第30話

〜シャフマ 西の街〜


「だいぶ歩いたが、この辺は砂の賊の被害が少ないな」

ベノワットが言う。たしかに西の方に来てからめったに砂の賊を見ていない。

「砂の賊は砂時計の砂のなり損ない、か。アレスト、砂の賊に変えられた人たちは死に損ってことなのか?」

「そうだ。ま、死に損じゃないとこちらが困るが……。あの量の砂が全部新しい砂時計に使われたら取り返しがつかない」

「中には砂時計の砂になりたいと思っていた人たちもいたのかしら」

アンジェが首を傾げる。いただろう。しんでもいい、砂時計のために命をかけた人たちは……。

「信仰心があろうとなかろうと砂時計は創れるが」

「討伐を始めた頃にはころしても消えなかった砂の賊もいたが、あれと今の砂になる賊は別物だということか?」

「いや、単純に飲ませ方の違いだろうな」

砂の飲ませ方。

「前までは正気を失わせるだけしか飲ませなかった。しかし状況が変わった。1000年を迎えるまでに砂時計をストックを創らなければならない。だから大量に飲ませて消えた時に砂時計の砂になるような細工をしたんだろうな。ベノワット、あんたは砂を飲まされた時に咄嗟に危ないと気づいてそれ以上飲まなかった上に舌を噛んで砂を出していたよな?……砂の賊になる前にある程度そうやって身体から砂を出せば助かるってことさ」

アレストが言う。

「砂なんて美味くないし吐き出しそうなものだが」

メルヴィルが顔をしかめる。

「そりゃあ一気に大量に飲ませたら吐き出されるさ。だから少しずつ食事に混ぜるのさ。そして『時間通り』に変化するようにする」

「陰湿ね」

(たしかに陰湿だ。それに時間がかかりそう)

「陰湿だがたしかな手だぜ。誰が犯人かも分からなくなるしねェ……」

アレストがくくくっと笑う。

「ますます許せないわね!」

「罪のない国民が訳の分からんことに巻き込まれてころされていたということか。だが、この辺はかなり人が多い」

メルヴィルの言う通り、西に来てからたくさんの人間を見る。

「中央や東の方から逃げてきたシャフマ国民、それから肌の色が違うストワード国民やフートテチ国民もいますね。ストワードは南の方、フートテチは西の方で砂の賊の被害が多いようですから、そこからここ、シャフマの西に避難しているんでしょう」

なるほど。

「王宮近郊なんてほぼ住める状態じゃないからねェ……」

「そこから避難してきた人たちの居場所というわけか。しかし、この状況では西の方もいずれは……」

「いや、その心配はなさそうだ」

アレストが出店に貼ってある紙を指差す。

『砂時計の力でシャフマ王国の西地区は安全』

「これはあいつらが貼ったのか」

メルヴィルが舌打ちをする。

「へぇ……よく考えるねェ。砂時計の信仰心が高いツザール村の連中の力を借りて安全神話を唱えているわけか。ま、安全を脅かしている犯人はシャフマ王国の一部の貴族だから神話を唱えているそいつらがけしかけなければいいんだが。ギャハハ!!面の皮が厚いにもほどがあるぜ!!!」

「チッ……不快だ」

メルヴィルがアレストの足を蹴る。「いっっった!!」その場に蹲るアレスト。

「メルヴィル、ぼっちゃんに八つ当たりはやめなさい」

「ふん……」


「その下品な笑い声、噂通りの真っ黒なお姿……。おあにぃさんがアレストさんですかい?」


低い男性の声がして一同が振り返る。


「あっしはフートテチ国王リーシーさんの従者、ヨンギュンでござんす。あ、長いからヨンでいいですぜぃ。以後お見知り置きを」


橙色の布を身体に巻き、丸い妙な形をした帽子を被っている。

砂漠には似つかわしくないその風貌にルイスはきょとんとする。

「ヨンさん?本当にフートテチからの使者なんですか?」

リヒターが疑いの目を向ける。

「疑うのも無理はない。しかし今日はリーシーさんから伝言を持ってきただけですからねぃ。聞くだけ聞いていただいてもいいですかい?」

「なんだよ?」

アレストが腕を組んでヨンを見つめる。

「我々はアントワーヌ側につく」

「……!」

「ふっふっふ……これからよろしく頼んますよ。苦渋の決断をしたリーシーさんをくれぐれも裏切ることの無いようにねぃ。それでは、さらばでござんす」

言うと、すごい速さで来た方向に走って行った。

「中立を貫くことで有名なフートテチをついに動かしたか、アントワーヌサン」

アレストが口角を上げる。

「いい流れだねェ。ま、ヨンって奴はなんだか怪しかったから本当のことかは分からないが。くっくくく……」

(アレストも相当だと思うけど)



【移動中に砂の怪物を見つけた一同 討伐をします】


【戦闘終了】


「この砂の怪物も、元々は人間だったのよね」

「ティッキーがそうだったから分かっていたことだが……やはり目の前で見ると、な」

暗くなってきた砂漠でアンジェとベノワットが話している。

「ティッキーも容器にされる目的だったのかしら」

「いや……おそらく、細工を施した後に騎士団に入れ、そこで怪物になって暴れてもらうつもりだったのだろうな。奴らの中には砂時計を創る技術を悪用して騎士団を壊滅させようとしていた人もいる……」

「……」


「アンジェ!ベノワット!アレストとルイスを見ませんでしたか?」

「見ていないわ」

「俺もです。あ、メルヴィル!アレストとルイスを見たか?」

向こうから歩いてくるメルヴィルに聞くベノワット。

「知らん」

「はぁ……しまった。少し目を離した隙に2人がいなくなってしまいました。手分けして探しましょう」

「なんだか久しぶりね!」

アンジェがくすくす笑う。

「最近はリヒターさんの見張りも強くなっていたからな」

「ぐっ、不覚です!早く探しますよ!」



〜夜 シャフマ王国 西の街 酒場〜


「久々に抜け出せたねェ、軍師サン」

ルイスとアレストの前のテーブルには酒が置かれている。

「やっぱり酒がないと調子が出ないぜ」

早速グビグビ音を立てて飲む。

「ぷはーっ!!最高だねェ!おい、もう一杯くれ」

「もう飲んだの?」

「まさか。今晩はゆっくりたくさん飲むのさ。さぁ、軍師さんもいこうか」

ルイスに酒を促すアレスト。頷いて少しだけ飲んだ。

「くっくくく、今日はなんの話をする?」

「……」

「なんだよ、その顔は。俺と話したくないか?」

「そうじゃない、けど」

(私なんかでいいのかなとは思う。相棒じゃないし……)

「じゃあ俺から話すぜ。これはもうしんじまった女の話さ」

「!!」

「そいつはいつも俺を気にかけてくれて、名前をたくさん呼んでくれた。俺が忘れても、何度も教えてくれたのさ。気が強くてねェ……からかうとすぐに殴ってきた。許嫁としては異質な性格だったのさ」

もう酔いが回ったのか。アレストの体の力が抜ける。ターバンが緩んで目元を隠す。

(『相棒』の話だ)

「そりゃあそうだぜ。あいつは俺が勝手に許嫁にしたのさ。ふふふ、だって親の制約がないあいつとの関係は気楽だったし、面白かったから……」

表情は見えないが、楽しそうに笑っている。気分がいいのかまた酒を一気に仰ぐ。

「軍師サン、もうあいつはしんじまったが……俺はずっとあいつのことを忘れたくはない。本当は自我を失うのは嫌だ」

「……」

「だって、しんじまったあいつを思い出せなくなったらあいつは本当にこの世から消えるだろ?そしたらあいつ……相棒が生きていた証がなくなっちまう。そんなの嫌だね。絶対に嫌さ。相棒と一番一緒にいたのは俺なんだぜ?メ…だってリ…だって騎士団の一員としては相棒といたけど、俺はもっとたくさんいた。素のあいつも……あ、裸は見たこと無かったな。くくく……。ま、そういう気持ちに一切ならなかったから見なかったわけだが」

アレストは『相棒』の話となると饒舌になる。普段よりもずっと嬉しそうに話すのだ。

「みんな言うのさ。砂が時を刻まなくなったら俺の自我が消えるって。ぼっちゃんが、ぼっちゃんがってな。

しかし、消えるのは俺一人だけじゃない。しかも俺は生きるがそいつはしぬ。俺の砂時計が消えたら、相棒はしぬんだ」

「……」

「今度こそ本当にな。なら、いっそ俺もあいつと一緒に……」


アレストの言葉は続かなかった。ガタンと音を立てて机に突っ伏したのだ。慌ててルイスが近づくが、寝息を立てているだけだった。

「アレスト、起きて」

「うう……一気に飲みすぎたぜ……むにゃ……もう、飲めないぜ……」

「もう……」

この大男をどうしようか、引きずって行くのも大変なのに。そう肩を落としていると、窓の外から聞きなれた声が聞こえた。リヒターとベノワットの声だ。アレストを探しに来たようだ。

(良かった。引き取ってもらおう)

呼びに行こうと出口に向かって踏み出した時、アレストの腕がルイスの腕を掴んだ。

「相棒、どこ行くんだよ……まだ、あんたは全然、飲んでいない、だろ……」

半分寝ている声。

「また置いていくのか?俺のこと……を……」

振り切る気にはなれなかった。

「……」

お守り代わりに入れていた髪ゴムをポケットから取り出して高い位置で長い髪を縛る。

「相棒……ふふふ、また会えた」

ふにゃりと笑う。この笑顔に逆らえないのだ。

(アレストは、ズルい)

「相棒はズルいな」

同じことを思った。ルイスがハッとした顔をする。

「夢の中で会いに来るから、ズルい」

現実では会いに来てくれないのにねェ、と苦笑する。

「しねないだろ、そんなことされちまったら」

嬉しそうに微笑む。

「相棒、一緒に飲もうぜ。今夜くらいは時計のことを忘れたいのさ」

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