第41話

〜シャフマ 東の街〜


【最初に砂の賊との戦闘があります】


「そういえばこっちの方には来たことがないねェ」

アレストがルイスに言う。

「フートテチってどんな国なの?」

「フートテチはたくさんの民族が暮らす国です」

ルイスの問いに答えたのはフートテチ王国の国王、リーシーだった。

「たくさんの民族が住んでるのに王国?」

「はい。と、言ってもお飾りの王ですが」

「それでいいのか?」

「政治は別の機関が担当しているのです。私たち王族には決定権はありません」

「へぇ……シャフマやストワードとは随分違うねェ。ま、俺は政治はわからないが!ギャハハ!ギャハハ!!」

「……政治はともかく、ぼっちゃんはもう少し経済を勉強してください」

リヒターがため息をつく。

「経済か……そういえば商人に任せっきりにしていたな。うん、場合によっては上からの調整も必要だったかもしれないねェ……」

アレストが目を細めて笑う。

「具体的には……」

「こういう機関を作って……」

「人員は……」

アレストとリーシー、さらにアントワーヌも加わって王族3人でこれからの政治について話し出す。

(政治のことはわからないけど、アレストは楽しそう)

「ぼっちゃん、今日はこの街に泊まりましょう」

リヒターが言うと、アレストが首を横に振った。

「嫌だね。立ち止まってなんかいられないだろう?」

「……」

「なんだよ?この街に何か用でもあったのか?」

「いえ、何も」

「なら立ち止まっている理由はないだろう。日は落ちているが次の街までなら行けるんじゃないか?」

「次は街ではありません。村です」

「え?そうか。……?」

アレストが怪訝な顔をする。ルイスもリヒターがなぜこの街に留まろうとするのか分からない。アレストの言う通り、少しでも先を急いだ方がいいのではないだろうか。

「リヒター、どうしたのよ?」

「そうですよ、もう少しなら俺たちも歩けますよ。な?メルヴィル」

「俺は眠いが、もう少しなら……」

メルヴィルが目をパチパチさせている。

「そうですか。では先に進みましょうか」

一行は街の出口に向かって再び歩き出した。


道中、歩きながらリヒターがルイスの肩をたたいた。

(!?わ、私なにかしたっけ)

リヒターに怒られることをした覚えはないが……と恐る恐る「どうしたの?」と聞く。

「ルイス、頼みがあるのですが……」

「頼み?」

小声で耳打ちされる。

「ぼっちゃんを連れ出してください」

「……!?」

アレストを連れ出す?リヒターが言うなんて意外だ。

「この先は田舎道が続きます。もし街があっても、砂の怪物の被害が酷く機能していないところが多いはず……。物資はなんとか調達しますが、娯楽はほぼできないかと」

「……?」

「つ、つまり、ぼっちゃんはもう遊びに行けない可能性が高いということです。ですから、あなたが……」

リヒターが口ごもる。

(そうか、アレストはしぬんだ。剣で自分を割って、しぬ)

最後に思いっきり遊ばせてやりたい。リヒターは暗にそう言っているのだ。

「ルイス、あなたしかいません。アレストはあなたと夜どこかにいるのが一番の楽しみだった……」

(相棒と抜け出してたのバレてたんだ)

相棒と夜にこっそり賊を捕まえていたとアレストは言っていた。リヒターは気づいていたのだ。

「分かった」

ルイスは頷いて皆にバレないようにアレストの方に回り込む。

「アレスト……」

「ん?なんだ?軍師サン」

「ええと」

(どう誘えばいいのだろうか)

思えば今までの誘いはいつもアレストからだった。ルイスから出向くこともあったがルイスの手を引いて走り出すのはアレストからだった。しかし今日は勇気を出さなくては。

「私、お酒が飲みたい」

小声で言う。ストレート過ぎたかもしれない。リヒターの計らいがバレないようにしようと思ったのに、これでは意図を探られるかも……。そもそもこれまでにないくらいに真面目な顔で先に進もうとしているアレストが遊びに乗ってくれるかどうか……。

「いいねェ……酒、俺も飲みたくなってきたぜ」

単純だった。

「くくく、抜け出しちまおうか。2人で」

アレストがルイスの手を握ってリヒターたちから遠ざかる。

「……やはりこの街で宿を取りましょうか。もう遅いですし」

リヒターが提案する声を聞こえた。

「ヤバ!振り向くぜ!その前に逃げろ!」



「……くくく、あんたから誘ってくれるとは嬉しいねェ」

酒場に向かうアレストは楽しそうだ。

「軍師サン、あんたも酒の味が分かってきたか。何を飲むんだ?俺はな……」

もう酒のことで頭がいっぱいらしい。

「そうだ、酒場の後は賭博場に行こうぜ。頭空っぽで賭けるのはたまらなく快感なのさ!」

勝つことではなく賭けることが快感という辺りがアレストらしい。

「俺は夜が好きなのさ」

アレストがルイスに変装用の布を渡す。

「王子だということを忘れられるから」

悲しそうに笑う。

「寿命のことも忘れられるから」

時計の寿命。剣で割らなくても、砂時計は1000年で消える。

「不思議だよな……昼は忘れることが怖いのに。人の名前も、顔も……分からなくなるのが怖くてたまらないというのに。夜は自分や国のことを忘れたいと思ってしまう」

アレストがルイスをじっと見つめる。

「俺は弱いのさ。体は丈夫なくせにねェ……。心までは強い王子サマになれない……周りにどう思われようと、遊ぶ夜が必要なのさ」

「アレスト……」

「だから今夜あんたが誘ってくれて嬉しかった」

ルイスの手が握られる。

「ありがとう。軍師サン」



酒場に入る。あまり人がいない。深夜ではないというのに。むしろこの時間ならば満員でもおかしくないと思っていたルイスが驚く。

「あら、お客さん!ごめんなさいね。あまりお酒がなくて良い物は出せないのだけれど、良かったら飲んで行って」

店員の女性がルイスたちに言う。

「いいぜ。酔いに来ただけだからねェ……」

そう言いつつも酒の味を楽しみにしていたアレストの顔は暗い。

「やはり平和にならないと活気も酒もないか……」

砂の賊や怪物たちが出る世の中になってからもうすぐ2年になる。

「あいつと来ていた頃はもっと楽しく飲めたんだが」

「あいつ?」

「あぁ、軍師サンには前に話したことがあるだろう?相棒のことさ。……あいつ、今どこにいるんだろうねェ」

アレストがわざとらしく周りを見回す。

「相棒は軍師サンの前に騎士団で軍師をやっていた女なのさ。しかしある日パッタリ顔を見せなくなっちまって……どこに行ったのか。あ、今度リ…やメ…に聞いてみるか。あいつらも相棒とは仲が良かったからねェ」

アレストがメニュー表を開く。

「そういえばあいつらが相棒の話をしなくなったのも気になるところだな。もしかして別部隊で今も軍師をしているのか?ふふふ、王子である俺に黙って勝手にどこかに行くなんて悪い子だ。あ、軍師サン何飲む?俺はこれにするぜ」

「私もそれでいいよ」

「了解だ。店員サン、これを2つ頼むぜ」

(ある日パタリといなくなった?)

ルイスはアレストの言ったことを反芻していた。

(だから『夢』で会えることを期待していたのか)

「……いや、俺は大切なことを忘れちまっているのかもしれない」

アレストが低く呟く。

「誰かに聞くまでもなく、相棒がいなくなった理由を知っているのかもしれない……むしろ、覚えているくせに忘れようとしているのかもしれない。たまに思い出しているくせに、記憶がぐちゃぐちゃになって上手く引き出せなくなっているのかもしれない」

俺が相棒を忘れちまったら、あいつは本当にしんだ人になる。

アレストが言っていたことを思い出す。

「これはあまりバラしてはいけないのかもしれないが、俺は最近人の名前と顔以外の記憶もおかしくなっているんだ」

「!!」

「おそらく時計の砂がそろそろ落ちきるんだろう。昔のことを段々思い出せなくなっている。というか、混同しちまって何が何だか分からなくなっている。そんな気がする。軍師サン、事実がAだとしても記憶がBだったらそいつの中ではBになるだろう?それがきっと俺の中で起きちまっている。思い込みのタチが悪いのは自分ではBと信じ込んでいるから他人がAだと言っても受け入れられないところさ。しかし俺は受け入れられる。だって俺の記憶がおかしいのは自分が一番分かっているから」

「砂時計の影響が分かっているから?」

ルイスが聞く。

「そうさ。あいつが教えてくれたのさ」

あいつ?

「砂時計の上部の砂が少なくなると記憶喪失になる、それを相棒が教えてくれたのさ」

「相棒は砂時計に詳しい人だったの?」

「いや、たしかに古い書物や伝承には出生的に詳しかったが……砂時計は例がないからねェ。いくら書物に書いてあることだって事実かは分からないだろう?」

「じゃあ相棒はどうやって教えてくれたの?」

「……本当だ」

アレストが口に手を当てて眉を寄せる。

「ん……?相棒はどうやって俺の砂時計が記憶を左右していると教えてくれたんだったか……」

(思い返すと……アレストの相棒に対する話には矛盾がある)

ルイスも考える。

(記憶を失う前の私が相棒なら、ある日消えたというのはおかしい。それに最初に目を覚ましてしばらくはアレストは私のことを相棒として接していた)

ー久しぶりの戦闘だ、腕がなるねェ。

目を覚ました夜、アレストと初めて共闘した日。

ーあんただって許嫁だぜ?王宮に来たのだってそういう理由さ。

ーあんたは仲間だからねェ。昔からの付き合いだしそういう目では見れないさ。

最初は、記憶を失ったルイスのことを相棒と同一人物として見ていたのだ。

(なのに……)

相棒と軍師サンは段々と混ざっていき、ついには完全に離れた。

「お酒お持ちしましたー」

「ああ、ありがとう」

アレストが酒を受け取る。

(それは、アレストが人のことを記憶ではなく『自我』で認識しているからだと思うけど……)

アレストは人の顔が覚えられない。もっと意識の深いところを見て人を判別している。

(なら、『相棒』と『軍師サン』の自我が変わったのは何故?

私が私になってしまったきっかけは……?相棒が記憶も自我もなくしたのはどうして?何があったの?)

ベノワットは「ルイスは倒れて意識を失ってしまったことが2回ある」と言っていた。本当に事故だったのだろうか。事故で記憶を失った。それだけなのだろうか。

(記憶喪失だけなら、自我まで影響があるとは思えない)

自我を失うほどの衝撃、そして同時にアレストが記憶を書き換えて混同してしまうほどの何かが自分に起こった?

(でも、事実は分からない。だって知っていたであろうアレストの記憶が……)

もう、朧気になっているから。

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