第1章 【砂の国】

第1話

〜王宮内、アレストの部屋〜


2人はルイスが目を覚ました部屋に戻った。

「この部屋のことも覚えてないか?ここは俺の部屋だ。ベッドがふたつあるのは、あんたが今まで寝ていたからだな。医務室もあるんだが、あんたが危篤なのはあまり多くの人にバレたくなくてね。……ほら、軍師サンの命が危ないって知ったら攻め込まれるかもしれないだろ?あんたは優秀だったから尚更、なァ」

アレストは部屋の一番奥にある真っ赤な椅子に座って足を伸ばした。

「ま、知らなくても攻め込まれたわけだがな。くっくく……」

椅子の上の白い明かりに照らされた王子。その端正な顔が……初めてよく見えた。

真っ黒な髪は前髪以外は短く、外に跳ねている。眉毛も真っ黒で山型に整えられている。瞼は厚く、くっきりとした二重の線が幼い子どものようだが紫色の瞳が小さいためか目付きが悪く見える。すっとした鼻筋の通った鼻の下の口は大きく、ふっくらとした下唇に影が落ちている。美形。だが、一般的な王子の顔にしては少々俗っぽい気がする。

そして、さらに俗っぽい理由が大きく膨らんだ胸だ。暗がりでは胸が大きいのか腰が細いのか分からなかったが、露出がほとんどない黒い服の上からでも分かる程に胸が大きい。魔法以外にも格闘術をしているのだろうか。王子が立ち上がる。足が長い。彫刻のような凹凸の肉体美に思わず見とれていると、あることに気づいた。身長がそれほど高くないのだ。180センチ以上ははあると思っていたが、体格が良いせいで大きく見えていたようだった。せいぜい175くらいだろう。

「……ふふふ、どこを見ているんだ」

気づくと低い声が耳元で聞こえた。ドキリとして目を見開く。

「スケベ」

王子の厚い唇がそんな言葉を紡ぐ。リヒターがいたら怒鳴っていたかもしれない。

「……くっくく……くくく…………俺は高いからな。もしあんたが俺を好きにしたいのなら、それだけの対価を払ってもらわないといけないね。

そうだな、具体的にはシャフマの国家予算1年分」

心底楽しそうに目を細めてルイスの顔を覗き込む。前屈みになったせいで強調された豊満な胸に目を奪われそうになる。が、見たらまたからかわれそうなので目を逸らして黙った。

「……」

その反応を見て短く息をつく。ゆっくりとした足取りで赤い椅子の前に戻ると白い明かりの下で口を開いた。

「忘れちまってるなら仕方ない。改めて自己紹介をしようか。

俺はアレスト。ここ、シャフマ王国の王子だ。好きな物は酒と賭け事。……これからよろしく。軍師サン」



「これから?」

「ん?あんた、行くとこでもあるのか?」

ない。記憶を失っているのだ。眠る前のことを覚えているのはアレストたちだし、自分に選択権なんてそもそもないのでは……。ということを話すと、アレストの顔が歪んだ。

「ギャハハ!!よく分かったな!今のはあんたにそういう顔をさせたかったから言ったんだ!!」

……どうやらこの王子、性格が悪いらしい。

「悪いね。笑わせてもらって。しかしからかいがいがあるやつは好きだぜ。あいつも面白いんだ。だから傍に置いてる。ほんとは俺のじゃないんだが」

複雑な関係なんだろうか。たしかにリヒターは従者にしてはアレストに辛辣だった気がする。

「でな、ええと……」

アレストが長い指で前髪を弄る。

「……名前……もう忘れちまった」

「従者リヒター?」

「あぁ、そうだ。俺の従者の名前はリヒターだった。いや、そうじゃなくてあんたのをだな。……ん?」

首を傾げたアレストがハッとした顔をしてまた破顔した。忙しい人だ、と思っていると急に正面から両肩を掴まれる。

「あんた……!!記憶が!!名前を記憶できるように……!

あぁ、やっぱり……解けたんだな……」

今度はほっと息をつく。

「記憶は、戻っていない」

喜んでいるアレストを失望させたくなかったが素直に言うと「そっちじゃない」と首を横に振られた。

「眠る前のじゃなくて、起きた後のさ。リヒターの名前を1時間以上経っても忘れてないだろう?」

「……?」

「……いや、あんたは知らなくていい。くっくく……これで毎回背中を確認する必要が無くなったな。良かったぜ」

「……!?」

「おっと、こいつは隠しておくつもりだったんだが。まぁ気にしないでくれ」


「……で、あんたの名前をもう一度教えてくれよ」







〜翌日 王宮内 自室〜



「ルイス、起きていますか?」

リヒターの声が聞こえた。さっき起きたと返事をする。

「おはようございます、今日からは軍師としての任務を再開していただきます。記憶を失っているというというのに申し訳ないのですが……」

他にやることも無いだろうし、軍師として戦場に立てばなにか思い出すかもしれない。寝る前に考えたことを話すとリヒターが「そうですね……」と頷いた。

「あなたがいると私たちも心強い。もちろんサポートは致しますので、王子を……この王国を一緒に守りましょう」

「ルイス!!目が覚めたのね!」

甲高い女の声。部屋の扉を蹴破って入ってきたのは真っ赤な髪をツインテールにした細身の女性だった。

「良かったわ!私とっても心配だったのだから……!キャロリンも会いたがってるわよ!」

「アンジェ、待ちなさい。ルイスは記憶がないんですよ。昨日説明したでしょう」

「なによ。そんなこと関係ないわ。ねぇルイス、昨日アレストをお守りしたんでしょ?私も一緒にたたかいたかったわ。私、あなたの軍師の腕も剣の腕もどっちもとっても大好きなのよ。今度は私を連れて行ってちょうだい!」

ベッドに座っているルイスの腕をぎゅっと掴んで言う。アンジェと呼ばれた女性は今にもルイスに抱きつきそうだ。

「本当に心配したのだから……それで、アレストとの子は無事に妊娠できたの?あなたが妃になるのならとっても嬉しいのだけど……」

「アンジェ!!!」

リヒターの怒鳴り声に女二人が耳を塞ぐ。

「さすがに無礼ですよ。平民の出のあなたが騎士団にいるのは王子の厚意だというのに……妊娠だの、妃だのと……」

「ふん、そんなのあなただって同じじゃない。私は別にアレストのこと好きじゃないし。なにか隠してるみたいで嫌なんだもの。あの下品な笑い声も苦手よ」

「それは否定しませんが……。はぁ……人望のない王子を持つと私が苦労する……」

ぶつくさと文句を言うリヒターを尻目にアンジェがルイスに笑いかける。

「……記憶を失ったなんて辛いわよね。でもね、記憶を失ったあなたとも仲良くなれる気がするの。だってあなたはあなたじゃない?」

少々強引な気がするが、悪い人ではないようだ。ルイスはこくりと頷く。

「そうだ、リヒター。私がルイスを案内するわ。王宮内のことも一から覚えなくちゃでしょう?」

「……分かりました。たしかに歳が近い方がルイスも良いでしょう。それでいいですか?」

「うん」

「よし決まりね!まずはキャロリンに会いに行きましょう!」




〜裏庭〜


「キャロリン!ルイスが帰ってきたわよ」

……厩で真っ白なペガサスが草を食べている。キャロリンとはこのペガサスだったようだ。

「ほら、ルイスも撫でてあげて」

恐る恐るキャロリンを撫でるとくすぐったそうに頭を振られた。

「……」

「ふふふ、そうよね!キャロリンも嬉しいわよね!」

(嬉しがってるのだろうか……)





〜夜、アレストの部屋〜


「アンジェに捕まってたのか。それは災難だったな」

赤い椅子に座ったアレストが口角を上げる。

「でも楽しかった」

「それなら良かった。あいつ、俺の許嫁にしては俺の事を毛嫌いしてるからな。まぁいいが」

「許嫁!?」

「ん?あ、それも言わなきゃならないね。

はぁ……正直俺はあんたのことをそういう目で見てないから傷つくと思って黙ってたんだが……知らないのも不便か」

アンジェが王子の許嫁だったとは。しかし朝は「ルイスが妃になったら嬉しい」と言っていた気がするが。

「アンジェだけじゃない。あんたも俺の許嫁だ」

「!?!?!?」

「……というか、王宮内のほとんどの女性がそうだ」

アレストがため息をつく。

「……俺ももう28だ。早く後継を作るように毎日言われている。だから、成り上がりを企てる貴族や平民の娘が王宮に送り込まれるんだ。……楽しませてもらってはいるがな。子はまだできない」

「……」

そういうことだったのか。この王子に子がいないことを憂いている人たちが大勢いるのか。

「あんたもその1人だ。だが安心しろ。俺はあんたをそういう目で見れない。……ずっと隣でたたかってきたんだ。遊びたくても遊べる仲じゃないのさ」

眉を下げて足を組み直すアレストを見て、ルイスは少し意外だと思った。

「俺からしたら子のことなんてどうでもいいのさ。あ、他のやつには言うなよ。最悪ころされかねない。なんてな」



「……そんなことより、明日はまた賊討伐らしいぜ。依頼が来たんだと。俺も同行したいところだが……あいにく王宮内から出られなくてな。軍師サンに任せるぜ。大丈夫だ、リヒターやアンジェもいるからな。……でも、死ぬなよ」





〜翌日、近隣の村〜


アンジェ「ルイス!あぁ、またあなたと一緒にたたかえるなんて夢のようだわ!私はこのキャロリン……ペガサスに乗って弓を打つの。華麗に撃破してみせるから指示をお願いね」

リヒター「ペガサスは弓に狙われます。敵の弓兵には気をつけてください。私は斧を使いますが、攻撃よりも防御を得意とします。的確な指示をよろしくお願いします」


【勝利条件・敵将の撃破】

【敗北条件・味方の全滅】



〜戦闘終了〜


アンジェがルイスに抱きつく。

「やったわ!記憶を失ってもあなたはあなたね。無事でよかった」

「アンジェも無事でよかった」

「当然よ。あなたの言う通りにすればいつも上手くいくもの!」

「……お取り込み中失礼。軍師殿、久しぶりだな。メルヴィルだ」

2人に声をかけたのは長身で長髪の男性だった。深緑の髪をポニーテールにしている。

「メル!あなた今までどこに……」

「うるさい、アンジェ。向こうの村でも賊が出ていたんだ。お前らと合流する前に見つけて討伐してきた」

1人でだろうか。驚いているとアンジェが眉を寄せる。

「あなたねぇ……ほんと、いつか死ぬわよ」

「俺は死なん。そのために毎日剣の腕を磨いている。軍師殿、もう体調はいいのか?あの輩になにか妙なことをされたのではないだろうな」

メルヴィルの鋭い目がルイスを睨む。輩とはまさかアレストのことだろうか。

「何もされていない」

「……ふん、あいつは昔から何を考えているか分からん。お前になにかあったら俺の訓練相手が1人いなくなる。それは惜しい」

(なんだそれは……)

この男は剣のことしか頭にないのだろうか。アレストといい、この国には顔は整っているのにどこか残念な男が多いのかもしれない。

「ルイス、アンジェ!帰還の準備ができました。メルヴィル。あなたも来ていたのですか」

「リヒター……!」

メルヴィルが後ずさった直後、リヒターの手がメルヴィルの腕をガシッと掴んだ。

「今日は逃がしませんよ。騎士団の一員だというのにいつもいつも別行動をして……アレストぼっちゃんですか、あなたは」

「俺をあんなボンクラ王子と同じにするな!くっそ、離せ……!」

「離しません。王宮まで来ていただきます。観念なさい」

連れていかれるメルヴィルを見ながらアンジェがため息をつく。

「メル、ああ見えて名門貴族の嫡子なのよ。代々直接国王に使えているようなね。でも本人があれだから……騎士団に入ったのだって親に猛反対されたらしいわ。何かあったら一族の血が途切れるって。早く後継を作れば自由になれるでしょうに。……メルは一緒にされたくないらしいけど、アレストとよく似てるわよね。そういうところ」

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