第34話

「へぇ、相棒はそのツザール村が故郷なのか」

アレストの部屋、アレストと黒髪をポニーテールにした女性が向かい合って座っている。

「砂時計が創られた地、か。くっくくく……そこに行けば俺の砂時計のことを詳しく知れるかもねェ」

「教えてくれないと思うわ」

「何故?」

「あの村は砂時計を信仰しているのよ。だから仕組みとか……『神様』が絡んでいないことは知るのが難しい。あの村では人間が創ったことにはなっていないのよ」

「……」

「でも私は知っているわ」

「本当か!?」

「創り方なら、ね。亡くなったお父様が保管していた書に載っていたの。お父様は砂時計が二度と創られることがないように亡くなる前に書を焼いていたけど……」

アレストがにやりと笑う。

「あんたはそれを盗み見たんだな?ふっふふふ、悪い子だねェ……」

「……私には弟がいるのよ」

相棒が俯く。ポニーテールが揺れる。

「砂時計の信仰を伝えている男の子よ。村ではそういうことは珍しくないの」

「どういう伝え方だったんだ?」

「それはわからないわ……」

「弟なのに、か?」

「弟は神的な存在だったから正体が隠されていたの。本当は私がやる予定だったのだけれど、私は女だから役目を果たせないという理由で……男である弟に役目が行っていたみたい。会ったことはないわ。顔も分からないからすれ違っていても分からないけど。向こうも私のことは知らないはずよ」

「それでも弟だったのか?」

「そりゃあ、そう説明されていたからそうでしょう。会ったことがなくても血が繋がっている人がいるのは頼もしいものよ」

相棒が苦笑する。

「私……弟が気の毒でたまらなかったの。砂時計がなければ一緒に幸せに暮らせたかもしれないのにって、ちょっと思ってたわ。村で……いえ、シャフマで砂時計を否定するのは悪いことなのに」

「……」

「もちろん弟が過酷な環境にいるかも、不幸かも知らないわよ。けど、普通の人間としては扱われていないでしょうし……そう思うと、砂時計って本当にいいものなのか分からなくなって。それで、砂時計のことを調べていたの。お父様には内緒でね」

(……砂時計があることで普通に生きられない、か。相棒の弟と俺は同じような存在かもな)

「そうしたら、創り方が分かった。……壊し方は分からなかったけど」

アレストの目が泳ぐ。

(創り方……砂時計の再現ができたら仕組みもわかるんじゃないか?俺の時計の砂が落ちきった時、何が起きるのかが分かれば……)

自分がどうしたらいいのか分かる。


「なぁ、相棒」


「……砂時計の創り方を俺に教えてくれないか?」


「試したいことが……あるんだ」



(あのとき……俺は、知ってしまった。砂時計の創り方を。シャフマの禁忌に触れてしまったんだ)


〜シャフマ王国 西の街〜


「この街も大きいわね。西の方って栄えているところが多いのね!」

行きに通った街より少し大きい街の道を歩く一行。

「アンジェ、地図を貸せ」

メルヴィルがアンジェの持っていた地図を奪った。

「め、メル?」

「近道をした方が良い。早く目的地に行き、あいつを倒す」

「メルヴィル、焦りは禁物です。フートテチやストワードとも協力しなければ勝てる見込みはないんですよ」

リヒターがメルヴィルに言う。

「チッ……大体本当に信用できるのか?ストワード……いや、アントワーヌはともかく、フートテチの方は何も分からん。何かされる前に奇襲をかける方が良い」

「たしかに、フートテチが敵になったらまずいですが……」

「自称従者の言葉も罠かもしれん。こちらから動かなくてどうする」

「疑心暗鬼だねェ……。メルヴィル、身内に敵がいたのがショックだったのか?」

アレストが喉奥で笑う。

「違う。覚悟はしていたことだ。今更なんとも思わん……」

と、言いながらもメルヴィルの顔は曇っている。

「メルヴィルの言うことも一理ありますが、とにかく今はストワードとフートテチと連携を取らなければいけません。一旦王宮に戻りますよ」

「……」

メルヴィルが不満そうにリヒターの後ろを歩く。

(父親が敵だったなんて……)

それはメルヴィルだけでなくベノワットやアンジェも同じだったが、本当に悲しいことだ。

(私の両親はどちらも亡くなっているらしいけど、記憶があって敵対することになっていたら……私はどうしていたんだろう)

考えても答えは出なかった。



しばらく歩くと次の街に着いた。ここも先程の街と同じくらいに栄えている。

「もうすぐ夜だねェ」

アレストの機嫌が良い。ロヴェールと話してから何かが吹っ切れたのか笑うことが多くなった。

(でも、アレストは)

死にに行くのだ。これから。

(それなのに、幸せそうだ)

ロヴェールもしにたいと言っていた。永遠の呪い。それを解く剣。救済。

(本当にそれでいいのかな……)

ルイスの気持ちは晴れない。

「おい!兄ちゃんたち、傭兵か!?助けてくれよ!」

「なんだ」

メルヴィルが青年に話しかけられている。

「どうしたのよ?」

アンジェとルイスが聞くと、青年が息を切らしながら説明をした。

「あっちで賊が小さい男の子を攫って逃げたんだ!賊は剣や槍を持っていた!」

「なっ……誘拐ですか!?」

青年が頷く。メルヴィルが一目散に走り出した。アレストたちも続く。

「チッ……まさかあいつじゃないだろうな」

「ロヴェールだったら……『敵』がまた攫おうとしているのかも」

アンジェの父親のことを思い出すルイス。

「今秘密が……剣のことがバレるのはまずい。絶対に取り返すぜ」

アレストの言葉に一同が頷く。




【戦闘前】

アンジェ「ちょっと!あんたたち止まりなさいよ!」

リヒター「誘拐したという少年を離しなさい!」

賊A「あ?なんだお前ら。悪いがコイツを連れ帰れば報酬がもらえる契約なんでね。渡す訳にはいかねぇぜ!」

賊B「ボス、それにしてもこのガキ……小さすぎませんか?本当にあの……」

賊A「おい!そいつの正体をバラすな!……へっへへへ、俺たちは腕に自信があるんでね!お前らなんて敵じゃねーな!やっちまえ!野郎ども!」

賊が砂を撒いた。砂の賊が現れる。

メルヴィル「!! 敵側との契約、か!ルイス!あいつらを止める!ボンクラは気をつけろ!後ろにいろ!」


【戦闘後】


賊を倒し終えた。アンジェとルイスが縛られている少年に近づく。

「大丈夫?怪我してない?」

「う……」

高い声。フードを脱がせると、真っ赤な髪が覗いた。くりくりとした大きな瞳、ぷっくりとしたほっぺた。かわいらしい男の子だ。

「きゃあ!!すっごくかわいいわ!!」

たまらずアンジェが抱きつく。

「や、やめなさい!私を誰だと……!」

男の子はアンジェの腕の中から器用に抜け出す。

(ロヴェールじゃなかった。でも、賊は『正体がバレないように』と言っていた。敵側の重要人物?)

この子どもが?小さな手で砂を払って頬を膨らませている男の子が?

「そうね、名前を聞いていなかったわ」

「……私はリーシーです。フートテチ王国国王ですよ。あなたたちはシャフマ国民ですね?」

リーシーの長い三つ編みが風に揺れる。国王……?

「「「フートテチの国王!?」」」

「大きな声で言わないでください」

「い、いやだって」

ベノワットがリーシーの顔をじっと見る。

「君も苦労しているんだな……」

「っ!私は25歳です!正真正銘、国王です!あなたたち、無礼ですよ!ここがフートテチでなくて良かったですね!フートテチならば侮辱罪になっていましたよ。ふふん」

なんだか子どもっぽい気がする。

「ふ……フートテチには侮辱罪があるのか?」

アレストが笑いを堪えながら言う。

「あ、ありませんけど……。こほん。助けていただいたことには礼を言います。ありがとうございました」

リーシーが頭を下げる。慌てると子どもっぽくなるのかもしれない。

「しかし何故こんなところに国王がいるんですか?」

リヒターが聞くと、リーシーの丸い目がパチパチ動いた。

「人を探しているのです。あなたたちはシャフマ国民ならば知っているかもしれませんね。教えて欲しいことがあるのですが」

「なんだよ?」

アレストが聞くと、リーシーが声を潜めて言った。

「シャフマ王国の王子、アレスト殿を探しているのです。居場所を知っていますか?」

(アレストを!?)

「先にシャフマ王宮に行ったのですが、騎士団の待機部隊しかいなかったので西の方まで来たのです」

「ほう?アレスト様を?」

アレストの声が裏返っている。状況を楽しんでいるときの声だ。

「見た目の特徴だけでもいいです。アントワーヌ殿から聞いておけばよかったのですが……」

リーシーが頭を抱えて唸る。

「アレスト様は細身の美青年だぜ。ちょうどこんな感じの」

アレストがメルヴィルの肩をぽんぽんと叩いてリーシーの前に突き出す。

「高貴なお方で王宮から出たことがないんだ。俺ももちろん会ったことはないが、平民の間で噂になるくらい美しい容姿の王子サマさ。色白で金髪っていうのも聞いたねェ……」

「そうなのですか!?ありがとうございます!あれ?しかしシャフマ王宮にはいなかったのですが……」

リーシーが首を傾げる。

殺気。ルイスがメルヴィルを見上げると、青筋を浮かべている。「あっ」と声を出す前にメルヴィルがアレストの足を思いっきり踏む。

「いっっった゛!!!!!!」

アレストから下品な悲鳴が出る。その場に蹲り、涙目で足を摩った。

「このボンクラ!!触るな!」

(あっ、そっち?)

自分が冗談に使われたことではなく、触られたことが嫌だったらしい。

「ぼっちゃん」

今度はリヒターの低い声。アレストが顔を上げる。深呼吸の音が聞こえた。まずい。アレストが膝を抱えて大声に備える。

「あなたという人は!くだらない嘘をついて!!!リーシーさんがわざわざ出向いて探してくれていたというのに!その努力を潰す気ですか!!!!!向こうが名乗ったならばこちらも敬愛の意味を込めて名乗る!王族の基本ですよ!!」

説教の声に耳を塞ぐベノワットとアンジェ。

「え、アレスト……?」

リーシーが目を白黒させる。

「からかってごめんね、こいつがアレストなの」

アンジェがアレストの耳を引っ張って立たせた。案の定、破顔していた。

「は!?こ、この男が王子!?」

(((うん。そう思うよね…………)))

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