第3章【西の果て】

第32話

【夜 ツザール村】


ツザール村は夜でも明るい。灯りがそこら中に吊るしてあり、出店がそこら中でたくさんの物を売っている。

アレストは村に入ると一番に駆け出して出店の店員に手当たり次第に話しかけた。あっという間に両手に食料を抱えている。

「おいボンクラ、そんなに買うな。金のことを考えろ」

「メ……も食いたいのか?そらよっ」

アレストがメルヴィルの口に棒スイカを突っ込む。

「んぶっ、じゅっ……」

「ギャハハ!!端正な顔が台無しだぜ!!汁が滴ってなんかエ」

「しね!!!!」

メルヴィルがアレストを蹴る音が聞こえた。

「ほ、本気で蹴るのよせって……い、いててて……」

「ふん!!!」

「もう、あの2人ったら!いつも危なっかしいんだから!」

アンジェが出店の店員に謝ってメルヴィルの手を引く。すぐにベノワットがアレストを回収した。ルイスがくすりと笑う。

「ぼっちゃん、遊びに来たわけではありませんよ」

「わ、分かってるさ……ええと、踊り子サンを探すんだったねェ……名前は覚えていないが」

「ロヴェールさん、です」

「あ、それそれ」

「聞き込みしかなさそうですね」

ベノワットが言った時だった。小さい男の子と女の子たち10人くらいの集団が一行の隣を駆けて行ったのだ。

「ロヴェールの踊り!砂時計の踊り!」

「僕一番前で見る!」

「私も私も!」

「手を広げて踊るんだ!こういうやつ!」

「全然違うよ、ロヴェールはもっとかっこいい!」


「……必要なさそうですね」

ベノワットが苦笑いする。

「今からあっちの広場で踊るみたいだねェ……くっくくく、タイミングが良いぜ」

アレストが両手に持ったパンを交互に食べながら言う。

一行は広場に座った。たくさんの人がいる。前の街でもそうだったが、大陸全土からの避難民が集まっているようだ。様々な肌の色の人たちが踊りを見に来ている。

アレストはど真ん中を陣取り、ルイスとアンジェに隣に来るように言った。ルイスが隣に座るとアンジェはその隣に座る。

「つれないねェ……メルヴィル、隣に来いよ」

「チッ……」

「メル、こっちに来てた方がいいわよ。お尻触られるかも」

「ギャハハ!!大勢の人がいる外でそんなことしないさ!」

(人がいなかったらするんだ……)

「ぼっちゃん、護衛のために私が隣に座りますよ」

「……リヒターは俺の後ろで」

「ベノワットが座っていますから」

「うぅ……なんで髭面のおっさんと並んで見なきゃいけないのさ……」

「護衛です。全く、あなたは自分の身体が大切だという自覚が……」

リヒターの説教が始まった。アレストがため息をつく。


「あ!ロヴェールが出てきたわ!」

「奇跡の踊り子!」

「なんて美しい……!」

観客の声に前を向くと、金髪の少年が金色の衣装を着て立っていた。大きな赤い瞳が光を反射している。

「あ!あいつ!……おい、あんた!」

アレストが立ち上がる。リヒターがアレストの口を手で塞いで無理やり座らせる。

「ぼっちゃん!大声を出したら他のお客さんに迷惑です!」

「リヒターも声大きいわよ。でもあの子、たしかに見たことあるわね」

「そうだな。どこかで……」

ルイスも少年の顔を見る。金髪の少年……。

(思い出した!パンを買ってあげた子だ)

アンジェに耳打ちする。アンジェも思い出して「そうだわ!」と頷いた。会うのは3回目だ。2回目はアンジェの父と一緒にいた。

(あのとき、『砂時計の秘密』を教えろと言われていた。敵側もただの盗人じゃないって気づいていたんだ)


ロヴェールの踊りが始まる。美しい音楽に合わせて小さく細い身体が揺れる。金の装飾と金の髪が美しい。ルイスは息をのんだ。隣を見ると、アンジェも目をキラキラさせている。「メルヴィル……」ベノワットの小さな声が聞こえてメルヴィルの方を見ると目を閉じて寝ていた。アレストは……。

隣に視線を移すと、真剣な顔をしてロヴェールの動きを見ていた。

「砂時計の踊り、ねェ……」


音楽が止まり、ロヴェールが一礼した。拍手が鳴る。

「へぇ、見事なもんだったねェ」

そう言いつつも拍手はしないアレスト。

「拍手はしないの?」と聞くと、肩を竦めて見せた。

「くっくくく……あの歌によれば所有者は儚くて美しい少年らしいからねェ……拍手なんてしちまったら、割れちまうだろう?」

「アレストは違う。儚くない」

「……ふふふ、分かっているじゃないか。じゃあ盛大な拍手をしようか」

アレストが大きな手を力強く叩いて拍手をした。

「ふふふ、拍手ってのは素晴らしいものさ。俺は体を使って感謝したり交渉したりするのが好きだが、拍手はよく使う」

口角を上げて目を閉じながら言う。

「これが出来なかったらさぞ悲しいだろうねェ……」



「すみません、そこの黒いお方」

「ん?俺か?なんだ?」

アレストに声をかけたのは青い髪をした男だった。

「ロヴェール様がお呼びです。あちらの建物に、と」

「ほう?それは光栄だねぇ……。俺も踊ってみたいと思っていたところだぜ」

アレストが腕を挙げてポーズを取る。そういう話ではないと思うが。

「ぼっちゃん、ロヴェールのところに行かねば……」

「丁度呼ばれたところさ。行こうか、軍師サン」

ルイスが頷いた。



「ロヴェール様、お連れしました」

「ん。ありがと。下がってて」

青い髪の男が下がる。ロヴェールは部屋の奥でアレストたちを待っていた。踊りをしていたときも思ったが肌の露出が多い。少年だからいいのだろうか?腕も足も腹もほとんど隠していなかった。

「ねぇちょっと、あんた」

高い椅子からアレストを指差す。

「うるさいんだけど。踊りの邪魔だった」

どうやらアレストのせいで機嫌が悪いようだ。

「あぁ、悪いね。あんたのことを知っている気がして驚いちまったのさ」

「……人違い」

「いや、今話してて確信したさ。あんた、俺の腕輪を盗んだガキだな?どうしてこんなところで踊っているんだ?」

「……あーもう!誰にも言うなよ!言ったら砂時計をぐちゃぐちゃに壊してやるからっ……あっ」

ロヴェールが小さな手で口を覆う。

「認めるのか、くっくくく……」

「なんだよ、いちいちムカつくなあんた!そ、そうだ!俺は踊りがない間は盗人やってる!」

「砂時計を壊してくれても良かったんだがねェ」

「え?いいのかよ?……じゃなくて、あんたら剣を取りに来たんだろ。はぁ……調子狂うぜ。ねぇ、こいつじゃなくてさ、もっと話わかるやついないわけ?」

「ギャハハ!悪いね!俺がリーダーだから、話は全部俺が聞くって決まっているのさ!」

初耳だ。

「そんなわけないでしょ!」

アンジェがアレストの脇腹をどつく。

「ねぇ、ロヴェール?あんたはなんでこいつが所有者だって分かったのよ?アントワーヌからなんとなくは聞いていたと思うけど、こいつって特定出来るほど特徴的じゃないでしょ」

ロヴェールがアレストの顔をちらりと見る。

「まぁね。わりとどこにでもいる顔だし」

「ギャハハ!否定はしないさ!そこにいる男2人の方が俺よりも綺麗な顔をしているからねェ!!!」

ベノワットとメルヴィルのことだ。たしかに2人の方がアレストよりも高貴な顔立ちをしている。

「でもなんか下品って言ってたから」

「ギャハハ!!ヤバ!ヤバ!アントワーヌさん、ストレートに言い過ぎだろ!」

「ねぇうるさいんだけど。黙っててもらえる?」

「ギャハハ!ギャハハ!!!」

ロヴェールがため息をつく。

「……っていうのもそうなんだけど、実は」

アンジェの父が砂の怪物になったときの会話を聞いていたから。ロヴェールはそう説明した。

「ということは、やはり君はあの街にいたのか」

「敵側に見つかるのは想定外だった。偶然とはいえ、あんたらに助けられちまった。ありがとな」

「いいのよ!そんな。偶然だし」

アンジェが首を横に振る。

「……一応あれは渡しておこう。もともとツザール村の物なんだろう?」

「そうですね」

「あ!ランプ!」

リヒターが荷物からランプを取り出す。

「ありがとな」

ロヴェールはそれを受け取ると大切そうに抱えた。

「……じゃあ本題に入るか、と言いたいところだが」

ロヴェールが声を潜める。

「やっぱり外にまた誰か来てるぜ、はぁ……」

「誰か?」

「砂の賊!最近毎晩俺をころしに来る。悪いんだけど、討伐してくれない?」

(ロヴェールもアレストと同じく狙われているのか)



【戦闘です】

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