第16話 予期せぬ再開は英雄と聖人を生む

 怪崎鳴子かいざきめいこが筋肉痛を味わってから1週間。

 鳴子、きょう詩音しおんの3人は駄菓子屋 九判こばんに屯っていた。


「いやぁ、それにしても笑えるよなぁ!」


「もぉー!初めてなんだから仕方ないじゃないですかぁ!」


「そーだよキョーくん。あんまり笑ったらめーちゃんが泣いちゃうよ……ふふふ」


「ちょ!?詩音さんだって笑ってるじゃないですかぁ!!」


「だとしても3日間も筋肉痛で学校休むって笑うなって方が難しいだろ?最初『助けて』なんてメールが送られてきたから急いでなるこの家にいったものの……」


「まさか筋肉痛で動けないってメーちゃん流石だよー」


 驚くことに筋肉の修復による激痛は予想を遥かに超え、鳴子は悶え苦しむ日々が3日程続ていたのだ。


「私だってビックリしましたよ!だって!まさか!夢の中で動いたから筋肉痛になるって!いったいどういうことですかぁ!?」


「こっちが知りたいよ。夢で筋肉痛になるなんて聞いたことがない」


「メーちゃんは思い込みが激しいんじゃない?」


「思い込みで筋肉痛って有り得るんですか!?」


「無いね」


「無い」


「やっぱり無いじゃないですかぁ!!」


 声を荒らげる鳴子を他所にケラケラと笑う2人。当の本人の必死さが余計に面白いのだろう。鳴子は頬をぷくっと膨らませ、自身の怒りを表現する。


「皆ぁー、久しぶりー!」


 そんな3人に声を掛ける人物が1人。

 いや、人物というには些か形容し難い頭部を持ったその人は田中鳥夫たなかとりおだった。


「えっと、田中さん?でしたっけ。まだそれ被ってるんですか?」


「え?被り物……?あっ!そうだね!お気に入りなんだよ!この!」


 無論被り物ではなく、都市伝説バードマンである彼の本物の頭だ。この事実を知るのは都市伝説に関わっている響だけだ。


「で、田中さん。今日はどうしたのさ?」


「実は就職が決まったんだ。響くんに報告をしようと思ってね……」


「就職?」


「キョーくん、なんの事?」


「前に田中さんと放課後出会ったじゃん?」


 響はつらつらとあの後のことを語った。勿論スロットにのめり込み金銭的困難に陥ったことも含めて。

 鳴子と詩音の表情はあの時の響と同様に、汚物を見る様な視線を鳥夫に向ける。


「うわぁ……」


「今はちゃんと働いてるから!!込でね!」


 そう言って鳥夫は自分の顔を指す。立派なくちばしの付いた紛うことなき鳥頭だ。


「そんなフザけた被り物でよく雇って貰えましたね」


「ふざっ!?……いやぁ人間社会もダイバーシティ、多様性の時代だよ。ありがたい限りだ」


?まるで自分が人じゃないような……」


 詩音が鳥夫の発言の痛いところを突く。人なら態々「人間社会」という種族的な理で括らない。

 情報屋インフォーマーとして人の発言を糧に生業をする彼女の職業的感覚故の指摘は確かな的を射ていた。


「あぁぁぁぁ!!言葉の綾ってやつだよ!な、田中さん!?」


「そうそうそう!言葉の綾ってやつだね!!」


 すかさず鳥夫の正体を知っている響が間に割って入る。怪しさ満々な2人を訝しむ詩音は顎に手を当て、さながら探偵の如くまじまじと見つめた。


「ていうか田中さん就職したって言ってましたけどいったい何の仕事に就いたんですか?」


「聞いて驚け」


「被り物込で就職できた事実が驚きです」


「鳴子さんのツッコミが鋭い!?……まぁ、それは置いておいて……」


 鳥夫はコホン、と1つ咳払いをする。緊張感のある空気を自慢の体毛で感じ取り大きく息を吸う。そして彼から漏れた息と放たれた言葉に3人は揃って驚愕をしたのだ。


「ここだよ、ここ!駄菓子屋九判でお世話になるんだよ!!」


「「「ハァ!?」」」


「だから今日はご贔屓にして貰ってる皆に挨拶をと……」


 彼の言葉を前に反応は皆同じだったものの、その後の行動は三者三葉だった。

 鳥夫の次の言葉を前に駆け寄り、「子供に不審者と間違えられますよ!!」捲し立てる怪崎鳴子。

「あの三馬鹿ぁ!!」と空に向かって声を荒らげる枝織響。

「おにぃ!アタシ聞いてないんだけどー!!」と叫びながら店の奥に入る詩音。

 数秒の後「あたたたっ!詩音、待て!話すから!!」という声と共に耳を掴まれながら九判の店主、錆谷十語さびやとうごが現れた。


「いやぁね?君たちの言いたいことも分かるよ、うん。まずは話を聞こうじゃないか」


「おにぃ、本当に大丈夫なの?うちの家計は火の車だよ」


「そうだよ十語さん!こいつパチンカスだぜ!?」


「被り物がリアル過ぎて子供も逃げちゃいますよ!?」


「「そこ?」」


 十語は3人の言葉に腕を組み相槌を打つ。半ば面倒くさそうに聞き流しつつ、ようやく落ち着いた3人をゆっくりと諭し始めた。


「君たち、よく聞きなさい。パチンカスでも被り物がリアルでも、これから頑張ろうとしている奴を応援しないのは良くないんじゃないの?俺を見てみたまえ!タバコもパチンコも遊嗜んでいるが立派に駄菓子屋を営んでいるではないか!!それに田中鳥夫さんは心を入れ替えたんだろう?それが出来ない奴は世の中に五万といる。そんな彼を見捨てる事など出来るであろうか?否、俺には出来ない。先ずは祝う。諸君、それが先決ではないかね?」


 高らかに、そして熱く十語は演説する。今までに彼がここまで交渉人ネゴシエーターとしての実力を、表舞台で垣間見せたことはあっただろうか?いや、無い。

 雄弁に語るその様に歓喜の涙を流す鳥夫。

 先程まで、あれやこれやと文句をつける年齢的にはまだ子供と称される八脚馬高校の生徒も拍手喝采の勢いだ。


 ――――ただ1人を除いて。

 事を円満に解決しようとした英雄に懐疑の目を向ける人物がいた。


 英雄の従兄弟、錆谷詩音その人である。

 彼女はただ一言こう言い放った。


「おにぃ、建前は分かったけど本音は?」


 暖かな空気に包まれ、草花が彩りを取り戻しつつあったその空間に突如舞い降りた氷の女王。女王は大地を一瞬にして凍らせ、実りの春から不毛の冬へと変える。

 十語の目に映る詩音はまさしく氷の女王だった。

 女王の鋭く冷たい息吹は英雄をも震え上がらせ、恐怖ゆえ現れる人の本性を暴く。


「あ、えっと……俺が働かなくても店が回るかなーってな!そうすれば俺は楽に稼げるじゃない?なんつって!あははは……」


 先程まで手を叩き、喝采を上げていた民衆たちはピタリと動きを止め静まり返る。

 彼らの次の言葉は勿論先程までと真逆だった。


「紛うことなきアンタが1番のダメ大人だよ!」


「響さん!それじゃ頑張ってる大人、それこそこれから頑張る田中さんに失礼です!ダメなのは目の前の男です!」


「おにぃの事だし、やっぱり思った通りだよ」


「十語さんで流した涙を返してくださぁい!!お天道様が許しても僕は許しませんよ!」


「そ、そこまで言わなくてもいいでしょうが!!こっちだって給料はちゃんと払うんだからいいでしょうが!!ギブアンドテイクだよ!!ギィブ!エェンド!テェイック!!」


「物は言い様っていうんだよ!!」


 英雄。それは大戦を勝利に導くことで賞賛され、もてはやされる存在。

 だがしかし、時と共にその名声と力は畏怖の対象となり、最期には糾弾の雨に討たれるのだ。


 最たる例が彼の有名な明智光秀。彼は本能寺で織田信長を討ち取り英雄となった。

 しかし、その末路は悲惨なもので、数日の後に信長の家臣であった豊富秀吉により討ち取られたと言う。

 後に三日天下と呼ばれた彼の様に、その言葉は今の十語にはピッタリだろう。

 実際は30秒天下だが。


「おにぃ、今日は全員分奢ってもらうからね。勿論、ポケットマネーで」


「最近の俺こんなんばっかじゃない?」


「十語さん、今回は自業自得」


「待って?結局店の売上が俺の懐に入るから……これ結果的に店が損してない?」


「それも自業自得です」


「ま、まぁまぁ皆、落ち着いて。十語さんも反省したと思いますしそれくらいで。ね?僕は許しますから」


「田中さん……優しいんですね」


「過ちを許す。それもまた、大人への1歩だからね」


 頭を抱える十語を見兼ね、鳥夫が止めに入る。

 彼の「罪人を許す」という慈悲深い行動に、これからなどと罵詈雑言を吐く者はこの中に居ないだろう。


 大戦で生まれ、太平で死ぬ者は英雄。

 だが太平故に起こる罪を許せる者は聖人となる。

 似て非なる2つの存在が本日の駄菓子屋九判にて生まれたのだった。

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