第28話

〜朝 シャフマ王国 東の街〜


「ツザール村ってシャフマ王国の一番西よね?」

アンジェが地図を見ているリヒターに聞く。

「そうですね。大陸の一番西です」

「すごく暑かったりするのかしら?」

「南ではありませんからね。そこまで暑さは酷くないかと」

「それより砂だろう」

「砂?」

ルイスがメルヴィルの言葉に首を傾げる。

「西の方は風が強く砂嵐が酷い」

「そんなことよく知っているね」

ルイスが感心するとメルヴィルが怪訝な顔をした。

「お前が言っていたことだ。覚えていな……」

そこで口に手を当てて黙った。

「私?」

「め、メル……!」

「すまん。忘れろ」

アンジェとメルヴィルが気まずそうにルイスから目を逸らす。

(どうしたんだろうか)

ルイスがきょとんとしていると、飴を口に銜えたアレストが近づいてきた。

「どうした軍師サン。間抜けな顔だねェ。ギャハハ!!」

「あ、アレスト」

アンジェが慌てた声でアレストの名前を呼ぶ。言葉を選んでいるのだろうか。目が泳いでいる。

「ツザール村のことか?」

「あ……」

「よ、よせ。アレスト」

メルヴィルも珍しく慌てている。

「別になにもないさ。そうだろ?ベノワット」

「え?あ、あぁ」

ベノワットもだ。

(なにか隠されている……?)


昼ごはんを買いに行ったリヒターとルイスが見えなくなってから幼馴染4人組が小声で話し出す。

「言えるわけないじゃない。記憶を失う前のルイスはツザール村から王宮に来たなんて」

「ボンクラ、口を滑らせるなよ。ルイスには記憶を失う前から故郷がない」

「そうだぞアレスト。ツザール村がルイスの生まれた場所でも、もう彼女の家族はいないんだ。きっと知り合いだって……」

「分かっているさ」

アレストが頷く。

ルイスはツザール村から王宮に来た剣士だった。しかし父も母も記憶を失う前に死に、家族はもういなかった。

「軍師サンには言わない方がいい。……分かっているさ」

アレストがひらひらと手を振る。

「アレスト!みんな!」

ルイスとリヒターだ。

「おっと、早かったじゃないか。並んでいなかったのか?」

「うん。すぐに買えたよ」

ルイスがアレストたちに焼きそばを差し出す。

「ん?この焼きそば、タコが入っているねェ」

「本当だわ!珍しい!私、タコやイカが大好きなのよ!」

アンジェがはしゃぐ。

「シャフマではまず見られんからな」

「そうなのよ!でもお父さんは私のためによく買ってきてくれたわ。王宮のメニューにもあったでしょ?海の幸」

ルイスが頷く。

「あれは私のお父さんがストワードやフートテチで商談をして仕入れていたものなのよ!……お父さん、今どこにいるのかしら。半年前から連絡がつかないのよ」

アンジェの顔が暗くなる。

「アンジェはお父さんに会いたいんだね」

ルイスが言うと、アンジェは照れくさそうにそっぽを向いた。

「そりゃあ、いつもいつもアレストと結婚しろってうるさいけど……!唯一の家族だし、今どうしているかくらいは気になるわよ」

「……」

アンジェの隣でメルヴィルが焼きそばのタコを見つめていた。



「みなさん、食べ終わりましたか」

「そろそろ行くか。おいボンクラ、いくつ食うつもりだ」

「待ってくれメルヴィル。今3皿目の途中……」

「もうアレスト、置いていくわよ?」

「ぼっちゃん!そこまでにしておきなさい!身体が重くなると逃げる時に支障が……」


「やめろよ!!触るなって!」


甲高い少年の声。見ると、街の外れで中年の男に腕を掴まれて暴れている金髪の男の子がいた。

「あら?あの子ってたしか」

「ぼっちゃんの腕輪を盗もうとした孤児ですね」

「また泥棒したのか。捕まえに行った方がいいな」

「早く行くぞ」

前にルイスとアンジェがパンをあげた孤児だ。懲りずに泥棒をしているのか。中年の男も困っているのなら、放っては置けない。

「隠しても無駄ですよ。あなたが秘密を知っているということは調査済みです」

「だ、だから違うって!俺はただの盗人少年なの!離せって!!」

(秘密?)

「早く創り方を教えなさい。砂時計の」

その言葉に一同がかたまる。

(砂時計の秘密!?)

「チッ……!あいつは!」

「め、メル……」

アンジェの声が震えている。

「私のお父さん、なんで砂時計の創り方なんて聞いているの……?」



メルヴィルが走り出す。その後ろからアレストが魔法弾を飛ばした。魔法弾が男に当たり、倒れる。

「ぐっ……またあなたたちですか。まだお互い会うのは早いというのに」

男……アンジェの父親が仰向けの状態で呟く。

「案外タフだねェ……」

そこに馬乗りになったメルヴィルが剣を振り下ろそうと狙いをつけた時だった。

「……しかし良いタイミングでした。あなたたちがここに来るというのは予想していましたから、仕込みはしていた」

「何っ……!?」

瞬間、アンジェの父親の身体が膨れ上がる。メルヴィルが弾き飛ばされた。アンジェの前で背中をぶつける。

「メル……」

見上げると、真っ赤な顔をして泣いているアンジェがいた。

「アンジェ……あ、あれは」

視線の先には、大きな怪物。砂の怪物だ。


『どういうことだ!?所有者候補……アンジェが近づけば完成するはずでは……!』

怪物の中からくぐもった声がする。

『砂時計の【容器】の創り方は、こうではなかったのか!?』



「そうか……」

アレストがゆっくりと怪物に近づく。

「砂時計の『砂』のなり損ないが砂の賊ならば、砂時計の『容器』のなり損ないが砂の怪物だったのか」

なり損ない。

「知らないんだな。そりゃあそうだ。誰も創ったことがない。……記録には1000年前にシャフマ初代王子に入れられた1つの砂時計しか、ない」

アレストが目を細めて口角を上げた。

「そりゃあ手探りで創っていたら失敗作にだってなるさ」

ぞっとするような笑み……いやこれは

(泣いている……?)

アレストの眉は下がっていた。無理やり作った笑顔。

「あんたはもう助からないぜ。だから1つ教えてやろう」

腕を前に出す。

「砂時計は、創る順序が大切なのさ。それから……あんたらが重視している『信仰心』はこれっぽちもいらない!!!無理やりにでも、できるんだぜ!!!!!」

仰々しく怪物に叫ぶ。

「……さあ、行こうか軍師サン。あいつを倒すぜ」

砂の怪物はもう自我を失っているのか街を破壊しようと暴れている。ルイスは頷いて剣を取った。


【戦闘開始】


【戦闘終了】


「……お父さん」

怪物が倒れて砂になる。

「どうして、こんなことをしたのよ!」

「……」

「言わなきゃ分からないわ!私をどうしたかったのよ!嫌いでたまらなかったの!?だから、砂時計の所有者なんかにしようとしていたんでしょう!?」

「アンジェ、違う」

ベノワットがアンジェに言う。

「君の父上は、君を永遠にしたかったんだ。俺もそう言われたから分かる」

「永遠!?!?そんなの……」

アンジェがアレストを見る。アレストは真剣な顔で砂の怪物を見ていた。

「そんなの、悲しいだけだわ!!!」

跪いて砂をすくうアレストはたしかに、哀しい。

「永遠になるなんて、神になるなんて……!そんなの愛じゃないわ!呪いよ!!お父さんはヴァンス様とアレストの何を見ていたの!?」

「それは俺も思った。……ここからは俺の予想でしかないが、父上たちは砂時計が素晴らしいものだと信じ切っているんだろう。ヴァンス様やアレストがどんな人物なんて関係がない」

「砂時計が入っていたって、人間よ!」

「彼らにとっては違うんだ、アンジェ」

ベノワットが眼帯をした右目をなぞる。

「……砂時計が入れば、もう人間じゃない。素晴らしい『神』なんだ」



「俺は、どうしたら良かった」

座り込んだメルヴィルがリヒターに問う。

「あのとき、最初に見つけた時にアンジェとあいつを会わせて話をさせるべきだったと思うか……?」

「リスクが高すぎます。本物の所有者にされていた可能性が高いです」

「……」

「アンジェを誘拐されていた場合、創り方がバレてしまうことも考えられる。それはかなりまずい」

「リヒター、お前」

メルヴィルが立ち上がる。

「アレストと砂時計を創ったことがあるな」

「……」

「ころしたのか。テキトーな平民にでも砂時計を入れて、人体実験と称して体を弄り回して!」

「ころしましたよ。もうこの世にはいません」

「っ……!」

「昔のことです。あの実験のおかげで我々は敵側よりも情報がある」

「だが!」

「メルヴィル」

リヒターの声にメルヴィルが我にかえる。

「犠牲は最小限にしましょう。これからも、徹底しましょう」

「チッ……」

メルヴィルがリヒターに背を向けた。

(リヒター……泣きそうな顔を見せるな。ころしたのは正義だと自分に言い聞かせているのが丸わかりだ)

メルヴィルが拳を握りしめた。

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