第36話

砂の賊討伐後すぐ、路地裏でベノワットが茶色い布を見つける。

「これ、メルヴィルの腰布じゃないか?無理やり切り裂いたような形だが」

「本当ね!メルのと同じ柄だわ!どうしてこれがここに?」

「貸してくれ」

アレストがそれをベノワットから受け取ると、くんくんとにおいを嗅ぐ。

「ん、たしかにメルヴィルのだねェ……。さっきまでつけていたにおいがするぜ」

「なんか気持ち悪いわねその判断方法」

アンジェがため息をつく。

「メルヴィルがさっきまでここにいた?」

ルイスが首を傾げる。

「……!なにか引きずられたような後があるぞ!」

ベノワットがそれを目で追う。路地裏からどこかに連れ去られたのだろう。

そのときだった、パタパタと騒がしい足音が街の方から聞こえたのだ。

「リヒター殿〜〜!!!!!」

甲高い声。先程宿でわかれたリーシーがリヒターに飛びついたのだ。

「リーシーさん!?どうしました!?」

「たたた大変です!!!ミカエラが連れ去られました!!」

「「「!?」」」


「なっ…!?あ、あなたたちの仲間も!?」

「これは偶然とは思えませんね」

「情勢が不安定になっているとはいえ、ですね。アレスト、これは……」

ベノワットがアレストの方をちらりと見る。アレストの表情は今まで見たどの顔よりも暗かった。

(アレスト……)

「……リーシーサン、連れ去られたのは王宮関係者か?」

低い声で尋ねる。

「私の妻です。ミカエラと言って、大柄の女性ですが……」

(妻がいたのか!)

かわいらしい少年のような容姿でもリーシーは国王なのだ。

「この街で落ち合う、までは良かったのですが。肉に目がなくて……あっちからいいにおいがする!行ってくる!と走って行ってしまい……。敵に眠らされて連れ去られました……」

「……ちょっとバカなのかしらね」

アンジェがルイスに耳打ちする。

(たしかにちょっと……)

ルイスが頷いた。

「ヨンギュン」

リーシーが呼ぶと、ヨンギュンが目を閉じたままアレストの前に現れて一礼をした。

「こっちのあっしは分身の方ですぜぃ。本体は犯人を追っておりますのでご心配なく……」

「犯人を?」

「ええ……リーシー様、やはり同じ勢力の犯行でしたねぃ。ミカエラ様と一緒に長い緑髪の剣士サンも運ばれていますぜぃ」

「メルヴィルか」

アレストの声にヨンギュンが頷く。

「茶髪の中年の男が東に向かっていきますぜぃ」

「幹部だとしたらスティール公ですね。東……一本道のうちに早く追いかけましょう」

リヒターが言う。皆が頷いて武器を握った。

「ミカエラ……」

リーシーが俯いて震えている。

「リーシーサン、大丈夫だ。おそらくその女は人質さ。本命は俺とメルヴィル、そしてフートテチ国王であるあんただ。今はたたかうことだけ考えろ」


(しかしまずい。ベノワットのときはあっちの実験が足りなくて迅速に捕まえなかったから所有者にならなくて済んだが……あそこで砂を飲まされるでは無く、誘拐されていたら終わりだった)


(その後のアンジェのときも未遂で終わったのは砂時計の『所有者候補』であるアンジェを誘拐されなかったからだ。あのときは手順がおかしかった)


(2つの事例を踏まえて向こうも学習したのか。正確な手順を理解されている可能性が高い今、メルヴィルが敵の手に渡ったら……!!)


今度こそ本当に砂時計ができてしまう。




「なぁ相棒、砂時計の創り方を俺に教えてくれないか?……試したいことがあるんだ」

相棒が瞬きをする。

「まさか砂時計を創るの?」

「……仕組みを知りたいのさ」

アレストが言うと、相棒が「分かったわ」と言った。

「本当はダメよ。世界で知っている人はたった1人私だけだし、悪用されたら大変なことになるんだから」

「危ないことなのに俺に教えてくれるのか?」

アレストが聞くと、相棒が「もう!」と腕を組んだ

「あんたは苦労してるじゃない!だから、砂時計の被害者を増やすわけが無いわ。信頼してるのよ、これでもね」

アレストは自分の胸があたたかくなるのを感じて不思議に思い、思わず胸に手を当てた。

(?なんだこれ。嬉しい……?俺、嬉しいのか?何故……)

「アレスト、砂時計にはね」

相棒がアレストの耳に囁く。

「砂と容器、そして所有者候補が必要なの。そしてこれらは全て『生きている人間』が材料……」

生きている、人間……。

「砂は人間の寿命。ころした人間の寿命によって砂の出る量が違うわ。老い先短い老人ならば5年を刻む砂だけど、小さい子どもからは80年分が出ることもあるわ。量はころさないと分からないけど」

「容器は人間の体そのもの。だけど、所有者候補の血とほぼ同じ血を持つ人間じゃないと失敗してしまうわ。具体的には親やきょうだいが一番良いわ」

「そして所有者候補……。これも人間の体そのものよ」

全てが人間の命でできている。それが永遠を刻む砂時計……。

「創り方は簡単。これらを組み合わせるだけ。だけど、重要なことがあるの」

ルイスが深呼吸をする。

「……ただ闇雲に材料を用意してもダメ。順序が重要よ。最初に所有者候補を用意して、肉親を容器にしてその体に入れてから他人をころして砂を注ぐのよ」



(相棒……あんたの言うことは正解だった。俺はあの後実験で試したのさ。たしかに砂時計は完成した。だから……)


(悪用される危険も分かっている!俺はもう二度と砂時計になる仲間を見たくない!!!)


アレストは走る。騎士団の皆と一緒に。


【道中 砂の賊討伐をします】

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