第27話

「相棒!そっちに行ったぜ!」


「やめてよ!その呼び方で呼ぶの!」

「ギャハハ!!!ギャハハ!!!負けは負けさ!認めるんだね!!」

「うるっさ……。集中できないって!」

剣を振る度に相棒のポニーテールが揺れる。戦闘中、アレストはメルヴィルよりも短いそれを後ろから見るのが好きだった。

「あんたが昨日の夜に賭博場でヤケになって俺に負けたからねェ………くっくくく」

「その話はもういいじゃない!……はあぁ。簡単に乗るんじゃなかったわ」

「ギャハハ!!」

「……まぁ、相棒って言い方は良いわよ。けど、負けたからそう呼ばれるって言うのが気に食わないわ」

「ふふふ、あんたのその顔が見たくて提案した甲斐があったぜ」

後ろからアレストが魔法弾を飛ばす。

「ぐっ……」

「大丈夫!?反動受けてるじゃない!」

「大丈夫さ」

「もう……着いてきたいって言うから連れてきたけど、リヒターやヴァンス様にバレたら怒られるのは私なんだからね……」

アレストは王宮の外に出てはいけない。外で交戦するなんてもっとダメだ。しかし、2人はこうしてたまに夜の街でシャフマ王国を荒らす盗賊を追いかけていた。

「ふふふ、さァて……逮捕しちまおうか」

砂の上に盗賊を倒し、腕を掴んで手錠をかける。

「ん?俺の身体を触りたいのか?だァめだ。これ以上罪を重ねるつもりか?くっくく……」

器用に足を縛る。相棒はそれを見つめて安堵のため息をついた。

「あ……」

前方から明かりが近づいてくる。アレストと相棒は路地裏に隠れた。


「な!?指名手配されていた賊のリーダーが縛られているぞ!」

「まただ。これで10件目……。一体誰だ?賞金稼ぎなら直接王宮に突き出せばいいのに」

シャフマ王国騎士団が盗賊を回収する。それを見ながら、相棒の手がアレストの口を塞いでいた。

「ぐっ……ぷはっ!ギャハハ!!」

騎士団が見えなくなったタイミングで相棒がアレストの口から手を離す。案の定、破顔して盛大に笑う。

「ヤバ!ヤバ!!俺たちがやってると知らずに……ギャハハ!!」

「そんなに面白い?」

「面白いさ!!相棒、また誘ってくれよ」

「……あんたが勝手に着いてくるだけじゃない」

「ギャハハ!!そうだな!悪いね、楽しいからさ!」



〜夜 宿の一室〜


「そうでしたか……例の砂を持っている男がいたんですね」

「逃がしたが、あれは……。リヒター、少し来てくれ」

「はい?なんですか、メルヴィル」

メルヴィルがリヒターを連れて部屋から出ていく。

「どうしたのかしらね?メル、最近隠し事が多いみたいだけど」

「たしかに」

アンジェの言葉にルイスが頷く。前もアレストと2人で話していた。ドアがノックされ、扉を開けるとベノワットが立っていた。

「ルイス、アンジェ。部屋の用意ができたらしい。あっちの部屋だ」

「ありがとう、ベノワット。アレストは大丈夫そう?」

「酔っ払って倒れただけだ。まだ寝ている」

「まだ寝てるの?もう、アレストは一度寝るとなかなか起きないから……。まぁ無事なら良かったわ。ルイス、部屋に行きましょう?」

「そうだね」

ルイスとアンジェが部屋から出る。扉を閉める時にメルヴィルの脱ぎっぱなしの装備を片付けるベノワットが見えた。


……とはいっても、やはりアレストが気になる。

「アンジェ、先に行ってて」

「え?」

「アレストを見てくる」

「そう……分かったわ。紅茶を入れて待ってるわね!」

アンジェを先に部屋に行かせ、ルイスはアレストが寝ている部屋のドアをノックした。

「アレスト?」

声をかける。

「……」

返事がない。寝ているのか。いや、もう一度呼んでみよう。

「アレスト!」

今度は強めに言った。

「えっ?」

中から驚いた声。起きていたのか。ドアがガチャリと開いて、ぼんやりとしたアレストが顔を出した。寝巻きに着替え(させられたのだろう)、開いた前からへそが見えている。普段は黒い服を着てかっこつけて玉座に座っているアレストが……。無防備さに思わず吹き出しそうになる。

「相棒?」

アレストの声がルイスの胸に響いた。

「相棒じゃないか。ふふふ、会いたかったぜ」

嬉しそうにふにゃりと笑う。

「部屋に入ってくれよ。あんたのために取ったのさ……さっき賊を縛って騎士団に回収してもらっただろう?あんたいつも意地でも帰ろうとするが、今日はもう寝ようって言って俺が……ふぁあ……」

べらべらと喋って途中であくびをする。

「眠い……」

頬を膨らませる。何を言っているのかは分からないが、その表情はかわいらしいと思ってしまった。

「まぁなんでもいいさ、寝よう……俺と……」

すぐにベノワットも戻ってくるだろうし隣の部屋はメルヴィルとリヒターが取っていた。……アレストの部屋に入る。

「相棒……」

扉をしめた瞬間に抱きしめられる。

「くくく、心臓の音がすごいぜ。ただの挨拶だってのに……」

「アレスト……?」

自分の肩、アレストが顔を乗せた辺りが湿ってきているのに気づいた。

「なんだよ?」

顔を上げたアレストの目には涙が浮かんでいた。

「……」

「すまないな……」

「アレスト?」

「……本当は分かっているのさ」

「!?」

バレているのだろうか。自分は『軍師サン』だと言うことに。そういえば今はポニーテールではない。

「相棒と……あんたと会えるのが夢の中だけの理由は……」

(ば、バレてはない)

ルイスがほっと息をつく。

「あんた、すごく怒っているんだろう?俺のこと、嫌いだもんな……大嫌いって言ってたもんな」

(嫌い?)

「相棒、悪かったって……あんたが嫌がってるのに相棒って呼ぶのやめられなくて、悪かった……」

(嫌なんかじゃ……。いや、『相棒』は嫌がったのか)

「それから、あのことも……。怒ってるよな。謝るから、戻ってきてくれよ……」

(あのこと?)

「相棒、俺はあんたを失ったことを後悔している。本当だ。何度も忘れようとしたが、ダメだ。ダメなんだ……あんたじゃないと……」

アレストとは思えない弱気な言葉。ルイスは抱きしめる力を強くしようとしたが、その前にアレストがルイスから離れた。

「すまない、相棒……俺を、俺を許してくれよ……」

縋り付くような声で言う。

(今、私が彼を許しても……)

きっと、アレストは救われない。彼には相棒しかいないのだ。


ーいいよ、もう。気にしてないから。


「……相棒?」


ーみっともない顔。早く涙拭いてよね。そんなことより明日の作戦立てましょう?


「すまないね……」


ーなによ?あんた、ほんと最近おかしいわよ。気味悪いわね。


「うん……ごめん、ル……」


ーえ?また名前忘れたの?もう……仕方ないんだから。私の名前は、ル……。あれっ、なんだっけ、思い出せない……。


アレストがハッと息をのみ、その場に崩れ落ちる。

「相棒!相棒!!名前を!名前を!!あんたの、あんたの名前を!!!俺の名前を!!思い出してくれ!!!」

「アレスト!?」

ルイスがアレストの肩を抱く。ヒューッ…ヒューッ……呼吸の仕方を忘れた、か細い息。

「『自我』を……あんた自身を、失わないでくれ……!」

ピシッ……。ガラスの割れる音がした。アレストの黒く塗った爪から砂がこぼれ落ちる。

「砂が……!」

まずい。砂がこぼれると大洪水になるとベノワットが言っていた。

「どうしよう、アレスト!気をしっかり!!」

ルイスがアレストを揺さぶる。アレストは心がここにないのか虚ろな目をして真っ青な顔をしている。どうすればいい?こうなったとき、何をすればいい?私は何も知らない。


そのとき、ルイスの身体が勝手に動いた。


アレストの上の寝巻きを捲り上げ、背中を露わにする。真っ赤な砂時計の模様……そこにルイスは自分の手のひらを重ねた。

(手が、勝手に)

考える間もなかった。勝手に動いたのだ。

(……また水の感覚だ)

しかし今度はアレストからではない。自分の体から水が流れている。自分の手のひらからアレストの砂時計に水が注がれている。

アレストの顔色が良くなった。砂も止まっている。

「ぐ、軍師サン?」

「!」

「どうした?泣きそうな顔をして……って、ここどこだ?」

「良かった……」

「え?なんだよ……?」

「ええと、アレストの砂時計が割れそうになって」

「砂時計が!?寝ている時にか!?それはまずいな。相当もろくなっているのか」

背中に触れたことを言う前にアレストが驚く。

「ん?寝巻きが捲れちまってるな」

背中が寒い事に気づき、アレストが寝巻きを直す。

「はぁ、とにかく助かったぜ。ありがとう」

アレストが苦笑する。もう相棒の夢は見ていないようだ。

「ふぁあ……しかし眠いね……。悪夢で割れてちゃ対抗策がないが……うーん、早く剣で割りたいもんだぜ……」

あくびをしてベッドに倒れ込む。ルイスが部屋から出ようと立ち上がった。

「軍師サン、寝付くまで少しここにいてくれないか?これから1人で寝るのは控えることにしたいんだ。すぐにベ…かメ…が来るんだろうが……」

「いいよ」

ルイスがベッドの隣に座る。

「ふふ、ありがとう……いい夢が見れそうだぜ。やはり1人で寝たのが良くなかったかもねェ……」

本当は自分が部屋に入ったからアレストが不安定になったのだ。そんなこと、ルイスには言えなかった。言ったら砂時計が割れて粉々になってしまう気がしたから。

安心しきった顔で眠りにつくアレスト。その寝顔を見つめていると、ベノワットがノックをして入ってきた。

「ルイス。アレストのところにいたのか。アンジェが遅いから下の店にクッキーを買いに行くと言っていたぞ」

紅茶が冷めてしまったかもしれない。ルイスはアンジェに悪いことをした……と呟いた。

「いや、俺はルイスがアレストと仲良くしてくれることは嬉しいんだ。もちろんアンジェもそう思っている」

「どうして?」

「アレストには許嫁がたくさんいるだろう?もちろん君もその1人には変わらない、だが」

ベノワットが入口近くの椅子に座る。

「君はアレストに靡かなかった」

「……!」

「アレストは子のため、いや、成り上がりのために自分と結婚しようと企む女性をたくさん見てきた。だから女性を軽い遊びにしか思えなかったんだ。どうせ愛しても……と思っていたのかもしれない。ルイスは知っているだろう?アレストは子を為せない体だ」

ルイスが頷く。

「子を為せない体を求め続けられ、これからもそうやって偽りの愛をたくさんの女性と作り続ける……疲れ切っていたアレストが出会ったのが、君なんだ。ルイス」

「私……」

「君は、アレストにこれっぽっちも靡かなかった」

「でもアンジェもそうじゃない?」

ルイスが首を傾げると、ベノワットは悲しそうに俯いた。

「たしかにアンジェもアレストと関係を持とうとはしないよな。だが、ルイスとアンジェでは家庭環境が全く違うんだ」

家庭環境。そういえば自分の家族のことを全く知らない。

「アンジェの親は平民の商人なんだ。だから何よりも成り上がりを狙っている。アンジェ本人ははともかく、親は王族の地位が欲しい。だが、君の親は違った。君の出生を知ったアレストはすごく嬉しそうにしたんだ」

「どんな出生なの?」

「……君自身が今そうやって親のことを知らないで生きている。そういうことだよ」

ベノワットの言葉には影があった。ルイスが「まさか」と呟く。

「そうだ。君の父上は死んでいる」

「……!」

(成り上がり目的ではない許嫁、それが私)

「君の母上は王宮で亡くなった。病気だったらしい。君も俺たちも葬式に参列したんだ。覚えていないだろうが……」

「……どうして母上は王宮に?」

「君は剣の腕が良かったから、君の母上が王宮に直々に騎士団に入れてくれと頼みに来たんだ。それを聞いたアレストは君の母上に『あんたの娘は若いね。俺の許嫁にしていいか?』と言った。君の母上は『ルイスがそれを望むなら』と頷いたんだ。自分の利益なんて全く考えていない態度にアレストは大喜びしていた」

ベノワットが楽しそうに言う。そんなことは決して表では言えないだろう。アレストはこっそりベノワットに言ったのかもしれない。

「アレストにとっても、アンジェにとっても、俺たちにとってもそうだが、親のことに気をつかわなくてもいい許嫁というのは接しやすい。それに君自身も身分に関係なくアレストを叱っていたからな。腫れ物扱いされなくてアレストも気が楽だったんだ。だからアレストの話し相手になってくれるのは嬉しい」

「そうか……」

「だが、君も貴族だったはずなんだが。どこの家だったか忘れてしまったな。

……あ、それからもう1つ。俺たちがルイスとアレストに仲良くして欲しい理由があるんだ」

「何?」

「覚えていないだろうが、君は半年前よりも前に二度意識を失っている」

(……!)

「1度目はたしか、3年ちょっと前だな」

「ヴァンス様に聞いたことがある。戦場で倒れたって」

「それだ。昼、アレストがルイスと王宮を抜け出して遊びに行ったときに……」

(遊びに……)

ルイスは呆れて肩を落とす。変わっていないようだ。

「敵に狙われたルイスが攻撃で倒れたんだ。慌てて王宮に帰ってきたアレストが、意識を失った君を抱えて地下に運んだ」

「地下?」

「王宮の地下には医療道具があるからな。そこで治療をして、君は翌日には目を覚ました。だが、君の母上は君が目を覚ました日に病気で亡くなったんだ」

「……」

「同じく地下で病気の治療を受けていたらしいんだが、どんどん衰弱していたからな。それでもルイス、君は気丈に振舞って俺たち騎士団を導いてくれた。アレストにとっても、どんなに心強かったか……」

「……2度目は?」

「……それから9ヶ月後のことだった。ルイスがたまに意識を飛ばすようになったんだ」

「え!?」

「原因不明でな。それからは君はアレストの部屋で看病されていたんだ。ほとんど外に出ることは無かった……。そしてその3ヶ月後、君は完全に意識を失った。眠るように目を閉じて」

(そして記憶を失った、のか)

「1年間、目を覚まさなかったルイスを懸命に看病していたのはアレストだ。ルイスのことが大切で大切で、失いたくなかったんだ。それは俺たちも同じだった。……だから」

ベノワットが微笑んでルイスの手を取る。

「だから、君が目を覚ましてくれて本当に嬉しかった」

「記憶を失っても……?」

「関係ない。アンジェも言っていただろう?ルイス、これからも君と共にたたかいたい」

「ベノワット、ありがとう……」

ルイスも微笑んだ。



【朝、宿を出てシャフマ王国に向かう途中で砂の賊討伐をします】

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