第8話 枝織響 2

「ぐぅぅ……」


「亜姫嬢も乙女だと言うのに……警戒心の欠片もないカパね」


「それだけ充実してるってことだろ?亜姫さん、忙しいらしいからな。気を張ってたんだろ」


 豪快な寝息を立てている亜姫さんを横目に俺はカルパチーノたちと話してた。


「そう言えば、枝織少年に話さなければならないことがあるコン」


「また聖愛せいあちゃんの話?」


「それはいくら語っても語り尽くせないコン。けど、今回の話は枝織少年の大好きな大好きな“都市伝説”の話だコン」


 コクリータの言葉にゴクッと生唾を飲む。

 何度も言うようだが、俺は無類の都市伝説好き。

 都市伝説本人の口から同族の情報が聞ける。

 彼らは友達であると同時に貴重な情報源だ。


「ありがたい話だけどさ。言ってしまえば、仲間を売ってるワケじゃん?そこんとこどうなのさ」


「枝織少年はひとつ間違っている。我々は同族であって仲間ではないカパ。派閥みたいな関係、と言えば伝わるだろうか?立場で言うなら、私は三羽烏さんばがらすという人間界と表立って関わろうとする革新派カパ」


「その革新派の中にも厄介な奴らはいるコン。例えば【傘取りババァ】コンね。アイツは人間の傘を殺してでも奪う革新派の中でもヤバいやつだったコン。然るべき場所に、然るべき情報を渡して対処したコン」


「そーそー、あのババァはほんと面倒臭かったわー。挙句の果てに傘取りアイドルになるとか言い出してさ!需要考えろよ!ウチとキャラ被るっての!」


 傘取りババァ、侮ることなかれ。


「ははは……聖愛ちゃんは流石っすね。つまり三羽烏が売ってる情報は革新派の中でも危害を加えてる都市伝説ってことか?」


「その認識で正しいカパ。放っておくと、真っ当に人間界で暮らしている私たちが被害を被るカパ。問題児が居るだけで全体が悪く見られる、人間も都市伝説も一緒カパ」


 なるほど。種族は違えど、蓋を開けてみれば抱えてる問題は何処も同じか。


「じゃあ、亜姫さんにも教えてるの?そういう情報、亜姫さんの仕事にも役立ちそうだし」


「さっきも言った通り、亜姫嬢は我々と仕事を結びつけたくないらしいコン。いや、関わらせたくないのかもしれないコンね。研究している分野が分野だし、研究対象にしたくないのだと思うコン」


「ま、亜姫ちゃん優しいもんねぇ。ウチも酒飲み友達にそういう目で見られるのはヤだし。だから、この話も亜姫ちゃんが寝てる時にしてるの。響も亜姫ちゃんが大切なら考えろよー」


「ウス……」


「ハッキリ返事ぃ!」


「ハァイッ!!」


 亜姫さんはあくまでも友達として三羽烏たちと付き合っている。俺は大人な考えだと思った。

 俺ならばどうしても下心ありきで彼らと接してしまうから。

 俺は亜姫さんのそういう考え方に惹かれているのかも知れない。


「話を戻すコン。枝織少年、“ビダハビット”がこの街に居るかもしれないコン」


 俺は息を飲んだ。

 ビダハビット。無敵の都市伝説。最強にして最凶。

 そして



 ――――俺のヒーロー。



「それっ、どこで!?」


「落ち着け枝織少年。あくまでもカパ」


 居るかもしれない。

 不確定な言葉だが、俺の心を昂らせるには充分だった。

 ヒーローに憧れない男の子はいない。そういうものだろう。


「ウチらは今日、ビダハビットの気配を感じた……気がする。ヤツの纏ってる独特の空気をほんの一瞬だけ感じた」


「でも、似ているだけで別のナニかかもしれないとだけ言っておくカパ。ビダハビット本人にしては威圧感がない。枝織少年も彼と対面したことがあるなら分かるだろう?」


 カルパチーノの言う通り、俺は過去にビダハビットに遭遇したことがある。

 威圧感の塊、気配なんて隠そうともしない。危険の二文字が堂々と歩き回っているような存在だった。


「あぁ。じゃあ、ビダハビット本人ではないけど、それに近い存在ってことになるよな。じゃあ、そいつはいったい何なんだ?」


「それが分かっていたら、今ここで頭は抱えてないコン」


「ごもっともです」


 ビダハビットであって、ビダハビットではない。

 俺の頭の中でクエスチョンマークが暴れ回っている。


「そこで枝織少年に忠告だ。間違ってもビダハビットと関わろうとするな。アイツは革新派の中でも、特に過激な連中にさえ恐れられているコン。遭遇しても全力で逃げろ」


「でも、ビダハビットは俺を助けてくれたんだ。話せば分かると思うんだよなぁ」


 そう、俺は子供の頃にビダハビットに救われたのだ――――――。


 露希市で起こった殺人事件の犯人が、逃走金目当てに俺を誘拐した。

 彼はとても興奮していた。何も出来ない子供相手に刃物を向け、上手く聞き取れなかったが、おそらく罵詈雑言を浴びせ、脅していたのだ。

 彼が身代金を要求しようと俺の両親に電話をかけようとしたその時。

 ビダハビットが現れた。

 彼の拳がいとも容易く犯人の頭蓋を砕く瞬間を見てしまった。

 俺の記憶はここで途切れている。


 白昼夢と言われてもおかしい話ではないが、俺の胸には“ビダハビットに救われた”と刻まれている。


 だから、ビダハビットは俺のヒーローだ。


「響、ウチらが何でアンタと仲良くできてるか分かるか?」


「えっと……革新派だから人間と関わりを持とうとしてくれてるから?」


「それも勿論ある。でも1番はウチらは絶対に人間を傷つけないという確固たる意思を持ってるから。都市伝説の世界からしたらむしろ異端なワケ。コクリータは響を友達として大切にしてるから忠告してるの」


「さっすが、聖愛たんだコン!枝織少年、これからは私の言うことを存分に聞きたまえ!とりあえず、スーパーでお揚げを――」


「おだまり!あくまで忠告だからどうするかは響の自由。だけど、ウチはアンタと馬鹿みたいに騒げなくなるのは嫌……とだけ言っておく」


 聖愛ちゃんは本気で俺を心配してくれている。

 カルパチーノもコクリータもおそらく同じだろう。

 俺にビダハビットの情報を教えたら関わろうとすることは分かっていたのだろう。

 その上で忠告もしてくれたのだ。


「わかった。なるべく……気をつけます。ありがとう」


「はぁ……まぁ折り合いつけるならそこだよね。何かあったらウチらに連絡すること。これだけは約束して」


「うん、約束する」


 信頼関係によって成り立つ約束。

 この約束は裏切れない。裏切ってしまったらそれこそ三羽烏に顔向け出来なくなってしまう。


「ふぁぁーよく寝たー」


 その時、先程まで寝ていた亜姫さんが目を覚ました。畜生。おっさん臭い寝起きなのに可愛いなぁ。


「亜姫さん、おはよう。随分お疲れだったようで」


「んー、まぁねー。バイトも大学もシンドいわー。枝織、今何時よ」


 俺は腕時計を見て確認する。時刻は18時52分。

 もうすぐ19時を迎えようとしていた。


「えっと、もうすぐ19時っす」


「それはいけない!枝織少年、亜姫嬢を家まで送るカパよ」


「ハァ!?」


「お、マジィ?ちと飲みすぎて足元ふらつくんだわぁ」


「なら尚更コンね。枝織少年ファイト!」


「いや、ちょ、お前らちょっとこい!」


 俺は同様のあまり二体の都市伝説の肩を押さえ込んだ。

 我ながら人間離れした力だっただろう。


(いや、おまえら!?俺がどういう気持ちを亜姫さんに抱いているか知ってるよねぇ!?)


(いったい何の事やら、カパ)


(枝織少年が亜姫嬢にお熱なんてことは全く存じ上げてないコン)


(存じ上げてるじゃん!今お前が言った通りだ、コンチクショウ!!)


(狐だけに)


(やかましいわ!)


 じたばたする二体を更に強い力で抑え込む。ギブアップを要求するタップは無視だ。


(枝織少年)


(な、なんだよカルパチーノ)


(はしろカパ)


 俺は無言でカルパチーノを蹴りあげた。男子高校生は繊細なんだ馬鹿野郎。


「枝織ぃ!はやく帰るぞぉ!!」


「あーもう!分かった、分かりましたよ!!ほら、亜姫さん肩掴まって下さい」


「サンキュー。枝織タクシーしゅっぱーつ!」


「ちょっ!暴れないでください!」


「響、亜姫ちゃん気をつけて帰りなー。ほら、ウチらもが帰ってくる前に片すよ」





 ――――俺は酔っ払った亜姫さんを抱え、彼女の住むアパートに向かう。

 まだ、少し肌寒い夜風が心地いい。


「ねぇ、亜姫さん」


「んー?」


「亜姫さんはなんで都市伝説の研究をしてるんですか?」


「あー、アルバイトのこと?なんでだっけなぁ。酔っ払ってよう分からん!あはははは!」


 彼女の高らかな笑い声が夜の露希に木霊する。

 桜が静かに舞う道をゆったりと2人で進む。


「そりゃあ自分でも可笑しなことを調べてるとは思うよ?でもさぁ、未知に触れるって面白いじゃん?常識を超えた非常式を受け入れることで見える世界は広がる。結果、あの連中とも仲良くなれたしなー」


「亜姫さんは俺より先にアイツらと出逢ってましたもんね」


「でも、私より枝織の方がきっと好感度高いぜ?」


「えー、マジですかぁ?」


「枝織ってほら、扱いやすいじゃん」


「ゲッ、そういう理由?」


「冗談だよ、冗談。そういう信じ込みやすいところがきっと気にいられてると思うぜ」


「ちょっ!亜姫さん!?」


 亜姫さんが力任せに俺の頭を撫でる。

 まるで犬を相手にするが如くの手つきだ。


「だからさ、これからもあの連中と仲良くしてやれよ」


「……ウス」


 俺は恥ずかしさを隠すために目を合わせずに応えた。

 顔の火照りを冷ますため、手元に残ったジュースを1口飲む。


「ずっと聞きたかったんだけど」


「なんですか?」


「枝織って私の事好きなの?」


 先程までとは比にならない羞恥心が俺を襲う。

 口に含んだ飲み物が俺の口から吹き出した。出来るなら虹の効果エフェクトを掛けて欲しい。


「うわ、汚ったない」


「あのっ、いや、汚いじゃないですよっ!何言ってるんですか!?」


「高校生のクセに年上好きとかませてんなー」


「ませてるとかじゃなくてですね、はい、別に、そういうのじゃ、ないですよ」


 ケタケタと笑いながら俺を揶揄からかう亜姫さん。

 それでも愛おしく思ってしまうのは惚れた弱みというやつだろう。


「好きか、嫌いかで言えばそりゃあ……好きですよ」


「ひゅーひゅー」


「亜姫さんに言ってるんですよ!?」


「私が今22で枝織は16かぁー。年の差は6歳ねぇー」


 言ってしまった。半ば強制的だが、言ってしまった。


「ど、どうでしょうか!顔だけなら優良物件ですよ!」


「自分でいっちゃう?……そうだなぁ。枝織が成人して、まだ私のことが好きだったら受け取ってやろう」


「ままままま、マジですか!?」


「私も結構恥ずかしいんだぜ?あははは」


 俺は心の中でガッツポーズをした。

 苦節2年、中学生の頃からの片思いが半分実った。俺が自分の人生の伝記を付けるとしたら今日の出来事は絶対に外せないだろう


「私は煮え切らない女だろ?」


「いえ、今はさっきの言葉でお腹いっぱいです」


「ならデザートもつけてやろう」


 その瞬間、俺の頬に柔らかい感触が現れる。

 今までに感じたことの無いそれを理解する為の経験が俺には無かった。


「へ?」


「今日はこれくらいで勘弁してな。じゃあ枝織、また今度な」


 こちらを見て手を振る先輩を見て、未だ心ここに在らずな俺は反射的に手を振り返す。

 それがキスだと理解したいのは彼女が見えなくなった後だった。


「うぉぉぉおっしゃぁぁぁ!!」


 夜だと言うのに、外だと言うのに、それでも人の目を気にせず俺は大声で叫んだ。

 誰かの五月蝿いという声が聞こえた気がしたが知ったこっちゃない。

 おそらく、ビダハビットに出逢った時より興奮しているだろう。

“恋”はそれほどまでに人を狂わせるものなのだ。

 よわい16にして知った接吻(厳密に言うと唇ではなく頬)の感触を、後に俺は自伝でこのように語るだろう。


 都市伝説を追っていたら、2年間片思いをしているお姉さんにキスされた件について。

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