第18話

少し時を遡り、半年前……。

アレストの父、国王ヴァンスが死亡し、シャフマ王国騎士団軍師ルイスが意識不明になった日(の回想)

〜夜 アレストの部屋〜


「軍師サン……」

アレストのベッドにルイスが寝かされている。その隣にアレストが座っている。処置が終わり、あとは意識を取り戻すのみ……王宮近郊の町医者に看せたが、「目を覚ますかどうかは本人次第」と告げられた。

扉をノックする音がした。リヒターだ。

「アレスト。リヒターです」

一礼してアレストに報告する。

「……ヴァンス様が亡くなりました」

その声は震えていた。アレストが息をつく。

「父上が……」

「無念でなりません……」

「そうだろうとは思っていたが、あまりに突然だな。現実味がわかない」

「私もです。ヴァンス様は、ぼっちゃんの砂時計を心配されていました。ぼっちゃん、なんとしても砂時計を……」

「分かっているさ」

アレストは自分の胸に手を当てる。

「父上を殺したやつらに砂時計は渡さない」

普段の気取った口調ではない。真っ直ぐな声にリヒターの目が潤む。

「ありがとうございます、アレスト……」

(リヒター……あんたは……ほんとは俺じゃなくて、父上に永遠になって欲しかったんだな。死んでから気づいたんだろう。全く、馬鹿な従者だな……)

リヒターは何も言わなかったが本当は砂時計の所有者がアレストではなくヴァンスのままであることを望んでいたのだろう。それに今気づいてしまった。全ては遅い。いつもそうだ。アレストは目を伏せた。砂時計は永遠『だった』。紛れもない事実だ、が……。

「砂時計が本当の意味で父上の形見になっちまったな」

「そうです、ぼっちゃん。それを受け継いだ人はあなた一人だけなんですよ……」

「シャフマの王族は代々男一人しか生まれない。どういう訳か1000年近く前からそうだ」

「砂時計の影響でしょうね」

「今から998年前、この地が王国になったときからだ。砂時計が王族の証になった。それも『王子』の」

アレストがベッドから立ち上がる。豊満な身体のラインをなぞりながら誰かに告白をするような低い声で言う。

「この大きな身体はまるで砂時計そのものの形をしているだろう?ふふふ……胸なんて服から零れそうで苦労しているのさ。だがな……砂時計は別に体型には直接影響を及ぼさない。間接的には及ぼすがな。砂時計の所有者は病気をしないし多少の怪我に強い。魔法なんかも弾き返せる。超人的な守りを手に入れるのさ」

リヒターは黙って聞いている。

「じゃあ何故俺がこんな身体なのか?答えは簡単だ。砂時計が逆に作用したのさ」

「逆、ですか?」

「砂時計の最初の所有者、つまり第一代目の王子はまさに神の如き美貌を持つ儚い美青年だったらしいじゃないか。砂時計の影響で体は丈夫だったとしても、割れそうな見た目をしている上に万が一割れたら一大事だろう?つまり護られたのさ。俺と同じように王宮でね」

「……」

「そうするとどうなる?王宮に貴族平民問わず妃候補の女が送り込まれるだろう?だって、王子は動けないのだから『誰でもいい』」

アレストが楽しそうに口角を上げる。

「護られた故に完全恋愛結婚が可能になった王子は自分が恋に落ちた女と子どもを作る。そして砂時計は継承される……。段々と王子の妃になった女の親が貴族の称号を得、誰が元々の貴族なのか分からなくなる……。そうしていくうちに、王族と貴族と平民の血は混沌として王子の見た目は『俗っぽく』なった。果てが俺だ。なぁリヒター、俺は王子に見えるか?」

「私は貧民街出身ですし、初めて見た王子はヴァンス様でしたから……」

「ギャハハ!!そうだな!あんたはそうだ!いや、シャフマの国民はほとんど俺や父上のような男を『王子』と当然のように呼ぶ!だってそれしか知らない!!しかし他の国ではストワード王国の王子……いや今は国王か。ああいう男のことを『王子』や『国王』と呼ぶんだぜ!?知らないだろう!?」

「ぼっちゃんは何故知っているのですか?」

リヒターの問いにアレストが手をヒラヒラさせて答える。

「散々言われたからさ。ストワードやフートテチ、それだけじゃなく他の大陸から来た女や商人にね。詳しく話を聞くと『あなたは王族にはとても見えない』なんて言う。ま、俺にはどうでもいいことだが。話が逸れたねェ……。俺が言いたいのは砂時計に護られたからこそ国が混沌とした、ということだ」

「王子の結婚のことですか?」

「もちろんそれもあるが、一国の王子がこんなにでかいもんを抱えてるんだ。利用すれば大陸全土を大洪水にできる。これは軍師サンがああなる前から分かっていたことだろう?リヒター……」

「はい」

「砂時計が割れれば大洪水だ。今日だってそうなった」

ルイスが倒れた時、アレストの精神にヒビが入って砂時計の一部が割れた。そして大雨になったのだ。

「砂時計の所有者が病気や多少の怪我で死なないようになる代わりに『割れたら』大陸全土が水浸しになる。被害はシャフマだけじゃない。ほぼ全ての人間が死ぬ。今回は欠けただけだったが、本当に危ないところだったぜ……」

アレストが頭を抱える。

「これを利用されたらまずい。改めて認識したね。幸い犠牲者は出なかったわけだし良かったが」

ルイスの髪を触りながらアレストが言う。

「……父上には悪い事をした」

「……!」

「シャフマの砂時計はもう限界だ。持ってあと1年か2年。俺の子に継承されたら、文字通り兵器として生まれた子になっちまう。そんなのあまりにもかわいそうだろう?酒の味も知らないうちに体が利用されて人を殺しちまうかもしれないなんて」

ベッドに座り直し、足を組む。

「しかしそんなこと、父上は知らなかった。ふふ、言えるわけないだろう……俺が子を作れば砂時計、いや兵器が継承されるだなんて。それはつまり、あんたも同じことをしたんだ。俺を兵器にしたんだ。兵器を産んだのさと言うことになる」

「ぼっちゃん……」

「リヒター……そんな悲しそうな顔をしないでくれ。いいんだ、俺は。俺は最初から兵器であり、こうなる運命だったのさ。あいつを『ああした時』から覚悟は出来ている」

「ルイスのことを後悔しているんですね」

リヒターが言うが、アレストは黙ったままだった。暫し間が空いて、アレストが口を開く。

「……父上には感謝しているさ、この世に生を受けなければ知らなかったことだってたくさんある。酒の味とかな」

だから、言わなかったのさ。

そう言って静かに苦笑した。


リヒターが部屋から出て行った後、アレストはルイスの頬をそっと撫でて呟いた。


「ルイス……砂時計が割れた時に雨が降っただろう?あんたは見ていないかもしれないが降ったのさ……。俺は初めて浴びたが……。あれは……涙の味がしたぜ。……苦い苦い、涙の味だった……」


「なんとなくだが、あんたのおかげで『また』砂時計の真実に近づいた気がするぜ。俺の推測が正しければ、この国は俺の代で滅びなくちゃならない。砂時計は国の深いところに癒着しちまってる。それこそ1000年近く前からな」


「なぁルイス……。この砂時計を継承した王子はまるで『神』のように護られるだろう?1000年前、この時計を創った人間が王子を神にしたかったのなら……俺はとんだ場違いな王子だな。こんな人間にしか見えない身体だ。ま、こんな身体になったのは他でもない砂時計のせいだが」


「……永遠なんてないのさ。神なんていないのさ。……俺は信じちゃいないさ。今でも……。しかし、あんたを見ていると信じたくなっちまう。ルイス、俺はまたあんたを……」


王子を『神』にしようと創られた砂時計だって永遠の時は刻めない。1000年経てば砂は全て下部に落ちる。


(そしてそのとき、何が起こるのか……)


アレストは知っている。ルイスが教えてくれたのだ。あの日、目を覚ましたときに全てを。




〜回想終了〜


半年後のアレストたちと今日も賊討伐です。

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