
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