第42話

「……しかしあんたとの付き合いも長いよな」

アレストが酒を一口飲む。

「俺が28歳の時に来たから、もうすぐ2年になるねェ……」

(あれからもうすぐ2年か)

ルイスがアレストの部屋で目を開けてから2年。半年間は眠っていたから1年半は一緒にいることになる。

(アレストだけじゃなくて、リヒターたちとも……)

記憶を失って自分が何者なのか分からなくなったルイスを支えてくれたのはシャフマ王宮騎士団の皆だった。

「あんたに会った時のことがよく思い出せないんだが……リヒターが連れてきたんだったよな?」

「……!」

アレストは忘れてしまっている。自分との出会いを。

「悪い、間違っていたら言ってくれ。記憶がおかしい自覚はあるんだ……」

「……ううん。それで合ってる」

相棒と軍師サンは別の人物。それでいいじゃないか。

ルイスは無理やり笑顔を作って酒を飲んだ。

「今まで俺に付き合ってくれてありがとう」

アレストが唐突に言って頭を下げた。ターバンがずり落ちて表情を隠す。

「あんたがいたからここまで来られた。……これからは自由に生きてくれ。王宮なんて狭苦しい物に囚われて大変だっただろう?」

「大変だと思ったことは無いよ」

「……そうか、ふふふ、あんたも物好きだねェ」

ターバンを右手で持ち上げたアレストは嬉しそうに笑っていた。

「……ありがとう。軍師サン」

呟いて、ごくりと酒を飲む。


「そうだ、あんたに頼みがあるんだ」

「頼み?」

夜は長い、一旦外に出て今度は賭博でもしようかと行ったアレストに着いていく。しかしアレストは立ち止まって建物の影に隠れ、ルイスを手招きして切り出した。

「2つさ。聞いてくれるか?」

変装しているが、王子の顔つきになっているアレストにドキリとする。頷くと、少し表情が和らいだ。

「1つは……例の剣のことだ。あの剣は使われたことがない。だから、何が起こるか分からない。呪いを割れないかもしれない……そしたら俺の中の呪いは消えるが、外の呪いは消えない……。つまり、敵側が時計を量産することが物理的に可能になる。今までは敵側が創り方が分からなかったから砂の賊や怪物……なりそこないしか生まれなかったが、これからは本格的に創るようになるだろう」

アレストの顔に影が差した。

「そのときは、また……たたかってくれ。俺たちと」

「……」

「……俺が俺じゃなくなっても、だ。そのときは記憶のないただの人間になって居るだろうが。たたかう理由を理解出来なくなっていても、たたかうのが嫌だと言っても、あんたが俺を連れ出してシャフマを壊してくれ」

頼む。

アレストが深々と頭を下げた。

「シャフマを壊すのは、俺だから」

アレストにはそこまで責任はないのではないだろうか、言おうと思ったが、言えなかった。

「もし剣が機能せずに1000年目を迎えて砂時計が俺の中から消え、俺の自我がリセットされても……俺が死ぬまではシャフマ王国が存在する。だから、俺が終わらせないといけない」

アレストが拳を握る。

「……分かった」

覚悟が伝わってくる。万が一これで終わらなかったときのシャフマのことまでアレストは考えていたのだ。

「もう1つは?」

「あぁ……ええと……」

アレストの目が泳ぐ。言い難いことなのだろうか。

「少し気恥しいことなんだが……」

アレストが長い前髪をくるくると弄る。

「……相棒のことを、覚えていて欲しいのさ。これも剣が機能しなかった場合のことなんだが、俺がリセットされた後に相棒が現れても分からないだろう?だから……相棒にもう一度会った時はあんたが教えて欲しい。……俺はもうあいつの顔も名前も思い出せないが、従者サンに聞けば分かるはずだから」

そんなに大切な存在なのか。

「きっと今だってあいつはたたかってる。平和になったらきっとまた会えるはずなんだ。そのときはもう俺の記憶は完全にないから……あんたが覚えてくれれば、頼もしいだろ?相棒に会えたらあんたのことも紹介してやるぜ。あ、だが……あんたのことも忘れちまうのか。まぁ……いいや、とにかく覚えていてくれよ」

平和になったら相棒に会える。アレストは嬉しそうに笑った。

「あんたが覚えていてくれれば、相棒に会える」

アレストがルイスの手を握る。

(相棒は……もう……)

前にアレストは相棒がしんだから夢でしか会えないと言っていた。本当はその記憶が正しいはずなのに。

アレストの記憶はメルヴィルが砂時計の所有者にされかけたときから極端におかしくなっている。あのとき、敵側に何かされたのだろうか。

(それとも、砂時計の『創り方』を見たから?)

アレストは砂時計の創り方を知っていた。相棒が砂時計のことを教えてくれた。そして何よりも砂時計が落ちた時、所有者はしぬのではなくて『自我を失う』『記憶をリセットされる』。

(まさか!)

顔と名前が覚えられないアレストは人を自我で見分けている。『相棒』と『軍師サン』は完全に自我が分かれてしまった。その理由は、


「アレスト……あなた、もしかして……!」


ルイスが目を見開いてアレストの肩を掴んだときだった。


鈍い衝撃波が二人を襲った。咄嗟にアレストがルイスを抱きしめて受け身を取り、砂の上に転がる。激しい砂埃が上がった。

「うぐっ……げほっ、だ、大丈夫か?軍師サン」

「私は、大丈夫……アレストは?」

「大丈夫だぜ」

「良かった。ありがとう」

「しかし何だ?こんな夜に……」

アレストが立ち上がる。先程の酒場の方の道で人の声と武器の交わる音が聞こえた。

「喧嘩か?魔法弾が飛んできたのか。迷惑な話だぜ」

アレストがため息をつく。

「……!?アンジェがいる!」

ルイスがペガサスに乗って弓を放つアンジェを見つける。

「なっ……あいつらがたたかっているということは砂の賊か!軍師サン!合流するぜ!!」


2人が走ってアンジェたちと合流する。馬に乗ったベノワットが2人を見てホッと息をついた。

「メルヴィル!アンジェ!

アレストとルイスが合流した!」

「良かったわ!2人とも、砂の賊と怪物が現れたから一緒にたたかって!」

「分かった」

ルイスが頷いて剣を抜く。

「ん?従者サンはどこだ?」

アレストが辺りを見回す。いつもは前線で盾を持ち指示を出しているリヒターの姿が見えない。

「……チッ!今はいいから攻撃しろ!ボンクラ!!敵が来る!」



【戦闘開始】

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