終章
〜シャフマ王宮 跡地〜
「皆、花は持ったか?」
ベノワットが小さな白い花をたくさん抱えて言う。
「持ったわよ。ほら、メル。あんたも持って。あ、この青いやつなんてどう?メルの瞳の色と一緒でかわいいわよ!」
「フン……俺はなんでもいい」
アンジェは髪と同じ真っ赤な花を、メルヴィルは青い花をそれぞれ抱えている。
「ごめん!遅れたわ!!どれにするか迷っちゃって……」
「ルイス!」
アンジェがルイスに抱きつく。
「おい、アンジェ。花が潰れるぞ」
「あっ……いけないいけない。で、どんな花にしたの?」
「これよ。アレストの瞳の色と同じ紫」
「本当だ。綺麗な紫色だな」
ベノワットが覗き込む。
「この花か真っ黒なバラにするか迷ったんだけど……黒だと私の髪の色と被るし、なんか暗いかなって思ったのよ」
「黒い方が珍しがりそうだけど、紫の花も綺麗だものね。たしかに迷うわ」
アンジェがため息をつく。
「そうそう、あいつ、昔から珍しいものに目がなかったでしょ?」
「皆、そろそろ出発しよう」
「行きますよー!」
アントワーヌとリーシーが手招きしている。その隣ではミカエラとレモーネが黄色の花を持って談笑していた。リーシーは小さな体に2倍の花を抱えていた。アントワーヌの分だ。
「リーシー殿、持ってくれるのはありがたいが、前は見えるのか?」
「だ、大丈夫です!子ども扱いしないでください!」
「おっ、リーシー!あたしに半分貸せよ!」
「あっ、ミカエラ!そっちは私が持って行く花ですっ!」
アントワーヌが抱っこしているのは赤ちゃんだ。5ヶ月前に生まれたばかりで、まだ言葉は話せないがよく笑う女の子だった。
「フェリシア!花だぜ!ガハハ!!くすぐったいかぁ?」
「キャッキャッ!」
「や、やめたまえ!フェリシアにイタズラをするな!」
「ふふふふ。旦那様、いいんですよ」
「レモーネまで……」
そんなやり取りをしながら一同が向かったのは、王宮の墓地の跡地だった。
「……アレスト。リヒター」
皆が墓の前に花を供える。
「アレストとリヒターさんが亡くなってから1年が経ったんだな……」
ベノワットが墓の前で呟く。
「アレスト!見てくれ!フェリシアが生まれたのだ!ほら、こんなにかわいい女の子だぞ!君が大陸を守ってくれたおかげだ」
フェリシアが笑い声を上げる。
「これからも……報告に来るぞ……!」
それとは逆に、父アントワーヌの方は号泣していた。
「リヒターさん!メルヴィルが学校の先生になったんですよ。子どもたちに剣を教えているんです」
「い、言うな!まだ上手く教えられんから……!」
「あら、この間教え子が楽しそうに訪ねて来たじゃない。メルヴィル先生に会いに来ましたって!」
皆が思い思いにアレストとリヒターに報告する。
「1年、か……」
ルイスは紫の花を見つめながら、息をついた。
「シャフマが崩壊してから1年……。私が、目覚めてから……」
1年。
ルイスは雲ひとつない青空を見上げた。
「なんだか全部嘘みたいよ!だって覚えていないんだもの!」
そう。ルイスは記憶がなかった。アレストがしんだことも、リヒターがしんだことも、そしてもっと前のアントワーヌの戴冠式も……。
そう、4年前からごっそり記憶が抜け落ちていたのだ。
「まだ生きてるんじゃないの?って言い続けて1年経っちゃったわ!もうここまで来たら信じるしかないとは思うけど……」
ルイスは、あの日、アレストが砂になって消えた瞬間に目を覚ましたのだ。
ールイス!?気を失っていたわよ!?
ーえ?あ、アンジェ?どうしたのよ?メルヴィルも、ベノワットも……ん?行軍中?リヒターは?アレストは?
ーええと……混乱しているのか?
ーここはどこ?あ!リヒターに報告しなきゃ!私、怪我したのよ!アレストとさっき出かけたときに……。
ーなんだ?お前……変に饒舌になった?いや、以前に戻ったのか?
「……変なの。目覚めたらアレストとリヒターがしんじゃったって言われるし、シャフマ王国は滅びたって喜ばれるし。訳わかんないわ」
と、思い続けて1年。どんなにルイスが疑っても、アレストとリヒターはいないし、シャフマ王国はなくなっていた。紛れもない事実だ。
「……アレスト、私に黙ってしぬなんて。やっぱり危なっかしかったわ」
だから約束をしたのに。知らない間に破られていたのだ。
「私よりも長く生きてって言ったのに……忘れっぽいんだから!」
墓を後にした一同は2階の談話室で座っている。
「それにしても、アレストが亡くなった日と誕生日が一緒だなんて変な偶然もあるのね」
ルイスが言うと、ベノワットが答えた。
「アレストは嫌がって人に言わなかったんだが、シャフマ王国が誕生した日とアレストが生まれた日は同じだったんだ」
「だからシャフマ王国歴1000年を迎えたあの日はアレストの30歳の誕生日だったんだ」
アレストは30歳になった日にしんだのだ。
「ふーん……」
とことん運がない王子様ね。ルイスはそう思って視線を落とした。
「あ!そういえばアントワーヌ、さっきたくさんの人がこっちに向かってきていたけどなにかしたの?」
アンジェが聞く。アントワーヌは大きな胸を張って得意げに言った。
「アレストの誕生日だからな!今日は彼が大好きだったバイキングにしよう!」
「わー!!バイキングですか!!やったー!!」
「よっしゃー!肉肉!肉食うぜー!」
リーシーが目を輝かせる。ミカエラも手を叩いて喜んだ。
「そんなことまで!?ありがとう。アントワーヌ」
「ベノワット殿、いいのだ。友の誕生日だから豪勢に行こう!リヒター殿もきっと喜ぶのだ!」
王宮は1年前に崩れてしまったが、新しい施設として復興の途中だった。まだ作りは簡素なものになっているが、ルイスたちが暮らすには十分だった。食堂は1階だ。アントワーヌはまだ準備途中なのだと言っていたが、ミカエラとリーシーは話を聞かずに飛び出して行ってしまった。
「……ん?」
窓からなんとなく外を見ていると、ボロ布を被った人が立っているのが見えた。アントワーヌがバイキングの設置準備をするために呼んだ人がいる北側ではない。東側に、ポツンと1人で。
「……あれって」
ルイスが階段を走って下る。「ははは、君もお腹が空いていたのか?」とアントワーヌの声が聞こえたが気にしてなんていられない。
「はっ……はあっ、はあっ……」
王宮を背にしたルイスが息を整えながら目の前の人物を見る。
「あんた、今までどこに行っていたのよ!」
「……!」
ボロ布から覗いた顔は、4年前よりも大人びていて。
「心配したわよ!アレスト!」
「あ、あんたは……。うぐっ……」
「……え?」
せっかく会えたのに。
砂の上に、倒れてしまった。
〜アレストの部屋〜
「もう、なによ。ただの熱中症って。心配したのに」
ルイスが部屋に運ばれたアレストに言う。
「白魔法かけられてたから、すぐ起きると思ったけど起きないわね」
アレストの部屋を見回すと、奥にもう1つベッドがあるのが見えた。
「……女連れ込んでたの?」
呆れるわね、ほんと。とルイスが手を広げる。
「いや、でもわざわざ2つベッドを用意しているかしら?1つで事足り……やだ!たくさん連れ込んだって訳!?ほんとありえないわ!こいつ!」
真っ赤になってアレスト乗っているベッドを叩く。
「……ここは……」
その音で起きたのだろう、アレストが目を開ける。
「アレスト!」
「……」
「しんだって聞いてたけど、嘘だったみたいね。良かったわ。今アンジェたちを呼んでくるわね」
「待ってくれ……」
「え?」
「アレストっていうのは、俺の名前か?」
「……!」
「あんたのことも分からないんだが……」
「記憶が、ないの?」
ルイスの目が泳ぐ。ベノワットたちの話によれば、砂時計の呪いは消えたはずだ。アレストの記憶は呪いに起因するもののはずなのに。
(そうか……記憶のリセット、だっけ)
これもベノワットたちから聞いたことだった。
(でも、いいわ。そんなこと関係ない。これから何度でも教えれば……)
今までの記憶がなくなったのは寂しいが、それ以上のことを今から積み重ねればいいのだ。
「っ……くくくくっ……」
「ん?」
「ふふふふふ……ふふふっ……」
「ギャハハ!!!!!ギャハハ!!!!!」
「え?」
「ギャハハ!!ヤバ!ヤバ!!あんた、心配したか!?俺の記憶がなくなっちまったって!?ギャハハ!!ぜーーーーんぶ覚えているぜ!!ギャハハ!!」
「なっ!?どういうことよそれ!?」
一頻り笑ったアレストがベッドから身を乗り出してルイスに顔を近づける。
「『相棒』」
「!」
「そして俺は、アレストだな?仲間の名前はメルヴィル、ベノワット、アンジェ。もう亡くなっちまったが従者はリヒターで、ストワード王国の国王はアントワー……」
「「「アレスト!!!」」」
廊下を走る音。皆が部屋に来るのだ。
「おっと……ふふふ、賑やかになりそうだねェ……」
アレストが嬉しそうに目を細めて笑う。
「アレスト……」
「あぁ、相棒の名前か?ルイスだ。もちろん覚えているさ」
アレストがルイスの長いポニーテールを優しく撫でる。
「皆が来る前に、あんたに言いたいことがあるんだが、いいか?」
「……何よ?」
「俺……」
アレストがルイスの頬にキスをして赤くなる。
「あんたとの子が欲しい。5人は欲しいのさ。産んでくれるか?」
「……〜〜〜っ!!!!!!!!」
「あんたさえよければさっそく今夜から仕込もうか?ふふふ……」
ルイスの顔が真っ赤に染まる。
「バカ!!!!!今言うことじゃないでしょ!!この、変態王子!!!」
ドカッ!!!と鈍い音。アレストが蹴飛ばされたのは言うまでもない。
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