第12話

〜朝 シャフマ王国宮 郊外〜


砂漠を歩く一行。

「はぁ……昨日は散々な目にあったわね。ルイス、私あんな怪物見たの初めてよ!なんだったのかしらね?」

(分からない……けど)

斬ったときに砂の感触がして倒したと思ったら怪物の全身が砂になって消えたことを思い出す。

「砂の賊と似ていた」

「そうだな。砂の賊と同じ原理だろう。宮殿にいた伏兵と同じように消えたしな」

隣でメルヴィルが同意する。

「……伏兵と同じだとするとストワード王国からの刺客なのかしらね?」

アンジェが声を潜めて言う。

「まだそうと決まった訳ではありませんが、可能性は高いです。ぼっちゃんを襲う目的で怪物を放ったと考えるのが妥当でしょう」

「チッ……ボンクラ王子のせいで罪のない国民が襲われたのか」

「メル!そんな言い方ないわよ!アレスト、気にする必要な……あら?どうしたの?」

「……」

珍しくアレストが神妙な表情をしている。ルイスも不審に思って見つめる。

「ぼっちゃん、体調が悪いのですか!?それとも昨日の戦闘でなにか怪我でも!?」

リヒターが慌ててアレストに声をかけると、アレストが「ん?」と顔を上げた。

「なんだ?」

「い、いや……珍しくメルヴィルにつっかからないんだなと思って」

ベノワットが言うと、アレストが「悪いね。聞いてなかった。考え事をしていたのさ」と説明をした。

「本当にそれだけですか?体調が優れないのなら宮殿に……」

「いいって。体は大丈夫さ。なんともない」

「それならいいですが。……なにかあったらすぐに言ってください」

「わかったよ」

アレストは面倒臭そうにため息をつく。そしてまた神妙な顔に戻ってしまった。

(砂の怪物のことだろうか)

アレストはなにか知っているのかもしれない。しかし見たことの無い真剣な表情で黙って歩いている彼の後ろ姿にはなんとなく聞けなかった。




〜夜 シャフマ王国 辺境〜


「だいぶ進んできましたね。明後日にはストワード王国に入れるかと思います」

リヒターが地図を広げながら言う。メルヴィルが「眠い」と低く言った。

「軍師さん……僕も眠いです……」

ルイスの服の裾を掴んだのはティッキーだ。眠そうに目を擦っている。

「おい、ティッキー。そんなに強く目を擦るな。砂が入ったら傷になる」

メルヴィルが屈んで鞄からハンカチを取り出す。自分の飲料用の水でそれを少し濡らすとティッキーの目に優しく当てた。

「……宿に着くまではそれで我慢しろ。着いたら洗ってやる」

「うん、ありがとうございます!メルヴィルさん大好きです!」

ティッキーは無邪気にメルヴィルに抱きつく。普段は不遜な顔をしてアレストやリヒターに噛み付くメルヴィルが今は優しいお兄さんに見えた。

「ふふふ……メルヴィル、あんたはいいお父さんになれそうだねェ」

「ふん、父親になどなるつもりはない。子どもなんて面倒なだけだ」

「……メルヴィルさんは、僕が嫌いですか?」

「ギャハハ!!ヤバ!メルヴィルがガキを泣かせた!」

「ち、違っ。これはハンカチの水だ!ティッキー、お前は特別だ。だから……嫌いではない」

照れくさそうに顔を赤くして言う。

「良かった……嬉しいです!僕、ここに来てよかったです……ふぁあ……」

ウトウトするティッキーを抱きかかえたメルヴィルがリヒターに宿を取るように言った。リヒターが頷いてすぐそこの街に泊まることになった。ルイスはそれを聞いたアレストが静かに口角を上げるのを見逃さなかった。




〜シャフマ王国 辺境の街〜


「わぁ!結構明るい街ね!」

「ここは辺境でも大きい街です。はぐれないように。特にぼっちゃ……ん? なっ!?」

リヒターが辺りを見回す。アンジェとメルヴィルもアレストがいないと気づく。

「チッ……あのクソ王子が!!!」

「ちょっとメル、あんまり大きな声で王子って言わないで!一応秘密なんだから……!」

「あれっ、軍師殿もいないぞ!?」

ベノワットが言うと、リヒターの顔が真っ青になった。

「あ、あの2人……まさか共謀して……!」

「ルイス!いよいよ妃になる決意ができたのかしら!私とっても嬉しいわ!」

「……気色の悪い」

「はぁ……2人で宿に泊まるのならいいですが……万が一危険な目にあっていたらまずい。追いますよ」

「ん……どうしたの……?メルヴィルさん……宿に泊まるんじゃないの……?」

騒ぎに起きてしまったティッキーが目をパチパチさせる。メルヴィルが「こいつを宿で1人にはできん」と言った。アンジェも頷いて「メルは方向音痴だから私が地図を持つわ」とメルヴィルとティッキーと一緒に宿に向かった。ベノワットとリヒターたちは元来た方向に戻り2人を探すことにした。



「ふぅ……上手く抜け出せたな」

アレストは平服の上に黄色い布を羽織り、普段後ろにたなびかせている紫の布をターバンにして頭を隠している。ルイスはアレストに渡された橙色の布を渋々羽織った。

「あんたと遊びたかったんだよ。くくく……まずは飲みに……いやその前に賭博場だな。すぐそこにある。入ろうか」

(なんて自分勝手な王子だ……)

勝手にルイスの手を引いて連れ去り変装させ、賭博で遊ぼうと言うのだ。

「ルールは俺が教えてやるさ。早く行こうぜ」

(ルールが分からないわけじゃないんだけど……)


賭博場の中に入ると、酒のにおいが鼻をついた。どうやらここでは酒も楽しめるらしい。感覚が馬鹿にならないだろうか。心配していると「酒を飲んで頭空っぽで賭けるのが楽しいのさ」と言われた。

「兄ちゃん、賭博場は初めてかい?女連れとは羨ましいぜ」

「ふふふ……いや、おれは少しだけ嗜んだことがあるぜ。でもこいつは初めてでな。ルールを教えてやりたいから2人で対戦させてくれ」

「あいよ。そこの机使いな」

アレストがディーラーに礼を言って椅子に座る。向かい合うと、アレストがカードを広げた。

「……賭けようか。あんたは何を賭ける?」

「何も持っていない」

「ギャハハ!そりゃあそうだな!ま、俺も今はなにもないさ。金も飲み代しかない。んー、そうだな。じゃああんたは何も賭けなくていいぜ」

「え?」

その言葉に驚いていると、アレストがゆっくり口を開いた。

「俺が勝ったらあんたをもらおう。軍師さん、俺の『相棒』になって欲しい」

ルイスの赤の瞳をアレストの紫の瞳が真っ直ぐに見つめる。

「相棒……?」

「そうだ。遊びじゃない。ただの仲間でもない。俺の対等な『相棒』だ。そう呼ぶことを許して欲しいのさ」

(そんなの……賭けなんかしなくても勝手に呼べばいいのに)

本当にそうだろうか。アレストは人の名前が覚えられない。従者だとか幼馴染だとか肩書きや関係性で呼び方を変えている。つまり、その枠に入れるのは1人だけなのだ。しかも『相棒』……。対等な唯一無二の関係の呼び名。賭けるのは、アレストの覚悟なのだ。


「分かった」


ルイスが頷く。アレストは満足そうに


「ありがとな、軍師サン」


と、笑った。




(ま、負ける……!)

ルイスは追い詰められていた。途中は拮抗していたが、3ターン前に調子を上げたアレストに窮地に立たされてしまった。

「くっくくくく……どうする、軍師サン?」

心底楽しそうにアレストが笑う。本当は破顔して思いっきり罵倒してやりたいという気持ちがチラチラ見えている。最初は乗り気ではなかったがやってみると意外に面白く、お互いに白熱してここまで来てしまった。負けたくない。ルイスが息を吸い込む。

(あっ……!)

落ち着いて手札を見直したら、あるカードが目に入った。前のターンにアレストが出したカードは……。これなら勝てる!逆転が出来るかもしれない!

「っ……!」

ルイスが勢いよくカードを出す。その数字を見てアレストが凍りついた。

「……あんた……マジか……」

逆転だ。いつの間にか円を作って見守っていた賭博場の客たちが歓声を上げる。

「姉ちゃんすげぇよ!」「あの状態から逆転なんて信じられないわ!」「いい勝負だったな!」

頭を抱えて項垂れるアレスト。相手のことを考えずに舞い上がってしまった。ギャンブルが初めての相手に負けるだなんて、屈辱を……。

「……ギャハハ!!!ヤバ!ヤバ!!」

感じてはいなかったようだ。

「あんた!すごいぜ!!調子に乗っていたところを見事に突かれたね!ギャハハ!!楽しかった!!これぞギャンブルだ!最後まで何が起こるか読めない!!」

腹を抱えて笑う。楽しそうなアレストにほっと胸を撫で下ろす。しかし勝ってしまった。ということは。

「……ふうっ……残念だねェ。負けちまったから賭けは無しだ。『相棒』と呼べないね」

「いいよ。アレスト。呼んで」

賭けは楽しかったし。と付け加える。それに何よりも……ギャンブルだけではなく一緒に戦闘や生活をしてアレストのことを『相棒』と呼びたくなったのだ。ルイスにとってアレストが大切な存在になっている。それは事実だった。


「いや、やめておくさ」


アレストがカードを置いて立ち上がる。何故?と聞こうとしたがアレストの瞳が悲しそうに揺れるのが見えて口を閉ざした。


「あんたは軍師サンだ。目が覚めたときから今まで、そしてこれからもずっと変わらないさ」


あぁ、自分は『相棒』ではない。アレストの『相棒』は死んだのだ。


……それを理解してしまったアレストの顔は、酷く物憂げだった。




「軍師サン、次は酒場に行こうかねェ……。あんた酒は飲めるんだっけか」

気持ちを切り替えたのか、今度は酒場に誘われる。……軍師サンとして飲んでみようかと立ち上がろうとしたときだった。

辺りに轟音が響いた。

(何!?)

賭博場が揺れる。アレストがルイスの腕を掴んだ。

「ぐっ……急になんだよ、地震か……!?」

揺れに耐えていると、窓側にいた客が叫んだ。

「か、怪物よ!!!!!!!大きな怪物が何体もいるわ!!!」

「……!?まさか昨日の怪物か!?まだいたのか!」

アレストが魔法弾を飛ばす。その威力は凄まじく、窓を突き破って怪物に当たった。

「くっそ……!!!軍師サン、行くしか無さそうだぜ!」

敵を引き付けたアレストに腕を引かれる。2人は店の外に出た。

ルイスが剣を構えた。

アレストが腕を上げて目を瞑る。

「……どんな理由があろうとも、シャフマの民を脅かす奴らに容赦はしない!軍師サン、指示を頼む!!」



【勝利条件・敵の全滅】

【敗北条件・ルイス、またはアレストの敗走】


リヒター「ぼっちゃん!?そんなところにいたのですか!下がってください!私たちが出ます!」

ベノワット「リヒターさん、軍師殿もいますよ!やっぱりアレストといたんだ……無事で良かった、なんてまだ早いよな。早く合流しないと!」


〈最後の1匹にとどめを刺したと思った時、突然怪物が暴れ出す〉


「ぐっ……!ぼっちゃん、逃げてください!狙いはぼっちゃんです!」

「ふうっ……くそ、足が上がらない……力を使いすぎたか……?」

アレストが息を切らして怪物から逃げる。ルイスがその手を握り、半分引きずるように距離を取ろうと駆け出した。

そのときだった。


ザシュッ!!!!!


砂を斬る音が聞こえた。直後、怪物の断末魔が辺りに響く。


「メル!!」


アンジェの声に振り向く。そこにはメルヴィルが剣を構えて立っていた。

「メルヴィル!」

ルイスとアレストがメルヴィルに駆け寄る。リヒターが「よくやってくれました!」とメルヴィルの肩を抱いて号泣した。

「あぁ……メルヴィル、悪い……本当にダメかと思ったぜ……」

はぁあ〜……。アレストが長いため息をついてメルヴィルの肩に寄りかかる。そんなことをしたらいつも通り怒声が飛んでくる、とルイスが耳を塞いだ。

しかし

「……っ……」

メルヴィルが、砂の上に膝を落としたのだ。


「え……?ど、どうした!?メルヴィル!」

ベノワットがメルヴィルに駆け寄る。怪物からの攻撃を受けたのだろうか。


「…………ティッキー……」


か細い声だった。

「ティッキー……?もしかして、怪物にやられたのか!?」

ベノワットが目を見開く。宿で襲われたのか。あんな子どもなんて一口で丸呑みにされてしまうだろう。それを守れなかったことを悔いているのか。ここには一緒に宿に向かったアンジェも来ていた。しかし、ティッキーの姿はなかった。

「メルヴィル……仕方がないよ……あの大きさの獣だ……君の剣でも難しい……」

「そうですよ……残念ですが、犠牲者が出てもおかしくない騒ぎでしたから……」

「違う……」

消えそうな声で否定する。

「あいつは……ティッキーだ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る