第39話
「アレストぼっちゃん、それは本当ですか!?」
「あぁ。完全に砂時計の創り方が分かった」
「……その手順で創れば、時計を再現できる……!」
2年と半年前、アレストとリヒターはリヒターの部屋で情報共有をしていた。
「しかし、誰でも良いというわけではなさそうです」
「『適合者』か。そこが問題だねェ……」
「1000年以上前からのシャフマ王国の民……。純血でないといけません。他の国の血が少しでも混ざっていると脆くなる」
「砂時計の砂や容器を創る魔法が古いシャフマのものだからだろう?そこをどうするか……」
「私が実験台になれれば良いのですが、生憎平民ですし出生が自分でも分からない以上危険かと思います」
リヒターが視線を落とす。
「ふむ……。純血の貴族なんて混血しまくったシャフマにはほとんどいないんじゃないか?」
「……メルヴィルとベノワットは、純血です」
アレストが眉を寄せる。
「ラパポーツとスティール、だったか」
「ぼっちゃん、名前を!」
「3時間前に会ったから覚えているさ。よくわからん会議でね」
ため息。
「そうだねェ。あの二人はたしかに王宮に仕える由緒正しい貴族だ。混血はしていないだろう。だが、しぬかもしれない実験だぜ?ラパポーツ公やスティール公が息子を失ったことで俺たちの実験を知ったらマズい。父上……国王ヴァンスがいる間は大丈夫だが、いなくなったら俺はアイツらとも仲良くしなくちゃならないのさ。そう言った意味でも、ね」
「そうですね……。アンジェは平民ですし、父親はアンジェのことが好きで一時も目を離しません。
テキトーな血では危険でしょうが、やはり私がやりましょうか」
リヒターが言うと、アレストは首を横に振った。
「ダメだ。失敗して砂時計を量産する訳にはいかない。犠牲は2人で十分なのさ。それにリヒター、あんたよりも適任者がいる」
「適任者?」
「相棒……ルイスとその母親さ。
砂時計の信仰が強いツザール村出身で、閉鎖的故にほとんど混血をしていない。俺なんかよりもずっとシャフマ王族の血が濃い。
……これ以上の適任者はいないだろう」
アレストが腕を組む。
「し、しかしぼっちゃん、ルイスがしぬかもしれないんですよ!?」
「そんなこと……」
アレストが目を泳がせる。しかしすぐにリヒターを真っ直ぐ見つめて
「そんなこと、気にしていられるか?シャフマ、いやこの大陸の未来がかかっているんだぜ?」
と、低く言った。
「……あんたがやれ、リヒター」
「!」
「できないなら逃げろ。今すぐにここから出て行け。他のやつにやらせる」
「……いえ、私がやります。私がルイスの体に母親の容器を入れ、寿命を差し出します」
「そうかよ……」
アレストの声は震えていた。
「別に寿命はあんたのものじゃなくてもいいんだぜ?俺の砂から1年出すことも技術的には可能なんだろう?」
「可能ではありますが、これから何が起きるか分からない以上、王子の時計には触らない方が良いかと。……大丈夫です。私はまだ何年も生きますよ」
〜現在 シャフマ王宮地下2階〜
ミカエラはベッドの上で腹をさすっていた。
「やー!美味しかった!でもまだまだいけるぜ!ガハハッ!」
豪快に笑う。……と。
「ん?外からなんか聞こえんな」
丸い窓から外を見ると、向かいの部屋で子どもたちが泣いているのが見えた。
「あたしと同じように連れてこられたのか?よし、今開けてやるからな!……ん?鍵がかかってんな。……ふんっ!!!」
体当たり。
「あかねー。でも、何度か繰り返せば……ふんうっ!!!!」
ドコッ!!ドガッ!!!
扉が壊れて、開いた。
「どんなもんだ!!ガハハッ!あたしはフートテチいちの格闘家ミカエラ様だぜ!これくらいどうってことねぇよ!」
向かいの部屋の扉を蹴破る。
「わっ!?」「お、おねえちゃん、誰!?」「助けに来てくれたの!?」
子どもたちの声に、ミカエラが頷く。
「おうともさ!あたしに任しときな!!よーしー!どんどん解放してやるぜ!」
「……なんだか、下が騒がしいわね」
「地下2階に爆弾でも仕掛けてあるのか?一体何のために……」
アレストが首を傾げたときだった、近くの階段から足音がした。たくさんの子どもたちが逃げてきたのだ。
「!?」
「地下2階に閉じ込められていた子どもたちじゃないかしら!?」
「ど、どうして外に出ているのですか!?」
リーシーが階段の下を覗き込むと、褐色で大柄の女性が見えた。
「み、ミカエラ!!」
「おう!リーシー!お前どこ行ってたんだよ!心配したぜ。あっ、あれお前の分のステーキだったか?悪い!全部食っちまった!」
「ステーキ?なんの事か分かりませんが、合流出来て良かったです!怪我は!?」
「ねぇよそんなもん!それよりお前も手伝え!なんかよくわかんねーけどガキ共が閉じ込められて泣いてやがる!」
「…!分かりました!
アレスト、奴らの計画を潰しましょう。私は砂を担当しますから、あなたたちは所有者と容器をお願いします!」
リーシーがミカエラの隣に立つ。深呼吸して手を前に突き出した。
「やる気満々だな、リーシー!行くぜ!!」
「はい、ミカエラ。皆を救い出しましょう!」
「じゃあ、ここはあいつらに任せて俺たちはメルヴィルのところへ向おうか。軍師サン、アンジェ」
アレストの言葉に2人が頷く。3人はメルヴィルの元に走り出した。
〜シャフマ王宮 外〜
「む!王子が目的地に着いたようですぜぃ」
分身を飛ばしていたヨンギュンが外で待機しているリヒターたちに言う。
「突撃準備を!!」
「父上の思いどおりにはさせない!」
ベノワットが槍を握りしめた。
〜地下1階 実験室〜
「なんだ?2階が騒がしいな」
スティール公が窓から外を見る。
「誰か来る前に終わらせろ。さぁ、その砂を私に。すぐに容器になれるはずだ。手順に狂いはない」
ラパポーツ公がベッドに横になった状態で言う。隣のベッドには目を閉じたメルヴィルが。
「その剣は持っておこう」
「ラパポーツ家に代々伝わる剣……ついに抜くことはなかったが、私が容器になったらメルヴィルに渡してくれ。私の後継はメルヴィルしかいない」
「分かった」
スティール公がラパポーツ公が腰に着けていた剣を受け取る。
「……やれ」
「そうは行くか!!!」
アレストが全力で扉にとっしんをする。大きな音を立てて破壊される扉。中にいた貴族2人が目を見開く。
「ギャハハ!!シャフマ王国1000年の年季を舐めるなよ!!!この建物が綺麗なように見えるのはリヒターの掃除のおかげなのさ!ま、ジリ貧で修繕は間に合っていなかったが……今日初めてこの国がボロくて良かったって思えたぜ!!」
「アレスト!!邪魔をするな!」
スティール公が腕を上げる。すると、アレストが屈んだ。
「!?」
「当たれーっ!!!」
高い女の声と共に矢がスティール公の右目に突き刺さる。
「うがあっ!?!?」
思わず蹲る。
「ベノワットの痛み、分かったかしら!?」
アンジェだ。ペガサスに乗っていなくても彼女は強い。上から足音が聞こえる。リヒターたちが乗り込んで来たのだ。
「油断したねェ……ラパポーツ公」
ベッドに横たわっている『敵』に言うアレスト。
「容器になるための砂を飲まされたら耐えられない苦痛が全身を襲い、暴れ回ってしまう。知っているぜ?メルヴィルの弟子が見せてくれたからねェ……。だからあんたはベッドに自身を拘束しなければならない」
「……」
「そして、砂時計の創り方がこんなに野蛮なことが国民に知れたら砂時計への信仰なんて一瞬で砕け散る。もちろん新しいシャフマ王国への信頼と期待も、ねェ。だからあんたはスティール公と2人だけでメルヴィルに砂時計を入れようとした。違うか?」
「……アレスト、私をここでころすのか?」
ラパポーツ公の冷たい声にアレストが破顔する。
「ギャハハ!!あんたは俺を生かしてくれただろう!?勝負は公平でなきゃならないからねェ……俺もあんたを見逃してやるさ」
「魔法で無理やりねじ伏せることだってできる」
「そんなことをして何になるんだ?やれるものならやってみろよ。ほぉら……」
アレストが腕に力を込めると、意識を失っているメルヴィルの体が持ち上がった。それを盾にしてまた笑う。
「ギャハハ!!ギャハハ!!あんたが息子を世界一大切にしていることは嫌という程知っているのさ!!」
「チッ……野蛮なのはどちらだ」
「おっと、メルヴィル。目が覚めたか」
「ぼっちゃん!!敵の援軍が来ます!王宮を囲まれていますよ!」
リヒターの大声にアレストがニヤリとする。
「ふふん、良いタイミングだねェ……あんたも仲間に恵まれているようで何よりだぜ」
アレストがラパポーツ公に背を向ける。そのとき、部屋に立てかけてある剣が見えた。
「ハッ!あ、あれは!」
「アレスト!その剣だ!」
リヒターと一緒に来たアントワーヌも気づいたようだ。
「その剣を持って外に行くのだ!はやく!!」
「分かった!」
しかし、ラパポーツ公がアレストの足の動きを封じる魔法をかける。
「うぐっ!?」
前のめりに倒れる。
「……汚い手で触るな」
「っ…あんたのその顔、最高にそそるぜ。ますます触ってやりたくなるねェ……」
口ではそう言うが、体が動かない。外から敵の援軍がなだれ込んでくる。あいつらに回収されたら終わりだ。剣の行方が分からなくなったら、計画は丸潰れだ。
「誰か!その剣を守れ!なんとしても奪われるな!」
ラパポーツ公が大声で言う。援軍の1人が狭い部屋にある剣を見つけた。
(くっそ……あの剣ありきの計画だ、なんとしても奪わないと!)
アレストが歯ぎしりをする。もう交戦している仲間たちを見て、自分がやるしかないと足に力を込めたときだった。
メルヴィルが剣を奪ったのだ。
「アレスト!これか!!」
「メルヴィル!!」
アレストの顔が明るくなる。ラパポーツ公の魔法が弱まった。アレストが足をバタバタと動かして立ち上がる。
(息子が俺に従ったのを目の前で見て動揺したな。あいつも人の心がある……)
皮肉なものだねェ……アレストは心の奥でそう思った。
スティール公が右目を押さえながら自軍に向かって叫ぶ。
「砂を!砂を逃がすな!貴重な生贄たちだ!」
「砂ぁ?」「生贄、ですか」
部屋の入口に立っていたのは、フートテチの王妃と国王。
「国民の命をそんな風に見てるやつがトルーズク大陸を支配するなんて、あたしは許せねぇな!」
「同感です。アレスト、今なら敵は少ない。ころしますか?」
2人の声は本気だ。しかしアレストは手をヒラヒラさせて
「地下でこれ以上暴れ回ったら王宮自体が崩れちまう。ボロいからねェ……。とりあえず外に出ようか。援軍も来ているとリヒターが言っていただろう?」
と余裕そうに言った。アンジェとルイスもリヒターを追って外に出た。不服そうなリーシーとミカエラ、メルヴィルがその後ろをついて行く。
「貴様、後悔することになるぞ」
「……」
「我々は砂時計を諦めない」
「……なら、ペルピシに来いよ」
アレストが口角を上げる。敵の援軍がアレストに武器を向けた。
「やめろ。アレストの砂時計は使う。私がその手で引きずり出すまで傷はつけるな」
「くっくくく……待っているぜ。ペルピシで最終決戦だ。あんたたちが勝つか、俺たちが勝つか。あんたの言う神とやらが俺なのか、違うのか。そのときハッキリするだろう」
アレストが左腕を前に突き出す。
「全力で来いよ。俺たちも全力で迎え撃つ。あんたたちに勝って、シャフマを滅ぼしてやる!」
外で、上で、戦闘の音がする。砂の怪物もいるのだろう。王宮に体当たりをしている。建物全体が揺れ始めた。
「おっと。まずいねェ……俺もそろそろ外に出るとするか」
スティール公がラパポーツ公の拘束を慌てて外す。それを尻目にゆっくりと実験室から出るアレスト。
「そうさ、壊しちまえ。こんな部屋」
『やめて!!助けて!アレスト!!どうしてこんな実験なんかに私を!母上を使うのよ!』
(メルヴィルがベッドに横たわっているのを見て、あの日の相棒を思い出しちまった)
(俺はあいつらよりも酷いことをしたんだ……。あいつらは『まだ』愛があったのに、俺は……)
自分が地獄から抜け出したいがために、砂時計をルイスに入れた。
(トルーズク大陸を水没させるかもしれない砂時計の再現実験の被検体にしたと言えば聞こえはいいが、本当は俺の身体がどうなるのか知りたかったから……。建前さ、民のためなんて。本当は俺が臆病だったから、あんたを利用したのさ)
(すまない、相棒……)
ー何よ?改まって。
ー今日、何の日か知っているか?
ーえ?あ!そっか、あんたの誕生日だったわね!
ーそうさ。なぁ、相棒……俺と一緒に外に出てくれないか?遊びに行きたいのさ。
ーはぁ?ダメよ。リヒターに外出は禁止って言われているでしょう?よ、夜は討伐だし本当はいけないけど、暗くて顔は見えないから渋々連れて行っているだけだし……昼は絶対ダメ!
ーそこをなんとか。約束しよう。もう外に行こうなんて誘わないさ。俺は1回でいいから王宮の外で太陽を浴びたいのさ。誕生日だぜ?少しでいいから、連れ出してくれよ。
ー……わ、分かったわよ!今日だけだからね!リヒターたちにも内緒よ!
ーありがとう、相棒。
(騙してすまない……)
ーもう!昼間に堂々と盗みをやる盗賊なんかに怪我をさせられるなんて屈辱だわ!いたたた……。
ーあ、相棒、大丈夫なのか!?し、しぬなよ!
ーこれくらい平気よ。でも……もし、私がしんでもあなたは生き残ってよね。
ーえ?
ー約束して、アレスト。あんたは普段は気取ってるし皮肉屋で嫌な奴だけど……ときどき危なっかしいから勝手にしにそうで不安になるのよ。
ー……。
ーしなないで、私がしんでも後を追おうなんて考えないで。アレスト、約束して。
ー分かった。相棒、約束する。
ーもう、泣かないの。あんたいくつよ!
(……相棒)
この階段もあの日以来記憶の奥に閉じ込めておいたものの一つだ。
アレストは誕生日の昼にルイスと外に出て、盗賊の攻撃を受けた。そしてその後2人で歩いている時に油断しきっていたルイスに魔法をかけ、王宮の地下に運んだのだ。途中で会ったベノワットやアンジェ、ヴァンスには「相棒が敵の魔法を受けて動けなくなった」と嘘をついて。
地下の階段を走り、リヒターが待機している実験室のベッドにルイスを寝かせた。隣には容器にするルイスの母を置いて。
外に出て鍵をかけた。後はリヒターが上手くやってくれる。しかし、アレストは運ぶ前に眠り魔法を強くかけることは出来ていなかった。実験室に入れられたことに気づいたルイスが扉を叩く。
ルイスはアレストに説明を求めたが、アレストは冷たく突き放した。「最初から利用していた」と……。
ーアレストなんて!大っ嫌い!!!!!!!
それを聞いて、砂時計の実験を見て、冷静でいられるアレストではなかった。
人間を捨てようとしたのに。アレストには、できなかったのだ。
「俺は神なんかじゃない。人間さ。それを証明するために、あいつらと……シャフマ王国、砂時計に終止符を打つ!」
走って王宮の外に出た時、一瞬あの日のことを思い出した。ぼんやりとしか思い出せないが相棒の横顔、昼間に外に出れて嬉しかった気持ち。
大丈夫、まだ生きている。自分が忘れなければ、相棒は生きている。
(永遠があるならば、きっとそれは俺たちの絆さ)
そして、自分がしんでもきっとそれは……。
「あぁ、そうだ。軍師サンのところに行かなきゃいけないんだったぜ。指示をもらわないとねェ……」
「相棒の『後継』として来た『軍師サン』だが、なかなか良い指示をくれる。くっくくく……相棒に話したかったぜ。たしか名前も一緒だし……こんな偶然があるなんて最初は信じられなかったが……」
ん?最初?軍師サンとはどうやって会ったんだった?
(そういえば前にもこういうことがあったような……相棒と遊んでいたと思っていたのに、意識がはっきりしたら軍師サンが転んでいたんだ、よな……)
ルイスの自我が、アレストの記憶に影響を与え始めていた。
アレストがルイスの隣に立つ。
「アレスト!敵はだいぶ片付いたよ。あと少し、手伝って欲しい」
「ふふふ、やるじゃないか軍師サン。さぁて、俺も参戦しようかねェ……」
「ありがとう。頼もしい」
こくりと頷いて自分を見上げるルイス。アレストは喉奥で笑い、左腕を振り上げた。
【戦闘開始】
砂の怪物3体を倒したら勝利です
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