第19話
〜999年 シャフマ王国 朝 王宮内廊下〜
ベノワットとメルヴィルが話している。
「じゃあ君のところには来ていないのか?」
「来ていない」
「そうか……メルヴィルの父上と俺の父上は違う場所にいるのかもしれないな」
「何の話?」
ルイスがベノワットに聞くと、ベノワットが柔らかく笑った。
「実は先程、父上から手紙が届いたんだ。無事で安心した……。父上はもともとここ王宮で雑務をする貴族だったんだが、半年前にここで怪物が出てから連絡が取れていなくてな。あ、メルヴィルの父上も王宮で働いていたんだ。ただ、まだ安否が分からないらしいが」
「ふん、親のことなどどうでもいい」
メルヴィルは腕を組んでしかめっ面をしている。
「そう言うなって……ラパポーツ家はシャフマ王国の中でもかなり有力な貴族だろ?君はそこの嫡子なんだから……」
「親など死んでようが俺には関係ない。腹が減った。俺は食堂に行く」
メルヴィルはめんどくさそうに頭をかきながら食堂の方に去ってしまった。
「ラパポーツ家?」
ルイスが首を傾げる。
「あぁ、メルヴィルの本名は『メルヴィル=エル=ラパポーツ』っていってな。ラパポーツ家の嫡子なんだ。シャフマ王国では国王の次に発言力がある貴族だな」
本人は貴族の自覚がないみたいだが。と付け加える。たしかにそうだ。でも、ベノワットだって他人のことは言えないくらい貴族らしくないと思う。そう言うと彼はまた笑った。
「まぁ俺は代々たたかう方の貴族だからな。前に言っただろう?代々騎士団に入って王子を守るのが責務だって」
「メルヴィルの家とは何が違うの?」
「俺の家……スティール家とラパポーツ家の明確な違いはたたかうかどうかに尽きるな。ラパポーツ家の嫡子は代々執事になる」
執事!?メルヴィルが執事服を着ているところを想像しようとしたが、ダメだった。似合わない。
「メルヴィルが執事……想像できない」
「ははは、そうだろ?メルヴィルは執事になるための教育も受けてはいたんだが、幼い時から執事ではなくソードマスターになるって言っていて聞かなくてな……。今でもよく思い出すな、あのときのことは」
ベノワットが遠い目をする。
「俺たちは仲がいい。シャフマ王国の強みはここにあると思っている。王族であるアレストや俺やメルヴィルのような貴族、そして平民のアンジェやリヒターさん……。みんな気にせずに同じ部屋でご飯を食べる。身分なんてあってないようなものだ」
「たしかに。仲が良くて楽しい」
「軍師殿もそう思うか。……あ、そうだ。この手紙に俺の父上が俺と会いたいと書いてあったんだ。それで、場所はブライ村か。王宮から少し離れているな。軍師殿、悪いんだがアレストに伝えておいてくれないか?俺は直ぐに向かう。なるべく早く戻ろう」
「気をつけて」
「ありがとう。自分で言うのもなんだが父上は長年王宮で騎士団に協力してきた男でな。信頼が置けるんだ。シャフマ王国の力になってくれるか打診もしてみる」
〜アレストの部屋〜
「っ……それじゃあやっぱり……」
「はい。砂の怪物の件はあの男が起こしたと見て間違いないかと」
「……はぁ……メルヴィルが知ったら落ち込むだろうな」
「メルヴィルはそこまで落ち込まないでしょう。しかし、ベノワットが……」
アレストにベノワットのことを報告するために扉に手をかけたが、中からアレストとリヒターの声がして立ち止まる。
「身内……ですからね」
「そもそもストワード国民があの砂を使っていたこと自体おかしいからな。俺はむしろ納得したね。
……リヒター」
扉の向こうにいたルイスに気づいたアレストがリヒターの名を呼ぶ。扉が開いて、アレストが「軍師サン、どうした?」と言う。
ベノワットのことを言うと、アレストとリヒターの顔が段々と険しくなった。
「しまった!あっちの方が早く動いたか……!軍師サン、まずいことになるかもしれない。ベノワットを追う」
「ルイス、アンジェとメルヴィルを呼んできなさい!私たちも準備をします!」
全く訳が分からないが、2人の焦燥ぶりを見てルイスも走り出す。
(ベノワットが……どうしたの……?)
〜王宮近郊の道〜 夜
【戦闘直前】
アンジェ「やっぱり砂の怪物たちがうようよしてるわね」
メルヴィル「倒すしかない」
リヒター「ベノワットは無事でしょうか……」
アレスト「ベノワットのことは殺さないだろう。しかし俺たちのことはお呼びじゃないらしいねェ……。軍師サン、早めに倒してベノワットのところに向かおうぜ」
【戦闘終了】
ルイスがアレストに駆け寄る。砂漠の真ん中での戦闘は暑く、毎回体力が削られる。息が上がってしまった。それでもどうしても聞きたかった。どうしてベノワットを追いかけているのか。
「アレスト、どうしてベノワットを追っているの?」
「……」
「もしかして、砂の怪物と関係が……」
「砂の怪物を送り込んでいるのは、ストワード王国じゃない。シャフマ王国の貴族たちだと分かったからだ」
ルイスはハッとして朝ベノワットが言っていたことを思い出す。貴族。父上は貴族で王宮に住んでいたと言っていた。
「目的はまだハッキリとはしないが、おそらく俺だろう。ベノワットを人質にするかもしれない。いや、それならまだいい……」
「殺されるかもしれない?」
「……いや、殺されるよりも酷い目にあうかもしれない」
とにかく早く行かなくては。アレストが足を上げるが、すぐにその場にへたりこんでしまった。ずっと前線で魔法を使っていたのだ。疲れるのも無理はない。リヒターが鎧を引きずりながらアレストの方に向かってくる。
「ぼ、ぼっちゃん。安全第一です。あなたが割れたらいけない」
「……」
アレストはため息をついて砂の上に寝転がった。
「……何でだろうな。この国には……身分などあってないもののはずなのに」
砂を握って低く言う。
「そんなつまらないものにすがりついて、権力を得ようとするやつらがいる」
〜丁度同じ頃、ブライ村〜
「父上、ご無沙汰しております。のどかな村ですね」
ベノワットが案内された民家に入る。ベノワットの父はベノワットを見て安堵のため息をついた。
「お前が無事でよかった。王子は無事か?」
「え?無事です。メルヴィルもアンジェも無事で……」
「そうか。それは何よりだ。……ベノワット、うちに帰って来い」
「帰る……?」
「そうだ。息子のお前にだけ言うが、私たち貴族でこの国を作り直すことになった」
「……!?」
ベノワットが驚いて後ずさる。
「そのためには王子の時計が必要だ。ベノワット……お前は私の息子として勝者側に付け。この大陸はシャフマ王国が統一する。そのとき、お前やメルヴィル、お前らが望まんならば他の貴族でもいいが……を新たな王にする」
「ち、父上……!?」
「砂時計の力を使い、今度こそ永遠のシャフマ王国を作るのだ。……協力してくれるな?」
父の目は鋭かった。予想外の言葉にベノワットの目が泳ぐ。
(アレストの身体の砂時計をまた作る?どうやって……!?しかもそれを誰かの体に入れてシャフマを再建する……!?そ、そんなことまでして)
「……そんなことまでして、永遠を作りたいんですか」
ベノワットの声は震えていた。
「今度は1万年、10万年でもいい。その効果が切れたらまた作り直せばいい。ストックはいくらあってもいいだろう」
「ふざけるな!!!!!!」
ベノワットが父の襟を掴む。
「アレストが……シャフマの王子たちが……!砂時計があって良かったと思ったことなど……!!」
「それだけ強固な永遠が必要なのだ。この国には。そして、私たち人間には……」
『神』が必要だ。砂漠の真ん中に立つ、永遠の神が。
それが砂時計を正当化する、シャフマ王国の貴族の考えだった。
間近でアレストの苦労を見てきたベノワットは父の言葉に賛成などできない。
「俺……私は協力などしません!そんなこと、絶対にさせない!」
ベノワットが槍を構える。そのときだった。
父が、ベノワットの口を手で押さえ、何かを飲ませたのだ。
「……!?」
「残念だ。我が息子よ……私はお前に永遠になって欲しかったのだがな」
「な、なんだ……!?ぐっ……」
立っていられないほどの目眩。ベノワットはクラクラする身体を引きずって外に出た。こんな状態では父を殺すどころではない。早くアレストたちに報告しなければ……。朧気になる視界に、アンジェのペガサスを見た。アレストたちが来てくれたのだ。ベノワットは必死で意識を保とうと血が出る強さで舌を噛む。しかし、舌から出たのは血ではなかった。
ジャリジャリと苦い味が口内に広がる。
「砂……?ま、まさか……」
「ベノワット……死ぬのならせめてシャフマの一欠片になれ。
砂時計の永遠を刻む『砂』に……」
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