第21話 死人に口無し 生者は口隠し

 ぽつりぽつりと降っていた小雨はいつの間にか止み、雲の隙間から陽光が射し込む。“天使の梯子”と呼ばれるその現象は、生者には幸福をもらたらし、死者には天国へ導く道となる暖かな光で広大な霊園を照らし出す。時刻、天候、場所。全てのピースが美しくまった空間は、幻想的な風景を作り出した。


「ここがセレモニア新園にいぞの……。凄いですね……!!」


 自然と人工物、そして人類の宗教観が織り成す刹那的芸術作品を前に、怪崎鳴子かいざきめいこは稚拙な感想を口にした。


「壮観だよねー。アタシもおばぁの葬儀でお世話になったんだよー」


「確かに凄いよな。なんせ、霊園の墓地が和と洋で入り乱れている。全くもって混沌カオスな光景だよ。外国人向けらしいけど、いつかどっかの宗教関係者に訴えられそうだ」


「あれ?キョーくんにしては珍しくまともなこと言ってる」


「だがしかし!八百万やおよろずの神がひしめき、人生の道標とも言える宗教でさえ、同じ鍋の中でグツグツ煮込んで一緒に食っちまうこの国らしいとも言える!たまらないぜ!!」


「うーん、やっぱりいつものキョーくん!」


 神聖な場所であろうと、枝織響えだおりきょうのマイペースと錆谷詩音さびやしおんのツッコミのキレは以前変わらない。

“遺体探し”というシリアスな目的に反した高いテンションは、非日常がことに胸を踊らせているからだろう。どうやら遺体探し以上の非日常に、常日頃身を置いてる自覚は2人には無いようだ。


「予定通りセレモニア新園に来たのはいいんだが……」


「どうやってお話を聞きましょう……?」


「素直に聞くとかー?」


「『遺体探してるんですけどーありませんかー?』で通じたらプライバシーって言葉はこの世にいらないだろ!?」


「ぶー、じゃあどうすんのさー!キョーくんに作戦はあるんですかー?」


「それはだな、嘘と真実を使い分けてだな!なんか、上手いことやるんだよ!」


「却下。具体性が全くないでーす」


「あの……」


「具体性は全部俺の頭の中に入ってるからいいの!」


「お二人とも……」


「言葉に出来ない作戦なんて絶対に失敗するもん!」


「前を……」


「じゃあ俺より上手くやれるって言うのかよ!」


「見てください……」


「キョーくんに任せるくらいだったらアタシがやるもん!」


「どっちでもいいから二人とも前を見なさぁい!!」


「「え?」」


 鳴子の怒鳴り声に、詩音と響は思わず素っ頓狂な声を出して前を向く。そんな2人の目に飛び込んできたものは……。


 ――――真っ黒な装いに身を包み、ニタリと笑みを浮かべた男だった。


「「オワァァァァァ!?」」


 明らかに失礼な叫び声を浴びせた響と詩音を意に介さず、ズンズンと近づいてくる黒服の行動が余計に2人の恐怖を煽る。一歩、また一歩と黒服が近づく毎に、2人は足並みを揃えて後ずさった。鳴子もまた、羞恥と恐怖の混ざりあった感情に耐えきれず、思わず両手で顔を隠してしまった。


「あっ……!」


 身体の震えに耐えきれなくなった詩音の足が遂にもつれた。一瞬宙に浮いた彼女の身体は、重力に逆らわず地面に向かって一直線に落下する。予想される痛みの訪れに、キュッと目を瞑って覚悟する彼女を待っていたのは、臀部の衝撃ではなかった。それどころか、彼女の身体はふわりと、

 恐る恐る閉じていた瞼をゆっくりと開いた詩音の瞳の中には、先程まで畏怖の対象となっていた黒服の顔が映っていた。


「あ、あれ……?」


 驚きを隠せず、三度みたびほど瞬きをする詩音を慣れた手つきで地面に立たせた黒服は、半歩ほど後ろに下がり深々と会釈をした。


「セレモニア新園へようこそお越しくださいましタ。ボクは此処の管理人、新園キイルと申しまス。お怪我はありませんカ?お嬢さン」


「は、はひ……!あの、さ、先程は助けて頂きありがとうございましゅ……!」


 先程起こった出来事にまだ頭が追いついていないのか、詩音は歯切れの悪い口調で感謝の言葉を述べた。普段ならつらつらと言葉が出てくる彼女が珍しく口を閉ざしている。目線を合わせることすら出来ないのか、キイルをちらりと見ては視線を下げ、またちらりと見れば視線を下げる。そんな事を繰り返す彼女の姿は、

 鳴子が初めて見た詩音の一面だった。嫌に長く続く沈黙が、非常に微妙で絶妙な空気を醸し出し、キイルと詩音、そして近くに居れど、気持ち的には遠くに居るその他2人を包み込んだ。


(あの、響さん……)


(何も言うな鳴子。俺も正直困ってる)


(私、何か恥ずかしくてもう逃げだしたいんですけど)


(言わないでよぉ!現実を突きつけないでよぉ!俺だって逃げたいんだよぉ!)


(詩音さんには悪いですが、321で逃げましょう。そうしましょう)


(鳴子、お前なかなか薄情なんだな……。だが背に腹はかえられない!その作戦乗った!)


(響さんも人のこと言えないじゃないですか!……んもう!い、いきますよ!3……)


(2……)


「ナァナァナァナァ!?」


 鳴子と響が最期のカウントを進めようとしたその時、霊園内に男の声が轟いた。


「俺たちが居ることを忘れてもらっちゃあ困るなぁ……!!」


 甘ったるい空気を引き裂くように登場したのは3人の男たちだった。左から歴目伊織へきめいおり錆谷十語さびやとうご、そして明日暮優あすぐれゆう。露希市の一部界隈がザワつく顔ぶれが、セレモニア新園に一堂に会したのだ。


「は……?」


 詩音は先程までとは違った意味で絶句した。その理由は男たちのポージングが全て物語っていた。

 突き出された腰、キレのある肘の角度、真っ直ぐに伸びた指先。

 彼らの佇まいは奇妙な色気を放っている。いや、色気だけでは無い。そこには美と力強さも兼ね備えられ、誇りさえ感る。心做しか彼らの背後には、力強い効果音が浮かび上がり、顔立ちには凄みを感じる。

 それほどまでに高潔無比な立ち姿は、まさしく人間讃歌にんげんさんかだ。


「十語先生何やってるんですか!?」


 独特のオーラを発する3人に、臆すること無く鳴子はツッコミを入れた。その言葉で皆が我に返ったのか、凍りついていた時が動き出す。


「伊織さんも優さんも何でそんなにノリノリなのぉ!顔が良いんだからおにぃに付き合わないでよー!!」


「俺だって顔良いでしょうがよォ!?」


「ははは、助かった……」


 見慣れた詩音と十語のやり取りに、響はホッと胸を撫で下ろす。響の安堵と呼応する様に空を覆っていた雲は完全に消え、太陽が顔を出した。


「あの……十語さんの横にいるお二方は?」


「失礼。名乗るのが送れてしまった。明日暮優、流れの医者だ。安心したまえ怪崎鳴子。俺は錆谷十語の様に変態ではない」


「どーもー鳴子ちゃん!私は歴目伊織!同じく変態じゃないよーう!」


「え、変態って俺の事?」


「ところで鳴子ちゃんたちはキイルくんに用事があったんじゃないの?」


 伊織は十語の追求を一切無視して、鳴子の前にキイルを連れてきた。キイルはグイグイと伊織に背中を押されながら、鳴子の前に立ち会釈をする。鳴子はごくりと唾を飲み込み、緊張に震える口先を動かした。


「あ、あの !私たち、死体を探してまして!ここに来れば見つかるんじゃないかって響さんが……」


「ちょっ!そこで俺の名前だすの!?」


「事実だもーん!そんなことより……キイルさーん!この遺体知りませんー?アタシとっても不可解でぇー……」


 ――――3人は思い思いに探している遺体の特徴を伝える。

 市内の出来事だと言うのに、メディアに一切取り上げられていない不可解さ。遺体の痕跡が写真という確かな証拠で残っているのに、それ以外の情報が何一つ出てこない違和感。組織的な隠蔽が絡んでいるのではないかという陰謀論。憶測や主観が多く混ざってはいるものの、キイルは決して制止することなく、黙って3人の話に最後まで耳を傾けていた。

 ひとしきり話が終わりを迎えたところで、キイルは閉ざしていた口を開いた。


「結論から言いますト、キミたちの探している遺体は。特徴から察するに確かに一致していますしネ」


「本当ですか!響さん凄いじゃないですか、予想通りですよ!」


「都市伝説を探す為に培った勘は伊達じゃないってことさ!」


「キョくんのクセにやるじゃん!」


「勘もですが、キミたちは運も良いかもしれませんネ。先程、歴目さんがくだんの遺体を運び込んで下さったんですヨ」


 3人は驚きの声を上げて伊織に振り向く。急な指名に、伊織はキョトンとした表情を浮かべたものの、すぐに八重歯を見せ、ヒラヒラと手を振りながら話し始めた。


「いやね、私が夜に運転していたら、たまたま見つけちゃってさ。流石に放置するのもアレだから、優の診療所に運んだんだよ。確か夜中の3時頃だったかな?んで、キイルくんに連絡したら引き取ってもらえる事になって、さっきセレモニア新園で埋葬してもらったの。警察にも連絡は入れたから無問題モーマンタイ!ちなみに十語は、小説の取材ってことで付き添いね」


「なるほど、警察に連絡が届く前に……ってそれ犯罪じゃないんですかっ!?」


「私は仕事がら署内にも顔が効くからね、ちょっとしたお小言だけで済んだよ」


「伊織さんってただの運送業だよね?」


「ふふっ……大人には色々あるのさ」


「「かっ、かっこいい……!!」」


(嘘だ。伊織さんは嘘をついてる ……)


 鳴子と響が伊織に関心している中、唯一詩音だけは疑いの目を向けていた。詩音は直感を信じるタイプでは無い。そんな彼女が反射的に伊織を懐疑的に思ったのだ。何故か?

 それは本人の成長と比例して身につく能力、経験則による脳の判断だった。“情報屋インフォーマー”として情報を司る詩音が、同じ露希の暗部である運送屋トランスポーターの伊織の個人情報パーソナルデータと食い違いが生じていると確信したのだ。


 理由は2つある。

 1つ目は運送屋という職業柄、非合法な依頼に着手しているという点だ。伊織が自身に課した厳格なルールにより、中身を確かめることはしない。それ故に意図せず犯罪に加担している可能性もある。だからこそ伊織は警察を信用しないし、頼らない。


 2つ目は伊織の性格だ。運送屋はひとつの物事に固執しないからこそ行える仕事だ。積極的に依頼人に関わると、問題が生じた時に依頼人共々泥沼に沈んでしまう。だからこそ伊織は、日常的に執着を持つことを拒んでいた。そんな彼が、事件の香りが嫌という程臭う人の死体を態々自ら運ぶとは考えにくい。


 一度疑惑を持ってしまったら最後、この2つの矛盾は確かな情報を第一に信じる詩音の脳にこびり付いて離れない。


(でも、伊織さんにしては嘘がお粗末すぎるんだよねー……。もしかしてアタシの反応を見てる?だとしたら優さんはもちろん、おにぃも一枚噛んでるのかな)


 ――――――ピロリロリーン。


 詩音の思考を乱すように彼女のスマートフォンが音楽を鳴らす。

 思いの外大きい音量に驚き、身体を一瞬強ばらせた詩音はフッと息を軽く吐いて周りを見る。目のあった伊織が「どうぞ」と一声を掛けると、詩音はポケットから端末を取り出し画面を確認した。

 表示されたメッセージの宛先は、先日遺体の情報を求めた警察官のものだった。


『先日依頼した遺体探しの件ですが、上層部の意向により捜索が中止となりました。今回はこちらの都合によるキャンセルの為、成功報酬分を振り込ませて頂きます』


 すかさず仕事用の口座を確認すると、そこには200万円の入金があったことが記載されていた。


(逃げられた……!)


 タイミングがあまりにも良い調査の打ち切り、それはこの件から手を引けと示唆するものであった。もちろん情報屋として詩音は依頼主の指示に従うだけだ。不服だが割り切りもする。だが、胸に残るもやは詩音の苛立ちを増幅させる。


「メーちゃん、キョーくん。遺体は見つかったからもう帰ろう」


 2人の返事を待つことなく、詩音はきびすを返し正門へ足早に向かう。


「えっ!?し、詩音さん!ちょ、ちょっと待ってください!遺体見なくていいんですか!?」


「ナルコ、帰るぞ」


「響さんまで……。急にどうしちゃったんですか?」


「詩音が自己中になる時は決まって嫌なことがあった時だ。原因はおそらくさっきのメールだろ」


「だったら、なおさら……」


「まずは遺体より友達優先!だろ?遺体はあるって分かったんだし、また此処に来ればいいさ。でも、友情って瞬間が大事じゃん?だからここは詩音を追いかけよう。気が向いたら理由ワケを話してくれるかもしれなしな」


 響は鳴子を諭すようにニヘラと笑った。


「遺体は見つかったし、詩音が興味を無くしちゃったみたいだから俺もそろそろ行くよ!キイルさん!次の機会にでもよろしくお願いしまーす!!」


「えェ、神は何時でもキミたちを見守っていますヨ」


 詩音を追いかけながら挨拶をする響を、会釈をしながらキイルは見送った。

 1人取り残されている鳴子も、2人の後を追いかけようと焦って駆け出し始めたその時。


「怪崎鳴子。持っていけ」


「えっと、明日暮さん……ですよね?これは、名刺?」


「優でいい。俺も医者だ。何かあったら連絡してこい」


「えっと、ありがとうございます?」


「さぁ、行け。もう用は済んだ」


「は、はい!」


 圧の強い優の言葉に流される様に駆け出した鳴子は数十秒ほど走ると、先行していた詩音と響の後ろ姿が見えてくる。そこからまた数秒走ると2人の背中に追いついた。


「はぁ、はぁ……すみません遅くなりました」


「凄い息が切れてるな。……なるこ、お前本当に体力ないんだな」


「心臓は変わっても肉体が追いつかないんですよねぇ……。恥ずかしながらずっと病院生活だったので。それより、詩音さん大丈夫ですか?」


「……うん、メーちゃんごめんねー。さっきはちょっとイライラしちゃって。でも、遺体があることは分かったからもういいよー」


「そ、そうなんですか?……詩音さんがそう思っているならいいですけどー」


「まぁ、詩音!手伝えることがあったらまた言えよ。気分が乗ったらでいいからさ、友達なんだし!」


 詩音がピタっと足を止める。そして数秒の沈黙の後ぐるりと振り返って言い放った。


「絶対何か秘密にされてる!」


「セレモニア新園が何かを隠してるってことか?確かにキイルさんはなんだか胡散臭いけどさぁ」


「多分おにぃたちも裏でコソコソやってるからグルだと思う!それが分かってる上であれ以上の追求は出来なかった……悔しいー!!」


 詩音はその場で地団駄する。彼女が身体を使ってまで感情を表現することなど今まであっただろうか。響は彼女のそんな姿に若干の温度差を感じる。


「私もひとつだけ疑問に思ってることがあるんですよね」


「え?」


 悔しさのあまり目尻に涙の跡が残っている詩音は、鼻声になりつつ鳴子に聞き返す。鳴子は自身の記憶を遡り、己の感じる違和感を伝えた。


「私、十語先生以外の方と会うのは初めてなんです。それなのに、伊織さんは名乗ってもいない私の名前を、優さんはフルネームで私を呼んでいました。よくよく考えてみれば

 おかしいのかなって……」


「確かに……。でも、伊織さんも優さんもおにぃと仲がいいから、話題にでもあがってたんじゃないかなぁー。それで知ってたとか?」


「それならそれで納得出来るんですけどね……」


 ただ鳴子の違和感は「名前を知っていた」事だけでは無かった。どこかで会った事のあるような、初対面だと言うのに“懐かしい”と一瞬錯覚してしまったのだ。肉体がデジャブを感じた時特有のふわついた気持ちと、尾を引く気持ち悪さを、鳴子は唾と共にグッと飲み込む。

 ただでさえ奇妙な遺体探しは、様々な人物の思惑が絡まり、より真実を隠してしまった。妙なぎこちなさを感じつつ、3人はセレモニア新園を後にしたのだった。



 *



「伊織、お前さんの嘘わかりやすくなぁい?」


「詩音ちゃんたちが何処までたどり着いていたか知りたかったから仕方ないじゃん。でも、おかげで分かったでしょ?彼女らかなりいい所まで突き止めてた」


「ですガ、流石に遺体を見せることは出来ないでス。ビダハビット……鳴子さんが殺したと確信が持てるまでハ」


「ぐっ……!」


「ていうか、十語くん性格悪いよねー。遺体の目の前で態々、警察に連絡させて詩音ちゃんに圧力をかけるなんてさー」


「俺なりの配慮だよ、田淵陽介の遺体に関わってアイツらが辛い思いをするだけだ」


「ズビッ……」


「ワタシの様に、もう巻き込まれているかもしれませんネ」


「キイルこっち見てもう1回言ってみ?」


「うぅ……」


「てかさっきかグズグズ五月蝿い奴がいるんだけどぉ!?」


「ズビッ……すまない。俺の手術した子供が元気な姿で外に出られていると思うと……その、涙腺が緩む」


「優……お前、案外涙脆いのな」

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