第14話
〜戴冠式前日夜 ストワード王国 宮殿内〜
「そうだ。その進行で頼むぞ」
「はい、王子。慣習通りに」
アントワーヌが頷く。
「では、ボクは部屋に戻る。明日は記念すべき日になるのだ。君たちも歴史に残るのだ!ははは!楽しみだな!」
高笑いをして得意そうに部屋に向かう王子を見た従者たちは微笑んだ。この陽気さがアントワーヌの魅力だった。
部屋に入ったアントワーヌが鍵をかけようとしたときだった。突然腕を掴まれた感覚が走ったのだ。
「!?だだだだ誰だ!」
振り返ると、生気のない砂の人間がこちらを見ていた。悲鳴を上げてその場に倒れ込む。
「ぼぼぼボクは美味しくないぞ!!だ、誰か!化け物!化け物が!ボクをころそうと……!」
砂の人間が剣を振り下ろす。真っ青な顔をしたアントワーヌが死を覚悟したそのとき、魔法弾が剣を弾いた。
「っ……!れ、レモーネ!?」
「アントワーヌ様!お怪我はありませんか?」
長い金髪をお下げにした女性がアントワーヌに抱きつく。
「はぁ……な、なんとか……君のおかげで助かったのだ。ありがとう」
「アントワーヌ様……アントワーヌ様……本当に良かったです。ぐすっ……」
「な、何故君が泣くのだ!?」
「だって、アントワーヌ様がいなくなったら……私、生きていけません……」
「大袈裟だな……大丈夫だぞ、ボクはどこにもいかない」
「アントワーヌ様……」
「レモーネ、愛している……」
レモーネはアントワーヌの許嫁。2人は明日の戴冠式の後、晴れて夫婦になる予定だ。アントワーヌにもアレストと同じように妃候補がたくさんいたが、レモーネを一目で気に入り「ボクにはこの女性しかいない!」とすぐに告白をしたのだ。最初は戸惑っていたレモーネも次第にアントワーヌが大好きになり、今では毎日ご飯を作っている。まだ結婚こそしていないものの2人は本物の夫婦のように愛し合っていた。
「私も愛しています、アントワーヌ様。
……しかし、最近はアントワーヌ様を狙う人が多いです。あなた様の身に何かあったらと思うと、不安です……」
「大丈夫だ!明日は騎士団も配備するし、他の国の王族や貴族たちも呼んでおいたのだ!滅多なことは起きまい」
「そうだと良いのですが……」
「まぁ、あの下品な王子には招待状を出さなかったが」
アントワーヌがぼやく。あんな男がいたら高貴な戴冠式が台無しになる。それは避けなければならない。
「アントワーヌ様、今晩は私もここで寝ていいですか?」
「えっ、そ、そそそそれは……」
「……?また狙われるかもしれないですから」
「おお!そ、そうだな!ありがとう!」
爆発しそうな鼓動を必死で抑えながら部屋のドアを閉める。明日は戴冠式だ。本当は父から直接受け取りたかったが……自分が即位をしたら父は喜んでくれるだろうか。きっと、喜んでくれる。自分は父の後を継ぐために生まれた男なのだから。アントワーヌは深呼吸をして目を閉じた。
〜戴冠式当日 ストワード王国 玄関ホール〜
「へぇ、立派なもんだね」
アレストが感嘆の声を上げる。シャフマの宮殿も装飾が多いと思っていたが、ストワード王国はそれ以上に金の装飾がそこら中に吊るしてある。
「あれはシャンデリアか?あんなに大きいのは初めて見たぜ」
ルイスが天井を見ると、アレストの部屋にあるシャンデリアよりも数倍大きいものが吊るしてあった。
「くっくく、これもあの王子サンの趣味なのかねェ」
土足のまま宮殿内のものを見てあれこれ言うアレストは楽しそうだ。刺激が好きと言っていたが、たしかに初めて見るものにいつも心を躍らせている。なんだかかわいらしいな……と思っているとリヒターが「ぼっちゃん、あまり触ってはいけません」とアレストを注意した。しかしアレストは「んー?」とかわしながらズカズカ上がっていく。遠慮のない男だ。
「なんだこれ。妙な形のランプだな」
金色に赤で模様が描かれたランプ。小さいが存在感を放っている。アレストはそれを手に取ろうとして腕を伸ばした。
「……なにか気になるものでも?」
気づくとアレストの隣にローブを着た金髪の男が立っていた。この宮殿の人だろうか。さすがにアレストも手を引いて大人しくなる。
「いや、このランプが珍しくてね」
「そうですか。これはシャフマ王国から来たものだとお父様が話していた置き物です。綺麗ですが、相当昔に作られたものでもう使えないらしく……いまはここに飾っています」
「ふーん?シャフマからねェ……俺は知らないなァ」
つつこうとすると、男がアレストの手を叩いた。
「……すみません。あまり触って壊れると困るので」
「くっくく……いや、無遠慮に触ろうとしたのはこっちさ。悪かったね」
アレストが叩かれた手をヒラヒラ振る。シャフマから来た金色のランプ。なんとなくヴァンスの瞳の色を思い出す。
「ん?あんた今お父様って言わなかったか?もしかして……」
「……私はスタンと申します。あなたはアレスト王子、ですよね?」
「あぁそうだ。あんたが俺を招いてくれた人か。……ふふふ、俺はあの第一王子サンには嫌われているようでねェ……あんたが呼んでくれなかったらここまで来れなかったぜ」
「そうですか。兄様は人の好き嫌いが激しいですからね」
「ギャハハ!!やっぱりそうなのか!!しかしあんたもハッキリ言うねェ!!ギャハハ!!ギャハハ!!」
宮殿内にアレストの下品な笑い声が響く。リヒターが眉間に手を当ててため息をついた。
「なっ……!何故君がいるのだ!今すぐに出ていきたまえ!!不愉快だ!」
笑い声で気づいたアントワーヌが大股でアレストの方に向かってきた。それを見てさらに大声を上げて笑うアレスト。アントワーヌの顔が真っ赤に染まる。
「アレスト」
低い声が聞こえてリヒターがハッとした顔をする。そのまま頭を下げて「ぼ、ぼっちゃん……静かに……」と消えそうな声で言った。
「元気なのはいいが、他の国の王族に迷惑をかけんようにな」
「おっと、父上。無事に着いておりましたか」
「無事も何も、ストワード王国に向かう途中には何も無かった。順調な旅だったぞ。そちらは?」
ヴァンスがルイスに問う。ルイスが何か言う前に「騎士団員が1人亡くなりました」とリヒターが報告した。それを聞いたヴァンスが「そうか……」と悲しそうに目を伏せる。
「民を守った結果、騎士団員が亡くなるのは仕方がないことだとわかっていても辛いな」
アレストとリヒターの目が泳ぐ。
「……そろそろ戴冠式が始まります。ヴァンス様、アレストたちもこちらへ」
ドモアがヴァンスと騎士団員を誘導する。ルイスも後ろに着いて行った。
〜大広間〜
アレストの隣に座ると、笑顔のアンジェが反対側の隣に座ってきた。「小腹空かない?」と乾パンを渡される。非常用に持ってきたものが余ったのだと言う。「食料はストワード王国で補給できるだろうし持っててももう邪魔なだけなのよ」アレストがにやつきながら俺も欲しいと言ってきたのでルイスは手で割って小さい方をあげた。こういうときに思うが、シャフマ王国騎士団はかなり仲が良い。そもそもアレストのことを呼び捨てにしている団員も多いし、メルヴィルやリヒターのように王子を叱る……場合によっては叩いて怒ることもある……団員もいるのだ。ルイスは他の騎士団を知らないが王子が王子であることを忘れてしまうような騎士団は珍しいのではないかと思った。
事実、ストワード王国に来てから見た騎士団は一言も喋らずに整列している。アントワーヌの護衛に命をかけているのだろう。
「ほんとがめついんだから!」
「いいじゃないか。腹が減って仕方ないのさ」
「ちょっとアレスト、そんなに顔近づけなくても聞こえるわよ!間にいるルイスが困ってるでしょ!」
「くっくく……困らせてるのさ」
「……」
このマイペースさには毎回驚かされる。アンジェもだが緊張感がなさすぎる。
「うるさいぞお前ら。寝れん」
「っ……メ……あんた」
「メルヴィルだ」
「メルヴィル、寝るつもりなのか?くっくく……ふふふ……」
「わ、最悪!ちょっとリヒター、こいつこれから戴冠式だってのに大声で笑おうとしてるわよ!」
「ぼっちゃん、耐えてください。もうすぐ始まりますから……!」
「だっ、だってメルヴィルが……ぐっ、こいつ、もう寝てやがる……や、ヤバ……」
ルイスがメルヴィルのいる後ろの席を見ると、たしかに目を瞑って寝息を立てている。
「ぼっちゃん、静かに!」
「……ひーっ、ひっ、ぐっ、ふふふふ……くくくくっ……」
必死に声を抑えているが、爆発するのは時間の問題だ。ルイスはハラハラして見守ることしかできない。
そろそろヤバい……とアレストが言ったそのとき、ファンファーレが鳴り響いた。
「ギャハハ!!!……んぐっ!?」
ファンファーレの音で聞こえにくくなるとは言え、さすがにまずい。アレストの隣に座っているヴァンスが大きな手のひらでアレストの口を塞ぐ。
「ーーーっ……!ーーっ……!!」
苦しいのかじたばた手足を動かしている。アレストは大きい男だがヴァンスはもっと大きい。腕1つで押さえつけることなど簡単なのだろう。少し気の毒だが仕方がない。その様子を横目で見ていたベノワットとアンジェが口元を手で隠してくすくす笑っている。「変わらないわね」「あぁ、本当に」
ファンファーレが終わった。一同が前を向くと真っ赤なマントをつけたアントワーヌが一番奥に立っていた。
(すごい……!)
絵本で見るような王子、黙って真剣な顔をしているアントワーヌはそう表現するにピッタリな男だ。
「ちょっとかっこいいかも」
アンジェの言葉に頷く。「いや中身は残念だぜ?くくく……」「あんたほどじゃないわよ」「うるさい。寝れん」「メルヴィル。君、本気で寝ようと……」4人がこそこそ話す声が聞こえて思わず頬が緩む。
アントワーヌが跪く。金色の冠が頭に乗せられる。キラキラ光るそれをうっとりと見つめた。
アレストが漆黒の闇ならば、アントワーヌはその逆だ。金色の陽の色。まさに影と光。
「アントワーヌ・レイ・ストワード。ここに即位を宣言す。
……これからの世は、ボクが国王だ」
少し間が空いて盛大な拍手が起きる。メルヴィルがガタッと椅子を揺らす音が聞こえた。アレストがそれにまた爆笑しそうに肩を震わせかけるが、今度はヴァンスに頬を抓られてなんとか堪えた。
アンジェが「終わったわね。緊張したわ……」とため息をついた。
ヒュッ!!!!
突如、大広間の真ん中に矢が飛んできた。アントワーヌの冠に当たって、それを落とす。
「な、なんだ!?」
照明が落とされ、暗幕を引いていた室内は真っ暗になった。
魔法弾の音と弓を射る音が交互に聞こえ、広間はパニックになる。
「お、落ち着きたまえ……!!ど、どどどどうしたのだ急に!?」
アントワーヌが腰を抜かしていると、レモーネが駆け寄って来た。
「アントワーヌ様!あそこから攻撃が来ています」
「ぐっ……ストワード王国騎士団!!敵襲だ!!」
王の声はかき消される。アントワーヌもレモーネも突然の事態に驚くことしかできない。
「今度はアントワーヌが狙われているのか……!?この間国王を殺した人物と同じかもしれないな」
「くっ……敵はまた砂の賊共だ。奥に怪物もいるな」
「どういうこと?ストワード王国の仕業じゃなかったっていうのかしら」
「……これでハッキリしたな」
アレストが立ち上がって腕を構える。
「敵はアントワーヌじゃない。ストワードを潰そうとしているのは……」
砂の賊の魔法弾を弾き返し、前を見据える。
「あんただ。スタン」
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