第33話

【戦闘終了】


「やっぱ強いんだね」

「王宮騎士団だからな」

ベノワットが嬉しそうに微笑む。

「前にたたかったときも思ったけどさ、馬とかペガサスとかズルくない?俺も乗ってみたいんだけど」

ロヴェールが言うと、アンジェがロヴェールを抱き抱えてペガサスに乗せた。

「キャロリンの乗り心地は最高よ!」

「わ!わわわ!た、高い……!」

声は脅えていたが、目はキラキラと輝いている。

「場所を変えた方がいいですね。砂の賊がまた襲ってくるかもしれない」

「あ、あっちに良い場所があるから案内するぜ!」

キャロリンに乗ったロヴェールが言った。




西の方に少し歩くと、小さいオアシスにたどり着いた。アレストの喉がごくりと動く。

「もう下ろしてくれ……やっぱちょっと怖い」

アンジェがロヴェールをキャロリンから降ろす。アンジェも降りて、キャロリンにキスをした。

「でもまぁ、楽しかったぜ」

「それなら良かったわ!」

「ここはオアシスですか」

「うん。俺が疲れた時に来る場所。街からも離れているし、ただでさえ西のツザール村よりも西に行こうとする物好きなんてなかなかいないだろ?」

「たしかにねェ……」

アレストが水面を見つめながら言う。

「水浴びに良さそうだねェ」

「よく分かったな。踊った後は汗をかくからここで清めるんだ」

ロヴェールがふっと笑う。

「入っても?」

「……今?」

「そうさ」

アレストがターバンをほどいて上をバサリと脱ぐ。肉付きの良い上半身が露になる。そんな脱ぎ方もできたのか、その服。後ろで細く結った髪が風にふわふわと揺れた。

「うわ、すげぇ。伝承とは真逆だぜ」

「くっくくく……俺の父上も良い体をしていたのさ」

「そうなの?細身じゃねぇの?」

「全く?」

「ふぅん……」

「なんだよ?この体が珍しいのか?」

アレストが大きな胸をロヴェールに押し付ける。

「伝承では、細身で金髪の美青年が代々砂時計を受け継ぐって言われていたから。びっくりしただけ。あんたが全然違うから」

「……」

「神っていないんだなって思うぜ。あんたを見てるとさ」

ロヴェールが俯く。

アレストは「……やっぱり話を聞いておくか」と呟いて服を着直した。砂の上に座ってオアシスを見つめる。ルイスたちもアレストの近くに座った。

「砂時計の剣の話だよな」

「それもそうなんだが、まずあんたが知っている砂時計の話をして欲しい。俺たちが間違っているかもしれないだろ?」

「そんなのこっちだって正確かは分からねぇよ。1000年前の話だし」

ロヴェールがため息をつく。

「そうだねェ……1000年前の……」

アレストがふぅ、と息をつく。

「やっぱ痛みとかあるわけ?あと記憶が人と違うとか」

「痛みはないさ。……昔はあったのか?」

「700年前くらいまではあったって言われてる。背中を焼かれているような熱い痛みで寝れられない所有者もたくさんいたって」

「いや、俺はぐっすりだねェ……。記憶の方はダメだが」

「ダメ?鮮明すぎて困るんじゃねぇの?」

ルイスが驚く。鮮明?逆だ。アレストの記憶は曖昧で困っている。

「記憶能力は最悪さ。1時間もしないうちに人の名前と顔を忘れちまう」

「……最初の所有者は国民の名前と顔の全てを覚えていたって言われてる」

アレストは自分の名前もわからなくなるのに。

「俺は正直、自分に時計が入っているという自覚がないのさ。そんな超人的な……神のような力があるなんて信じられないぜ」

「俺もあんたが神には見えない。ってことはやっぱ……」

ロヴェールが顎に手を当てる。

「砂時計が壊れ始めてるな」

「そうだぜ。1000年後に砂が落ちるんだから……」

「じゃなくて、本来の姿にはほど遠くなっているってこと」

「本来の姿?」

アレストが繰り返すと、ロヴェールが頷いた。

「うん。きっと……」

「人間に染まっちまったのか」

ロヴェールが目を見開く。

「ふふふ……やっぱりそういうことだった!神も1000年経てば人間に染まっちまう!!」

ルイスはアレストの言葉を思い出していた。『俺が神に見えるか?見えないだろう?』……。

「王族がこんな見た目になってるとはね」

「混血のせいだぜ?俺の体には貴族平民果てにはストワードやフートテチの血も流れているのさ」

「な、なにそれ」

「完全恋愛結婚だからねェ……王子だからといって制約はない。好きになった女と子作りができるのさ。つまり誰とでもできる」

アレストが腕を広げる。

「おかげで楽しませてもらってたぜ。あ、半年前からはそれどころじゃなくなっちまったからここ最近はできていないが」

「……あんたのそういうことはどうでもいいけど……。なるほどね、砂時計を守るために王宮に王子を閉じ込めている弊害がそういう形で出ていたのか」

「おっ、理解が早いねェ。そうさ。王宮から出られない王子の妃にしようと企む親が娘を王子のところに送り込む。そのおかげで王宮は若い娘ばかりさ」

「そこで血が混ざるのか……はぁ、その果てがあんたってわけ?もうちょっと上品になれなかったの?」

「ギャハハ!!そう言われても、父上も俺と大して変わらない顔と体だぜ!!」

アレストが腹を抱えて笑う。

「……美しい神、永遠を創るための砂時計が結局人間の欲にまみれちまうなんて誰が想像できただろうな?」

「あんた、俺の事を庇っているのか?」

「別にそんなんじゃねぇよ。でもまぁ」

ロヴェールの金髪が揺れる。

「最後の王子があんたで良かった、とは思うぜ」

最後の所有者がアレストなのは必然だ。1000年も経てば神だって人間に染まる。だが、それでもロヴェールはアレストが人間でいてくれて良かったと思っていた。

「実は……例の剣は、最初の所有者には効果がなかった」

ロヴェールが切り出す。

「その剣を創ったのは、最初の王子の従者だった。王子はわけも分からず砂時計を体に入れられたが、従者はその意味を知ってしまい……壊す剣を創った」

「……」

「砂時計の上部だけを破壊する剣。これは、所有者をころす」

「こ、ころす!?」

リヒターが立ち上がる。

「そりゃあ半分とはいえ砂時計が体の中で砕けるんだぜ?無事ではいられねぇよ」

「そんな危ないものを何故……」

「リヒター、分からないのか?」

アレストの声は低い。

「その従者サンは王子を永遠の呪いから解放したかったんだろう」

「……その通りだぜ、アレスト。でも、そんな剣で砂時計……神を壊そうとした従者を褒め称える者なんていなかった。当然だが、反逆罪で処刑された。剣は封印され、子孫の手によって極秘に守られることになった」

王子は従者によってころされることはなく、子を為した。そして砂時計は継承された。

「そこは予想外だっただろうな」

「……俺はあんたの砂時計が脆い原因はここにもあると思ってる」

ロヴェールがアレストの腕輪をちらりと見る。

「栓をしていないとそこから砂が出るんだろ?」

「あぁ、あんたに一度盗まれたが」

「悪かったって。本当に知らなかった!というかまさかあんたが所有者とは思わなかったし!……とにかくそんなに脆くなっている原因は、まぁ劣化だ」

「1000年ほど経っているからねェ」

「砂時計そのものがっていうよりさっきあんたも言っていた混血による『血の劣化』だ」

「そういうのも関係あるのか?」

「もともと王子の砂時計は最初の所有者を基準に創っている。つまり、そこから血が離れるとまずいわけ」

「なるほどねェ……適応者、か」

アレストの表情が暗くなる。ルイスはそれに気づいたが何故かアレストの顔が曇ったのか分からなかった。

「すごいわね!そんなに難しいことも知っているなんて、ロヴェールって何者なの?」

「……ただの踊り子!」

「いや、それにしては知りすぎているぜ」

アレストが目を細める。

「……はぁ……その目やめろよ。分かったよ、全部言う。本当は俺は……」

ロヴェールが声を潜める。

「軽く300年は生きている」

「「「!?!?」」」

300年!?そんなことが可能なのか?

「理屈ではできるぜ。っていうか、散々砂時計の話しただろ!」

「つ、つまり、君の体にも砂時計が?」

「わざわざそんなことしねぇよ!俺の体には容器がない!でも砂が体にたまるから砂を飲まされた分だけ寿命が伸びるの!」

一同が首を傾げる。

「砂時計は容器がなくても機能するのか?」

ベノワットが聞くと、ロヴェールが首を横に振った。

「俺は体そのものが砂時計なの。……初代王子の血を一番強く引いている家系の生まれだからそういうことが可能なんだよ。特別な。ま、もう俺しかいないが」

理屈は知らねーけど、とにかくそういうこと。と、ロヴェール。

「はぁーん?なるほどねェ。それで俺の味方になってくれるってわけか」

「そう。俺はもうしにたいんだ。こんな体さっさと手放してぇ。あんたの砂時計を壊せば俺の体にも価値はなくなるはずだからな」

そうだろうか?ストックとして利用されるだけではないだろうか?ルイスが首を傾げていると、ロヴェールがふっと笑った。

「アレスト、あんたの砂時計が俺をしなせないんだぜ」

「どういうことだ?」

「俺のは上部も下部もないし、砂を飲まなくなったらしぬ。継ぎ足すことはできるが永遠じゃない。でも砂を飲まされてまで俺が生かされている理由は『砂時計の踊り』を踊って、信仰を煽るため。つまり、砂時計そのものがなくなっちまえば俺の存在意義は消える」

砂時計の神話が壊される時、ロヴェールの役目は終わる。

「だから早く壊してくれよ。剣で思いっきり行け。人間に染まりきっている今がチャンスだ。脆い時計になるまで待ったんだぜ?アレスト、やってくれるよね?」

ロヴェールはアレストと自分の命を終わらせるためにここに呼んだのだ。

「……」

アレストの表情は真剣なものだった。

「ぼっちゃん……」

「チッ……」

仲間たちもアレストがしぬと知ると何も言えなくなる。

「……ギャハハ!!!ギャハハ!!!!」

突然大声で笑い出す。ルイスが驚いて肩を震わせると、アレストが「悪いね」と目を細めにやりと口角を上げた。

「本当にいいのか?俺の命だけで」

アントワーヌに剣のことを知らされた時と同じ反応だ。自分がしぬと知っても。

「俺の命もそう。伝承の所有者とそれを伝える踊りを踊る踊り子、2人が同時に死ねば砂時計は文字通り消える」

「……物理的にも?」

「剣には砂を消す効果がある。今創られている砂、そして呪いは全て消えるぜ」

「ギャハハ!なんだその都合のいい剣は!最高だねェ!!!俺に使ってくれと言わんばかりだ!気に入った!!すぐに使おう!今すぐにでも!」

(ロヴェールは本当のことを言っているのだろうか)

ルイスは疑問に思った。アレストにしんで欲しいだけではないだろうか?騙されていたら取り返しがつかない。

「ちょっと、あんた簡単に俺のこと信じすぎ。落ち着いてよね。疑ってる人もいると思うからこれだけ言わせてくれよ。まぁ、保障になんてならないけど」

ロヴェールがルイスたちに向き直る。

「俺は砂時計なんてなくなっちまえばいいと思ってる。この信仰は間違ってる。俺は300年前から砂時計を信仰する踊りを踊ってるけど、この信仰は完全に矛盾してるぜ。1000年を迎えて砂時計が止まるとか以前に、砂時計の所有者の人生を生贄にしてるだろ?大体、俺は砂時計のせいで盗人やる羽目になってるし」

「え?ど、どういうこと?」

アンジェが驚く。

「俺が盗人やってるのは、金がないからだ!この踊りをいくらやったって大した額にはならない!っていうかもともと金より神の村だから、広場でも金は取らねぇ!雀の涙しかないお捻りで生きていけると思うわけ?」

ロヴェールが舌打ちをする。

「住む場所や食べ物があるからいいとか!そういう問題じゃねぇの!300年もこのチビの体のままなんだぜ!?なぁんにも楽しくねぇよ」

「ふふふ、あんたも人間だねェ」

「!!!」

「300年前からそんな気持ちなのか?」

「さ、最初は神に従う選ばれた者とか言われて嬉しかった。でも何年も生きていたら……」

「分かるさ。あんたも俺と同じく、人間になりたいんだねェ。泥棒するときも気持ちよくなっていたんじゃないか?神に背く行為ほど気持ちいいものはないだろう?」

アレストが深夜にバターを揚げてこっそり食べていたことを思い出す。

「否定はしねぇよ……」

こんなに綺麗な顔をした300年生きている神格化された少年でも、そんな気持ちになるのだ。

(そう思うと、ロヴェールが本当に砂時計を手放したい気持ちがわかる気がする)

ルイスも少し納得出来た。

「で、その剣はどこにあるんだ?」

アレストが前のめりになって聞く。

「残念だけど俺は持ってない」

「「「え!?!?」」」

一同の声が重なる。

「いやいや、ここまで来たらあんたが光輝く剣を取り出して俺を貫くだろ。普通。お決まりだぜ?」

「何の話?そんなこと言われてもないもんはないよ。さっき言ったじゃん。従者の子孫が持ってるって」

「そいつは今どこにいるんだよ?」

「それが足取りが掴めないんだよな。でも名前は分かってる。従者の苗字が……


ラパポーツ、だ」


特徴的だから覚えてた、とロヴェール。

ベノワットとリヒター、そしてアンジェが息をのんだ。

「そ、それって」

「間違いないですよ」

「メルの苗字よ!?」

皆が一斉にメルヴィルの方を見る。メルヴィルは首を横に振って「知らん」と言い放った。

「え?仲間にラパポーツ家がいたのかよ!1000年前から王族に直接仕えてる貴族だぜ?まぁ1000年前に従者がそんな事件を起こしちまったから剣の存在は極秘にされてはいるけど……ほんとに何も知らないわけ?」

「俺は知らん」

「うわ……」

ロヴェールが肩を落とす。ベノワットが口を開いた。

「メルヴィル、父上から手紙は……来ていないと言っていたか」

「だが、なんとなく予想はつく。あいつは敵側だ。ベノワットとアンジェの親が敵にいたということ、それから……」

メルヴィルがアレストを見る。

「ストワードの一部貴族に砂時計の情報が漏れているということ。これを考えると俺の父上が動いているとしか思えん。文献を管理していたのはあいつだからな」

「よりにもよって敵側かよ……」

ロヴェールがため息をつく。

「でも、手間が省けるじゃない!一緒にぶっ倒しちゃえばいいのよ!」

「そうだね!」

ルイスがアンジェの言葉に賛同する。

「その通りだ。誰であろうと、敵である以上は倒す」

「ギャハハ!!いいねェ!メルヴィル!!その意気だぜ!ぶっ倒して砂時計を壊す剣を手に入れる!単純明快で楽しくなってきたねェ!」

「物騒だな……しかし、皆の言う通りだ!大陸の民のため、騎士団の力を合わせよう!」

「目標が定まりましたね。ぼっちゃん、本当にしんでもいいんですか?」

リヒターが聞くと、アレストが「ん?」と眉を上げた。

「あぁ、いいぜ。しかししぬ前にやっておきたいことがあるんだが。リヒター、いいか?」

「……叶えてやりなよ、従者。王子の最後の願いになるかもしれねぇぞ」

ロヴェールの言葉にリヒターが姿勢を正す。

アレストが深呼吸をしてリヒターの瞳を見つめる。ルイスも緊張をしていた。

「思いっきり遊びたい!!ということで俺は行くぜ!!じゃあな!!朝には帰る!」

言いながら走る。突然すごい速さで逃げた王子。1拍遅れてリヒターが怒鳴りながら追いかける。

「ぼっちゃん!!時計が割れたら意味が無いんですよ!!ご自分の身体にどれだけのものが詰まっているのか!自覚をしてくださいとさっき言ったばかりでしょう!!!」

それを見てメルヴィルも走り出す。

「ボンクラ!くだらんことをするな!チッ……逃げ足だけは速い、クソが!」


「……ねぇ、軍師さんだっけ。あいつらいつもあんな感じなの?」

ロヴェールがルイスに聞く。ルイスが頷いた。

「なーんか、人間謳歌してるってわけ?ま、話がまとまって助かったけど。ってことでよろしく頼むぜ。剣と砂時計のこと」

「任せて!」



〜翌朝 ツザール村〜


「ラパポーツ公が俺たちの敵の幹部ならば、なんとなく居場所は分かる」

ロヴェールが地図を開いた。

「ストワードやフートテチと情報が取りやすいように、中央へ向かっているはずだ。この間ストワードへ行った時にちょっと聞いた。最終的にはペルピシ地区を拠点にしたいって」

「まぁ妥当だろうな。大陸統一を目指しているんだったら最初に真ん中を取るだろう」

アレストが喉奥で笑う。

「敵はペルピシに向かっているはず。アレストたちもここを目指してくれ」

「ロヴェールは来ないの?」

アンジェが聞くが、ロヴェールは俯く。

「俺は行けねぇよ。ここで踊らなきゃならねぇ」

「……なるべく早く壊そう」

アレストが言う。ロヴェールが「うん、待ってる」と笑った。

(壊れたら、自分もしぬのに……)

しかし砂時計に囚われた人生を送ったことがないルイスには、ロヴェールの気持ちを理解し切れなかった。


【道中戦闘をします】

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