第23話 人は誰しも好奇心の奴隷

敷島しきしまちゃあん!敷島亜姫しきしまあきちゃあん!?ちょっと手伝ってぇ!!」


 扉越しに私を呼ぶ聞き慣れた声がする。《アタシ》のバイト先、露希あらわき第2研究所の研究主任、手振柘榴てふりざくろだ。主任と言ってもこの研究室を行き来しているのは私と柘榴さんだけだ。主任と言っても肩書きに過ぎないのかも知れない。


 私が何故都市伝説の研究を手伝うことになったのか。その過程に大した出来事は無い。民俗学のレポートの為に、たまたま此処へ話を聞きに来たら、何の因果か柘榴さんのお眼鏡に叶ってしまった。

 結果、羽振りの良い給料と研究内容を引き換えに、彼女の身の回りの世話をしているのが私の現状だ。


「はいはいはーい!柘榴さん今行きますよーっと」


 私が扉を開くと、汗をかいて廊下に倒れ込んでいる柘榴さんが居た。柘榴さんがフィールドワーク後に倒れ込むことはよくある。このままベットに引きずって行くところまでがワンセットだ。


「ハァ!?ざ、柘榴さん……!コ、コレ何スか?」


 が、私は驚いた。見慣れぬモノが柘榴さんの隣に倒れ込んでいたからだ。


 それは“人の体”と“鳥の頭”を併せ持った得体の知れない生き物だった。どうやら生きてはいる様だが、明らかに頭部は体に繋がっており質感も被り物とは思えない。一体何なんだよコレは。


 いや、訂正する。唐突に舞い込んだ頭痛案件に、私の脳は軽い拒絶反応を起こしてしまった様だ。

 私はコイツを、コイツらを知っている。なんならよく宴会を開いてる。つい最近も花見酒を共に楽しんだ。


 そう、


「いやぁねぇ?敷島ちゃんも私の研究を多少なりとも手伝ってる身なんだから察してよぉ」


「嫌です。何となく分かりますけど理解したくないです。私の脳がフルで拒絶反応起こしていてCPUが大爆発です」


「後半何言ってるのかちょっと分からないにゃあ」


「要するに今日はもう上がらせて下さいってコトです。んじゃ、お先ぃ!」


「待ったァ!」


 目にも止まらぬ速さで柘榴さんが私の足に絡みついてきた。ゾンビ映画でよく見る動作は正直気持ち悪い。あと、どんどん上に昇ってくるな。そこは私の太ももじゃい。


「凄いことなんだよぉ?本物の都市伝説だよぉ?論文にもかけるよぉ?」


「書いたところで誰も信じませんよ。伝承は伝承であるから、文献としての価値が生まれるんです。都市伝説も同じことですよ。柘榴さんのことです。どうせロクデモねぇこと考えてるんでしょ?私は犯罪の片棒、担ぐ気はありませんよ」


「君は若いのに保守的だねぇ」


「保守的にに老いも若いも関係ねーでしょうが。“危ないことには関わるな”。これがウチの家訓なんで……」


「――ビダハビット」


「は?」


 今柘榴さんはなんと言った?聞き間違えじゃなければ『ビダハビット』と言ったか?半年前に露希で大暴れしたと言われてる都市伝説がなんで出てくる。そういえば神社の三馬鹿もビダハビットに気をつけろとか言ってた気がする。ビダハビットは生滅したんじゃなかったのか?


「お?おぉー!顔色変わったねぇ!なになに?ビダハビット知ってるのぉ?それに興味もあるみたいだねぇ?ね!ね!手伝ってよぉ!」


 己を優先するのなら“素直に断り今すぐ帰宅すべき”なのだろう。私はこの都市伝説に思い入れは無い。薄情だと思われようが、私は私に関わる存在に害が及ばなければそれでいい。そういう主義だ。

 だが、この女の研究が三馬鹿にも大きな害をもたらすものだとしたら?私はそれを両の目で確認し、彼らに伝えなければならない。結果として内通者という役割を担うことになる。

 柘榴さんにバレたら、何をされるか分からない。彼女は目的の為なら殺人さえ厭わない。そういう危うさがある。


「……はぁー、仕方ないっスねぇ。手伝いますよ。その代わり、給料弾んで下さい。資料にならない分、それくらいはいいでしょ」


 正直なところ、留まるリスクの方が断然大きい。けれど、私は私の世界の為にリターンを選んだ。下手な芝居を打つより、研究の手伝いと割り切ればボロも出ないだろう。なんやかんやで、最後は私が柘榴さんを手伝う。いつものパターンだ。変に拒絶するよりも、ここらで折れていた方が怪しまれることも無い。


 いや、言い訳だな。本当は私も柘榴さんの研究に興味がある。1度気になってしまえば、知的好奇心には勝てない。だから今まで彼女の仕事を手伝ってきたんだ。

 この状況はまたと無いチャンス。。つくづく私も残酷だ。最初から柘榴さんのことをけなせる立場ではないのだ。


「やった!やったぁ!流石敷島ちゃぁん、レッツ実験タァイム!」


「まずは起きてください。1人じゃコレを運べません」


 私は大丈夫。昔から好奇心コイツとは上手く付き合ってるんだ。

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