C-7「狂人VSカマキリ」
俺を殺した奴がこの向こうに。
そう思うたび気が狂いそうな興奮を覚えた。
復讐を、復讐を、復讐を……
いったいどんなヤツだ! とっちめってやる。
大きなドアにぶち当たった。上の方に「イベントホール」と書かれてある。扉は開かない。鍵がかかっている!
「開けてくれ!かおりを殺した奴はいるか! なあ開けてくれ!」
我を忘れてひたすらドアを叩き続けたからだろう。近くにあった観葉植物を持ち上げ、ドアに叩きつけている時、鍵が外された。
「おめえは誰――」
返答をする間も無く、観葉植物は殺し屋の脳天に直撃した。男はバッタリ倒れた。
「お前がかおりを殺したのか?」
男は意識を失っている。思わず舌打ちが出る。これではわからないじゃないか。でも男だったことは覚えている。DMで彼女が言っていた。他には……?
「小僧! 何をする?」
銃撃が観葉植物の鉢に突き刺さる。見ると他にも殺し屋がいるようだ。草で見えないが。足は音のする方へと走りだした。
「な、あたしゃ銃を持っているんだよ!」
女は違う! 女に向かって観葉植物を投げつけた。女は下敷きになった。
イベントホールには机が円を描くような形になっている。向こう側にもう一人殺し屋がいる。両者銃を構えて向き合う。
「調子に乗りやがって、クソデスゲーマー!」
その顔はカマキリそっくりだった。
「お前がかおりを殺したのか?」
「あ? 何言ってんだ?」
カマキリみたいな顔をした男は眉間にしわを寄せた。
「かおりだよ! わかるだろ!」
「知らねえよ、殺し屋は依頼を受けてターゲットを殺害するんだ。誰を殺すのかぐらい把握してる。名前ぐらい覚えるしな。だから俺じゃねえ」
そうか、かおりは不意に撃たれたから。
「2年前、呂上市。そこで俺より小さいボブカットの女子が殺されたんだ、殺し屋に」
「呂上市か……」
カマキリは空気のある1点を見ているように見えた。
「確かにおれはそこに参加した。あれは素晴らしい作戦だった。デスゲーマーの多くを葬り去れたからな」
「その流れで殺したんだろう」
「ちょっと待ってくれ、落ち着け」
カマキリは頬を激しく掻いた。
「オメーはちょっと気の早いところがあるぞ。殺し屋はターゲットしか基本狙わねえ」
「デスゲーマーのまねごとか?」
「あ? むしろデスゲーマーがパクったんだぞそのスタイル」
「デスゲーマーが後……?」
そんなバカな。
「そいつは多分巻き込まれたんだろ。ターゲットのことは覚えてもそこにいた一般人のことまでは覚えてねえぞ。ま、関係の無いことだが」
「関係あるだろ! 殺し屋が殺したに決まってる」
「おれたちのエイムがバカみてーに狂ってるとでも思ってるのか?」
「でも薫が言ってた!」
「なんだソイツ、弱そうな名前だな」
「彼女を侮辱するな!」
一発撃ち込んだ。彼は避けることも無くそこに立っていた。そしてにやけていた。
「へっへっへっ。この魔改造防弾チョッキを見くびるなよ」
そんな、銃弾が効かないのか。冷や汗がダラリと垂れてくる。
「なんだかおめー、デスゲーマーにしてはビビってないか? ほら手が震えてるぞ」
「こ、これは……」
自分の手を見た。余計に震えそうな気がしてカマキリをにらみつけた。
「どんな事情だなんだか知らねえが、こちらにも正義ってもんがあるんだよ、とっとと消え失せろ!」
しゃがみこんで弾を交わした。机の裏に隠れる。
「へっへっへ。そんなところに隠れてどうするんだよ。やっぱおめえ素人だな、デスゲーマーは殺しだけでなく、仕事自体も人にやらせるのか」
直接手を下さないからいい? それは初め自分が抱えていた疑問であった。ずっと閉ざしていた蓋を開かれ、大切な宝箱を荒らされたような瞬間だった。内臓という内臓が一気に膨張し始め、血管という血管の全てから血液が飛び出すかのようなものすごい衝動が沸き上がってきた。お前、お前……!
「あああああああ」
机から斜めに飛び出して辺り一面に銃弾を放ち続けた。もうどうにもなっていい。
「へっへっへ! 無駄だ、無駄だ! へっへっへ!」
「俺はかおりのために! 彼女の無念を晴らすために! 殺し屋を一掃するんだ!」
カマキリはどれだけ銃弾が当たっても平気そうだった。それでもかまわなかった。
「そうすれば、俺は解放される!」
弾切れだ。それと同時に一発カマキリの弾が腰に直撃した。なすすべもなく体はくずれ落ちた。
「へっへっへ! 誰かのために誰かを殺す? それ、殺し屋じゃねえか!」
ハッとなった。心臓までもが止まったと思うくらい、全ての乱れた思考が止まった。俺は殺し屋と同じことをしようとしているのか? 間髪入れずにカマキリは、
「そうだよ、かおりとかいう子を殺しちまったのは俺だよ! 若い女が倒れた姿を見たからな。おめーはその彼氏か? その時はちょっと申し訳ねえと思ったけどな、その彼氏が
と言ってこちらの様子を見ようとニタリ顔で近づいてきた。そんなわけない、そんなわけない……。
「よ、よくない……。彼女は俺をバカっぽい俺を好きになってくれてたんだから」
そう言う声はとてもか細かった。
「高校生の恋愛だろ? どうせ1年もつかどうかってのにお前重すぎるだろ」
「重くない……重くない……」
「もういいや、めんどくせえ。誰かのために誰かを殺すのがお前の正義ならおれは殺し屋の未来のためにお前を殺そう。いいだろ?」
「違う、違う……」
頭を抱えてなんとか思考を整えようとする。殺し屋を倒すために今までやってきたことは殺し屋がやることだったのか? じゃあ殺し屋とデスゲーマーは何が違うんだ? 薫はなんと言っていたか、悪人をデスゲームにぶち込む? 悪人は誰なんだ? 殺し屋が悪ならデスゲーマーも悪、ということは? 悪人が悪人を捕まえている? 誰が正義なんだ? 何が正義なんだ? 渉の言葉が頭に浮かんだ。歪んだ正義。 歪んだ正義って……? 駄目だ。
「うわあああああ!」
「ヤバ、こいつ発狂しだしたぞ!」
カマキリが狂人を見る目をした。狂人! 俺は狂っているのか? ここまでやってきたことで俺は狂ったのか? 俺は活気のある自分を手に入れるどころかその逆になってしまったのか? 誰からも受け入れない自分? いや、俺にはここまでやってきた仲間がいるじゃないか。誰からも俺をそんな目で見たやつはいなかったぞ! じゃあ何だ、俺は間違ってないじゃないか……?
鼓動が早くなってきた。そして一つの解にたどり着いた。
やはりコイツを殺さねばならん。コイツが全ての元凶じゃないか! コイツがいなければ、かおるも生きているし引っ越しもしていないだろうし何もかも無駄に感じる人間にはならなかったはずだ!
「お前のせい……」
「ハア?」
カマキリは気迫に押されているようだった。何かテロ事件に巻き込まれた群衆を代表するような表情を浮かべている。
その時だった。大きな爆破音、上からだ。大きく船体が揺れる。床に体が叩きつけられる。視界が上に向くと、シャンデリアが落ちていくのが見えた。ガラスの割れる音。男がうめく音。まさか。
匍匐前進で進み、壁のようになっている机をよじ登ると、目の前にはシャンデリアに下半身をつぶされた男の姿があった。男は全てを絶望したかのような面持ちでこちらをちらっと見た。するとふつふつと怒りの念が沸いてきた。
足りない。裁きを下さねば。
俺は胸のポケットに入っているものを確認し、滑り落ちるように男の元に近づいていった。その姿はまさしく蛇だった。
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