第15話 アングラなお仕事
チリンチリン。
真夜中にそぐわない呼び鈴の音が鳴る。
此処は
所謂闇医者に該当する明日暮診療所の医師の名は“
今宵の彼の非合法かつ的確な仕事は時計の針が3時を告げると同時に始まった。
優は白衣をはためかせ玄関に向かう。
「あぁ、今開けるって……なんだ
扉の先にいたのは同じく露希の暗部に住む
彼の仕事は合法な物から非合法な物関係なく、指定された場所に届けるという至極シンプルな仕事である。シンプルが故に、依頼者は伊織の誓った厳格なルールに従わなければならない。
「優、届け物っていうか落し物って言ったらいいのかな。とりあえず運ぶの手伝ってよ」
伊織は愛車のトランクを親指で指す。優は中身の予想が着いたのか、少し顔を顰めながら伊織に着いていく。
トランクのロックが解除されると同時に鼻につく異臭。概ね優の予想通りの落し物は死体だった。それも頭部が欠損しているなんとも痛々しい遺体であった。
「こいつは
「たまたま道を走ってたら見つけちゃってさぁ。流石にそのままにしておくのも悪いと思って持ってきちゃった」
「警察に通報しろよ」
「君の方がこういう死体は得意だろう?ていうかさぁ、こんな芸当人間に出来ると思う?」
「都市伝説が関わってるとでも言いたいのか?口径のデカい銃を使えば不可能じゃない」
「どの道、現代日本で銃を使える人間なんて限られてくる。だろ?」
「はぁ……分かった。調べよう。伊織、肩の方持ってくれ」
「えぇー、マジィ?流石に気持ち悪いんだけど」
「拾ってきたのは貴様だ。それに仏さんを無碍に扱うじゃない」
2人は成人男性の遺体を診療所奥にある手術室に運ぶ。蛍光灯の明かりに照らされた遺体は改めてその凄惨さを物語っていた。
「頭部の欠損以外に……特に目立った外傷はないか。掌にある切り傷、それに爪が欠け血が滲んでいる。伊織、彼を見つけた時どのような体勢をしていた?」
「確か、膝が地面に着いてたかなぁ。腰は折れ曲がって前傾姿勢たったね。勿論死んでいたから力は抜けてたよ」
「なるほど。もしかしたら、その場にもう1人居たかもしれないな。死後の体勢が誰かに頭を下げている様に感じる。まぁ、頭はもう無くなっているのだが。爪の削れ具合から見ても彼は相当な命の危機に瀕していたようだ。血が滲むほど地面に爪を立てるなんて、故意に行おうとしてもそう簡単には出来ないものだ」
「となると、やっぱり銃で脅されていたのかな」
「そこまではまだ分からない。だが彼は高そうな時計を身に付けている。つまり金品目当てで殺された訳じゃない。多分財布はあるぞ」
優は遺体のポケットを漁る。予想通り革製の長財布が見つかった。中身は免許証、カード類、数枚の1万円札、数枚の硬貨が見つかった。目に見えて怪しいものは無い。
「名前は【
カードに混ざって1枚の写真が優の目に付いた。その写真には2人の男と1人の少女が写っている。
男たちは少女を真ん中に笑顔を見せ、少女は照れくさそうに後ろ手を組んでいる。
優にはこの男に見覚えがあった。
「なにそれ、写真?」
「あぁ、どうやら田淵らしき男が写ってる。そしてこいつだ。見てみろ」
「どれどれ。あー、これはまた……」
「気付いたか?この写真に写ってるもう1人の男、
「となると、こっちの小さい女の子が娘さんになるのかな」
「あぁ、
「事実上崩壊している組織とは言え、閑ちゃんは家督を継いでいる。ってなると、ちょっと面倒くさいことが露希で起こるかもねぇ」
この殺人に他の組織が絡んでいる可能性がある。それは下手をすると組同士の“戦争”になるということだ。露希を力によって守って来た氷雨組の衰えに興じて、横槍を入れようとする勢力は多い。
ひとつの地域を支配することは、安定した財力を得られるということ。ぽっかりと穴が空いたこの場所に遂に手を出す輩が現れたとでもいうのか。
自警団という側面も兼ね備えていた氷雨組は良い意味でも悪い意味でも露希を護る立場にあったのだ。
「壊滅に手を貸した我々が、どうこう言える立場では無いが厄介だな」
「それも可能性のひとつとして考慮すべきだろうねぇ。あっ!そう言えば
「だろうな。だから俺たちは氷雨閑に殺されてないんだろう?それに、あの娘が知って得することは無い。むしろ、事を全て辿れば余計に傷つくだろう。まさか自分の父親が人身売買に手を染めていたなんてな。これでも医者の端くれだ。子供の未来を奪うようなことを放っておくことは出来ない。だから協力したものの、あの自己中都市伝説め。面倒事を残しやがって」
「君の行動の結果、
「いや、自己満足だよ。善なんて崇高なモノじゃない。心の底から救いたいなんてあの場で誰1人思ってはいなかった。俺も貴様も。無論、十語もな。唯一その崇高な意志を掲げていたとすれば、それはビダハビットだ。アイツだけは
「実際に心臓あげちゃったもんね。
優と伊織、今この場には居ないが十語の3人は、ビダハビットに対しての見解が世間のそれとは違っていた。最強の都市伝説と恐れられたビダハビットは人間より人間らしい怪物。3人とも悪態はつけど、化物としての側面意外を認めていることも確かだった。3人とビダハビットの間には友情と言うには余りにも掛け離れているが、特別な関係が築かれたいたことは確かだろう。
「そうだ、優ちょっと待ってて。渡したい物があったんだ。」
そう言って伊織は車に戻る。1分も経たずに戻ってきた彼はひとつのファイルを持ってきた。
「それは?」
「十語の纏めた鳴子ちゃんのレポートだよ。もしかしたら田淵の死因と関係あるかもよ」
「十語、普段はガサツな癖にこういう所だけマメな男だな。まぁいい、手掛かりがあればそれに超したことは無い」
「
【怪崎鳴子レポート】
〔前提〕
怪崎鳴子(以下甲)は都市伝説ビダハビット(以下乙)の心臓を移植された少女である。
甲は幼い頃から心臓に重大な疾患を抱えていた。推定17年間の猶予が許された甲の命は、乙の心臓を代替することにより生き長らえることが可能となった。
乙が甲に初めて接触したのは一昨年の4月、甲が14歳の時である。接触は文通で行っており、乙は自らを“足長おじさん”と呼称していた。
〔11月〕
甲の手術日程は去年の11月12日に予定されていた。
しかしその前日、同月11日に“怪崎鳴子誘拐事件”が起こる。
関与した人物は氷雨組組長氷雨貞宗を含めた、氷雨組上層組員。甲の入院していた
その後、乙が氷雨組を襲撃し甲を救出した。
〔心臓移植手術〕
執刀医は明日暮優。
本来であれば、11月12日に執刀医と成り代わる形で手術を行う予定であったが怪崎鳴子誘拐事件により明日暮診療所で緊急手術を行う。
乙から甲への移植は成功。
乙の生命活動はこの日を境に終了する。遺体はセレモニア
その後甲は元の医療施設に歴目伊織が運送。
錆谷十語が閂総合病院の院長である
〔怪崎鳴子〕
甲は半年の入院を経て今年の4月に露希に移住し、
〔氷雨閑〕
事の真相には辿り着いていないが、ビダハビットの行方を追っている。こちらである程度は誤魔化しているが注意を怠るな。
「特に目新しいことは書いてないな。氷雨組の関係者だけだと繋がり多すぎる。田淵はなぜ殺された?」
「待った。裏面に手書きで何か書かれてる」
レポートの裏側には乱雑な文字でこう記されていた。
〔追記〕
彼女は露希第2研究所で都市伝説の研究をしている。
こちらに新入生の血液型、家族構成の情報を要求してきた。
「手振柘榴か。氷雨組との関係が気になるな」
「半年前に十語が調べた時、露希第2研究所と氷雨組の繋がりは無かった筈だけど」
「そもそも露希第2研究所で行われている都市伝説の研究の痕跡が全く見つからないってのも不可解だ。ただでさえ都市伝説に手を出しているんだ。民俗学ならまだ分かる。だが、科学的根拠を用いた研究なんぞ怪しいにも程があるぞ。黒く見るなという方が無理がある話だ」
「どちらにせよ、軽率に動くことは辞めよう。とりあえず十語にもこの事は伝えるとして……死体どうしよっか?」
「新園の跡取りに頼んで処理してもらうしかない。こいつもヤクザだ。身元から縁を切られている可能性もある。どのみち共同墓地行きだ」
「血痕とか残してきちゃったけど大丈夫かな。指紋は残していないと思うけど」
「今更どうしようもない。それに人は想定を超えた時、助けを求めるより見て見ぬふりに専念する。この国じゃ特に顕著だ。悲しいがな。だが、死体に触れている時点で俺たちも警察からはマークされる。仕事柄動きにくくなるのは勘弁だ」
「そこら辺は十語が上手くするでしょ。速やかに対応出来たとしても2、3日はかかるか。既に通報されていたらちょっと情報が漏れちゃうかもねぇ。とりあえず2人に連絡してくるよ」
「俺はもう少し田淵の遺体を調べる。そっちはよろしく」
*
氷雨組と露希第2研究所の関係。手振柘榴という女。田淵陽介の死の真相。不穏な空気は暗雲となり露希をじわりじわりと蝕んでいく。降り注ぐは悲劇の雷か、恵の雨か。誰にとっての悲劇であり、恵であるのか。答えはまだ分からない。
唯一確かなこと。
それは怪崎鳴子の人生が数奇な運命へ誘われていることだ。例え本人の欲する結末を迎えなくとも彼女が露希の中心であることは決して変えようの無い事実なのだから。
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