第25話

〜昼 ストワード王国 王宮〜

「シャフマ騎士団の皆、改めて協力ありがとう」

「ストワードも砂の賊の被害は収まらんのか」

メルヴィルがアントワーヌに言う。アントワーヌは神妙な顔をして頷く。

「あんたも苦労しているみたいだねェ……」

「ボクもアレストや君たちと同じ気持ちだ。罪のない民の命を奪う行為は許されない。早くなんとかしなければな!」

「そのために何か話があるんだろ?国王サン」

アレストがアントワーヌに小声で切り出す。アントワーヌはこくりと頷き、奥の部屋に目配せをした。

「実はとても良い紅茶を仕入れたのだ。アレスト、シャフマ王国騎士団の皆もどうだ?」

「おっと、ありがたいね。丁度喉が乾いていたところだぜ。さ、軍師サンも行こうか」

アントワーヌとアレストが部屋の見張りをしているストワード騎士団に聞こえるように言う。

アレストがルイスの背中に手を回す。ルイスの隣にいたアンジェがそれを引っぱたく。ビックリしたアレストが痛みに手を引くと、アンジェがルイスの手を握って「行きましょ!」と笑った。

「ギャハハ!!!あんた本当に軍師サンが好きだねェ!」

「汚い手でルイスに触らないで!」

元気に言い合いながらアントワーヌに着いて行く。



〜アントワーヌの部屋〜


「狭くてすまない」

「いやいや、全員入れそうだぜ」

「チッ……おいボンクラ、もっと奥に入れ」

「ギャハハ!悪いね!!胸と尻が大きくて場所取っちまって」

「ぐっ……暑い!向こうに行け。クソ、寄るな!ベノワットもだ、狭い」

「すまないメルヴィル、これでも装備は外したんだが」

「ベノワットもでかいからねェ!メルヴィル、あんた押しつぶされちまうんじゃないか?ギャハハ!ヤバ!!」

「チッ……黙れ」

幼なじみ男3人が並んで座っている。アンジェとルイスはくすくす笑った。

「シャフマ王国の騎士団の皆さんは仲が良いのですね……」

細く綺麗な声がして振り返ると、扉の前に白いワンピースを着たレモーネが微笑んでいた。

「レモーネ、本当に体調は大丈夫なのか?」

アレストの前に座っているアントワーヌが心配そうに聞く。レモーネは頷いてアントワーヌの横に座った。

「大丈夫です。今日は落ち着いていますから……」

「それなら良かった。む、これで全員揃ったな。リヒター殿はそこで良いのか?」

「えぇ、聞きながら見張りをしています」

「それはありがたい。……それでは始めようか。お茶会を」

アントワーヌが机の上にクッキーを置き、レモーネが皆のコップに紅茶を注ぐ。

「極秘のお茶会だ。決して他言しないように頼む」




「今、シャフマの一部貴族が王族を乗っ取ろうとしているように、ストワードでも王族を打倒してシャフマの大陸統一に協力しようとしている者たちがいる」

(ストワードでも!!)

ルイスが驚く。

「フートテチでも一部そういう動きがあるらしいな。2年前から病気で動けなかった国王が3か月前に亡くなり、若い王子が国王に変わったことで不安定になっている」

アレストが言うとアントワーヌが頷いた。

「フートテチの国王は腕は確かだが、不幸なことにシャフマとストワードの政変の最中に即位したのだ。ボクたちはトルーズク大陸全体が不安定な時期の王族、立場は同じなのだ」

「あぁ。どうにか協力したいもんだぜ」

「ボクから打診はしているのだが、フートテチは昔から中立を貫いて来たからな……なかなか動けないのだろう」

「まだ3ヶ月だろう?焦るなって」

アレストがフォローする。しかしアントワーヌは首を横に振った。

「君がいるうちになんとかせねば……」

(あ……!)

アントワーヌは砂時計のことを知っている。アレストが言っていたことを思い出す。

「まだ大丈夫さ」

「……いや、アレスト。時間が惜しいのだ。砂時計の話をしよう。……レモーネ」

レモーネが古い紙を机の上に出す。

「ん?なんだこれ。読めないな。今の字じゃないねェ」

アレストが覗き込む。

「はい。これは、800年前までツザール村で使われていた文字です……」

「800年前のツザール村?」

(ツザール村?)

ルイスは聞いたことの無い村だ。ストワードの地名だろうか。

「ツザール村はシャフマ王国の一番西にある村で、砂時計が創られた場所だという」

(アレストの砂時計が創られた場所……)

アレストの背中にあった真っ赤な模様を思い出す。

「その情報はシャフマ王国の貴族からストワードで反乱を起こしシャフマ王国に協力しようとしている貴族に持ち込まれたものだ。そしてそのとき、この紙も渡されたのだ。しかし、彼らはここに何が書いてあるか分からなかった。古代の文字だということは予想がつくが、古代の文字、しかも、辺境のツザール村の……なんて、読める人の方が珍しいだろう?」

「そうだな」

「しかし奇跡が起きたのだ」

「奇跡?」

「偶然ストワード王宮にこの文字を読める方がお越しになったのです……」

「「「!!!」」」

レモーネの言葉に皆が驚く。

「実はツザール村の踊り子とその付き添い人がボクに踊りを見せたいと言ってきてな。ぜひ国王に見て欲しい。砂時計は素晴らしいものだから、と」

「………」

(砂時計を創った人の子孫も、砂時計を崇拝しているのか)

むしろ創ったからこそ、なのかもしれない。

「アントワーヌ様と私は踊り子の踊りを見ました……本当に素晴らしかったです。でも……」

「その踊り子は貴族たちに砂時計のことで質問責めにあっていたのだ。ボクは確信した。本当は踊り子が踊りを見せるためではなく、貴族が砂時計の創り方を聞くためにツザール村の人間を王宮に呼んだのだと……。本当は、踊り子の意思ではないのだと……」

砂時計に振り回される踊り子。ルイスは自分とその子を重ねて、生活環境は違いそうだが境遇は似ているかもしれないと思った。

「かわいそうだねェ……踊り子サンは利用されていたのか」

「あぁ。しかし、その踊り子は砂時計のことを聞かれても『知らない』。古代文字も『読めない』と言っていたのだ」

「ふふふ、ざまぁみろだねェ」

アレストがニヤニヤ笑う。

「ボクもほっとしたのだ。その子はまだ少年のように見えたし、綺麗な目をしていたからな。利用されるのは気の毒だ」

「でも、踊り子の少年は……」

「あぁ、貴族に教えなかったことをボクとレモーネにこっそり教えてくれたのだ」

「え?」

「『あんたら、あいつらと敵対してるんだろ?俺はあんたらの味方をしたい。もう砂時計なんていらないと思ってる。だから……



砂時計を壊してくれ。』



……少年はそう言って、この紙に書かれていることを教えてくれたのだ」


(砂時計を壊す……)

アレストや自分たちと同じ思いの少年がいる。ルイスは一筋の光を感じた。

「書いてあったことですが……。

『剣を探せ。砂時計は剣で壊れる。上部のみを破壊できる剣があれば、かけられた呪いは消える。』」

「上部のみを破壊できる剣!?!?」

アレストが立ち上がって紅茶をこぼす。

「な、なんだそれは!まさに理想じゃないか!」

「……たしかに、犠牲は最小限に抑えられるだろうな」

「それを使えば、砂時計は安全に壊れるんだな!?」

「あぁ、はじめからなかったことになる」

「アントワーヌさん!よくやってくれた!それさえあれば、あの貴族たちを出し抜けるぜ!いや、シャフマに終止符を打てる!ギャハハ!!ギャハハ!!!」

アレストが腕を広げて心底嬉しそうに笑う。

「……ふうっ……じゃあ俺たちはツザール村に行けばいいんだな?そこでその踊り子に剣の詳しい話を聞く、と」

「そうだ。ボクも聞き出そうとしたのだが、これ以上は所有者本人と話をしたいと言っていた。さすがに場所までは教えてくれなかったな」

「ま、踊り子サンも用心深い方がありがたいさ」

「そうだな。踊り子にはボクから『所有者にこれを持たせる』と伝えておいた。このランプだ。もともとツザール村にあったものだが、砂時計を存続させるためにツザール村の使者たちがストワードに送って協力を仰いだらしい」

そのランプを見てアレストが驚く。

「あ……それってたしか」

ルイスも見たことがあった。ストワード王宮を襲撃した第二王子、スタンが大切にしていたランプだ。

「ん?どうかしたか?」

アントワーヌは知らないようだ。

「いや……なんでもないさ。これが証明になるんだな?」

「世界に一つしかない品だ。ツザール村の踊り子によろしく頼む」

「あぁ、分かった。で、名前は?まぁ俺はすぐに忘れちまうが」

「名前はロヴェールだ。ツザール村で唯一の踊り子だからすぐに見つかるはずだ」





ルイスたちはアントワーヌに礼を言って部屋から出る。

「リヒター殿、少しいいか?」

アントワーヌがリヒターに声をかける。

「はい、何ですか?」


「あー、腹減ったぜ」

「アレスト、さっき私とルイスの分までクッキーを食べていたじゃない!」

「あんなんじゃ腹は膨れないさ。俺は肉が食べたいねェ」

「俺も食べたい。ベーコンエッグが良い」

「ベーコンエッグか。いいな。俺も欲しくなってきた。今日は王宮に泊まれると聞いた。リヒターさんがバイキングを予約してくれたから好きな物を食べよう」

「くっくく……食い放題ってわけか」

「ちょっとアレスト、あんたちゃんと野菜も食べなさいよ!メルを見習いなさい!」

「メルヴィルはウサギだからねェ」

「は?どこがだ」

「ギャハハ!!その膨れっ面とか、まさに膨らんだウサギそのものだろう!!ギャハハ!!似てる!似てる!」

「たしかに似てるかも」

「ぬっ……!?ルイスまで何を!ええい、笑うな!!」

「ふふ、メルかわいいわね!」

「かわいくなどないっ!」


「……アレストは仲間たちに慕われているのだな」

「そうですね。困った人ですが」

「ははは!そこも含めて彼なのだろうな」

アントワーヌが楽しそうに笑った。しかしすぐに目線を落とす。

「……リヒター殿、あの剣はたしかに砂時計を壊す物だ。だが……」

「……」

「砂時計を壊すなど、当然だが前例がない。剣を使った所有者がどうなるかは分からないのだ」

「そう、ですね」

「大陸が洪水にならないための剣。それだけしか今は分からないのだ」

命の保証があるかは分からない。その言葉にリヒターの目が泳ぐ。

「すまない。ボクには伝える勇気がなかったのだ……」

「ぼっちゃんに言っても、きっと『理想的だ』と言います。先程と変わらず、大声で笑って喜びます」

「……そうだろうな。だからこそ、言えなかったのだ」

アントワーヌが呟く。

「彼は……自分のことが一番好きなように見えるのに、何故か自己犠牲を怖がらない。何故だ?ボクは自分が死ぬかもしれないと知ったら逃げ回ってしまう……」

「ぼっちゃんは」

リヒターの視線の先には小さくなっていくアレストたちの背中が。

「自分が死ぬのを怖がります。しかし、それ以上に仲間が死ぬのを怖がります」

ルイスが倒れたとき、ベノワットが砂に取り込まれかけたとき、アレストは恐怖を抑えて必死に救おうとした。

「ぼっちゃんにとっては自分よりも仲間が大切なんです」

「そうか、理想的な王なのだな」

「……シャフマにとっては理想的ではありません」

シャフマ王国の王子はその身体に砂時計を宿している。だから仲間がどれだけ死のうとも焦燥せずに地に足をつけていなければならない。戦闘時だって、砂時計が割れないように前線に出てはいけない。それなのに仲間が死ぬよりも自分が死ぬ方がいいと考え、反動を受けながら前線で魔法を使う。

「……」

アントワーヌはアレストのたたかう姿を思い出していた。

「全く、本当に困った王子様ですよ」


そう言うリヒターの声は少し弾んでいた。




〜朝 ストワード王宮近郊の村〜


ベノワット「ルイス!前方に怪物がいる!数は少ないが村を襲おうとしていて危険だ!」

メルヴィル「チッ……出発早々か。すぐに討伐するぞ、ルイス」

ルイス「うん!行こう!!」


【戦闘】

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