第6話
白と紫の布を巻いて、口元にも布をつけて顔を隠している男を尾行する。相当油断しているのか、こちらには全く気づいていないようだ。
(無防備すぎる……)
後ろから刺されたらおしまいじゃないか?ルイスは不安になる。アレストではなかったとしても危険だ。まぁあの体格の良い男を襲おうとするのは腕に自信が無いと難しそうだが。
「さすがに飲みすぎたな……ふぅ……」
ぼやきながら路地裏に入る男。声で半分は確信した。あれはアレストだ。……そのとき、布が擦れる音が聞こえた。まさかこの男、路地裏で用を……。
「……おっと、誰かいるな。危ない危ない。弱点を晒すところだったぜ。くくく……」
下品に言ってルイスの方を見る。間違いなくアレストだ。そうだ、この男は路地裏で用を足そうとする王子だ。顔を見て逆に安心した。
「ん?あんた……相棒……?なんでこんなところに、いや、生きてたから戻ってきたのか!」
しかし、アレストはルイスの顔を見て「軍師」ではなく「相棒」と言った。いつもの破顔ではなく、満面の笑みで。
「この街に来てたのかよ!くくく……心配したぜ。なかなか会えないからいろんな人にあんたのこと聞いちまった。あ、でもなんで髪を解いているんだ?そうだ、さっき賭博場でもらった景品のゴムが鞄にあったな」
アレストの手がルイスの髪に触れる。そしてそのまま乱暴に髪を結んでしまった。不格好だが、ルイスの長い髪がポニーテールに結われた。
「うん、俺の相棒だ。なァ……1年は会ってなかったんじゃないか?もっと前か?前に飲んだときはどんな話をしたっけな……悪い、酔いすぎて頭が回らないね。くくく……あんたと会うと分かってたらテキトーな女誘って寝てきたりしなかったぜ。本当さ。そんなことよりあんたと話した方が楽しい……」
熱された砂のように熱い体がルイスにのしかかる。重い。この男はカツカレーやラーメンが大好きだから、体が重い。なんて当たり前のことを考える。
「相棒。どこに行っていたんだ。……怒ってるのか?……また叱ってくれよ、俺を。名前を何度も呼んで……俺の名前を俺が忘れないように何度も何度も呼んで、叱ってくれよ。俺はさ、相棒。濡れちゃいけないんだ。いつでも乾いてないとダメなんだ。潤いは……砂時計に悪いから……でもあんたの言葉は俺を潤わせる。砂漠の砂の俺にとってのオアシス。それがあんたなんだ。
……なぁ、もうどこにも行かないでくれよ。ずっと一緒にバカ騒ぎしてようぜ。俺と、相棒なら……なんだってできる……」
キャビアを無理やり口に詰め込まれても笑って吐き出すような、メルヴィルやリヒターを大声で笑って煽るような、先程だって道で立ち小便をしようとしていたような下品な男。王子とも呼べないような王子が
目の前の女性を相棒と呼び、安心しきった顔をして身体を預けていた。
そのとき、がさがさと音がして2人が顔を上げる。ルイスの後ろに何人かの男が立っていた。
「こんなところでお熱いね!お2人さん! おい、そこの男。この女は貴族だろ。へへへ……いいなぁ貴族の姉ちゃんと一緒なんて。平民同士、仲良く使おうぜ」
「……ギャハハ!!なんて下品な野郎だ!!……だが残念だな。こいつと俺はそんな関係よりももっと深いところで理解しあっているのさ。相棒、久々に2人でたたかおうぜ。大丈夫、酒が入ってるから全力は出せない。街ごと壊したりはしないさ」
「なんだ?せっかく平和的にしようと思ったのに俺に喧嘩を売るのか?上等だ!野郎共、かかれ!!」
「ギャハハ!!ヤバ!!楽しくなってきたぜ!!」
【戦闘開始】
【このマップはアレストとルイスのみでたたかいます】
【戦闘終了】
「……く、兄ちゃんも姉ちゃんも強いじゃねぇか……に、逃げるぞ!」
「はぁ……つまらないね。まぁころしたらさすがにヤバいからいいか」
アレストが腕を下ろして座り込む。この男がたたかうのは初めて見たが、王子というだけあって強かった。というか、外で魔法をつかって良かったのだろうか。
「でもまぁ、相棒とまたたたかえたのは嬉しかったぜ」
(相棒……)
それは果たして自分のことなのだろうか。ルイスは何も言えなかった。この相棒が記憶を失う前のルイスのことなのか、そもそも違う人のことを言っているのか。酒に酔って赤い顔をしているアレストの表情からは読めない。しかしとにかく王子をこんなところに置いて宿に戻るのはよくない。アレストを引っ張ろうと立ち上がる。
「……またどこかに行くのか?俺を置いて」
「1人にしてはおけない。リヒターたちと合流しよう」
「嫌だね。帰らない」
「……」
「俺はここで寝る」
「アレスト」
「外で寝るのは慣れてるさ」
ルイスは頭を抱えた。身体の重い男を運ぶのは無理だ。
「じゃあ私は戻る」
「……待ってくれ」
服の裾を掴まれた。アレストの目は潤んでいる。
「……?」
「……を、……くれ」
「え?」
「トイレを……探してくれ……漏れる……」
「…………」
ルイスはもうそこですればいいと言ってアレストの手を思いっきりはたいた。
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