A-16「エタる Hn データ、たわい②」
「いや、さっき泣いてたじゃん」
「あれは悔し涙、何を言われてもあの女には力でも口論でも勝てないし、憎んでるしでも怖いし、その悔し涙」
「でもつらそうだった。かわいそうだったよ」
「デスゲーマーにはそんな感情ありません」
彼女は起き上がって俺を見つめた。無表情を装っているが、目の奥が揺れている。残念ながら彼女は口論モードになってしまっている。ただこちらも相手の主張をすんなり受け入れる気はなかった。
「ないなんてことないだろう? 同じ人間じゃないか」
「人間にもいろんなタイプがいるんです。私はいつでも死んでいいと思ってる。生きるか死ぬかの仕事をしているんだから」
「本当にそう思ってる? そう思わされてない?」
「違う! 違う! 違う!」
彼女は頭を振り回した。髪が乱れて妖怪のようだ。
「俺は自分が無力でどうしようも無い人間だって思ってた。でも君が諦めんなって言ったじゃないか? なのに自分の人生はどうでもいいの?」
「何が言いたいの? 自分のことは自分が一番わかってる! 私は命を懸けてこの仕事をやってる! 生まれた時からそういう教育を受けている! 私はそれをよしと思って生きてる! 悪人が殺し合って死んでいく姿が楽しくて仕方が無いんだ!」
「でも今君は泣いてる!」
彼女は泣いていた。目から涙が頬を伝って流れている。彼女自身も今言われて息を詰まらせた。
「君は友達がいない!」
言ってしまった。
「当然恋人もいない。毎日カモフラージュのための学校、仕事これだけで毎日が過ぎていく、あの部屋からは趣味も見当たらない」
彼女は涙もぬぐわずに固まっている。目の前の情報を全て拒否している。
「本当にこの生活が楽しい? 常に死と関わる仕事ばっかり。何のために生きてる? 死ぬために生きてるのか? 俺たちまだ今年で19だ。軌道を変えることはいくらでもできる、本当は――」
一旦言葉を飲み込む。いや、これは言わなきゃいけない。
「友達が欲しいんじゃないか?」
彼女はギクッとした。確実に動揺を隠せなかった。彼女の内なる心は完全に灰色に染まりきってはいない。
「なあ、薫」
彼女が眉間にしわを寄せた。
「友達にならないか? そしてターゲットを捕まえたらデスゲーマーを辞めてもっと楽しい事しないか?」
彼女はどうしたらいいのかわからないと言った感じで視線を動かしていたがやがて、
「無理」
と言った。
「どうして?」
「まずデスゲーマーを辞めるのは無理。一応日常生活に溶け込むために大学にも通ってるけどあくまでもデスゲーマーと悟られないため」
さっき俺が言ったことじゃないか。
「あと私は友達は作らない。仕事の邪魔になる関係は作らない、あんたは私の使い勝手のいい犬としか見てないからね。言っとくけど」
嘘だ。
「あと下の名前で呼ぶな。気持ちが悪い」
彼女は立ち上がった。
「やっぱり私たち似合わないよ。あの上司の言ってたこと通りかも」
「何言ってんだ? この期に及んでもそんな態度とるのか?」
「あんたこそいちいち人の弱みにつけこもうとするなよ、偉そうに」
「弱みだって自覚してんじゃねえかよ!」
強打。彼女の右ストレートが俺の左頬に直撃した。
「初めて会ったときはそんな口答えしなかったくせに生意気な……。もう限界、私の頭の中に入ってこようとすんな! ……明日からは任務は別々にやる。あと……二度と目の前に姿を現すな。以上」
左頬をさすりながら彼女のぐちゃぐちゃになった顔を見る。目だけはなんとかにらみを維持しようとしているみたいだった。残念ながら俺はもうこれ以上踏み込むことはできない。少しやりすぎてしまったのだ。もうどうにもならない。いつもの諦めスイッチが入る。
「じゃあいいよ、それで」
「なんだそれ。自分には任務はできないとか言ってたくせに」
「うん、いいよ」
煽りにまったく動じない俺を見て歯ぎしりをしながら彼女は壁の穴の方に向かって歩き出した。その背中に向かって俺は、
「薫! 待ってるから」
と呼びかけた。彼女はぴくんと肩を震わせたが、
「キショッ」
と言っただけで穴を通り抜けていった。向こう側から何かで塞いだのだろう。物音がした。
後には未だ解かれないままになっている暗号と立ち尽くす俺だけが残った。
その夜、隣からわずかに聞こえてくるすすり泣く声のせいで眠れなかった。
翌日、俺は大講義室にいた。隣には九堂渉がいる。
「なあ、最近謎解きにハマってんだけどさあ」
「うん? 謎解き? オレも好きだけど、どーした?」
渉はどうあがいても面白い投稿が見つからないSNSを探索するのを諦めてこちらを向いた。
「これがわからないんだよね」
「うん? なんだこれ?」
もちろん謎解きの問題は昨日の暗号だ。スマホのメモ帳に書いた。
「これどこの問題?」
「さあどっかのサイトだったか本だったかなんだったか……」
渉が俺のスマホをのぞきこんだ。必死で考えている。思わず首をひっこめる。リングは見えてはいないはず。さらにカメラはついていなさそうだから直接言及しなければなんとかなるはずだ……。多分。
「あーこれは、そうかわかったぞ!ターゲットは……」
「あーえーえーあー」
「どうした? 急に叫びだして」
渉は狂信者を見る目をした。
「いうほど叫んでないと思うんだけど、でどうやってやった?」
「それはだな」
渉がニヤニヤし始めた。
「タをゲットするのです」
「タをゲット? どういうこと?」
「そのままの意味だぜ」
「え? どういうこと?」
俺がチンプンカンプンになっているところに教授が姿を現してしまったため、授業中ずっとそのことを考え続けることになった。彼女がこの空間にいないことを確かめる以外は。
「もしかして正解は」
俺は慎重に口パクで「レディー?」と聞いた。
彼はこれまで以上ににっこりして、
「正解、レデ」
なんて言うもんだから再び雄たけびを上げる羽目になった。渉は少し後ずさりした。
「信、お前……大丈夫か?」
そんな渉の視線には目もくれず考えた。ターゲットはレディー。これはとんでもない情報だ。殺し屋と聞くだけでどうしても大柄の黒服のオジサンを思い浮かべてしまいがちだが、殺し屋は女だ。するとどんな感じだ。あのデスゲーマー二人みたいな感じか?
そんなことを考えながら授業後の廊下を歩いていたが、彼も何か考えていたらしい。
「なあ、その問題ってどこから出てるんだっけ?」
と興味しんしんな顔で言った。
「あ……そうだな……確かあれ、もしかしたらバイトの先輩から出されたものなんじゃないかな」
「へえ? そうなんだ」
結構見え見えな嘘をついたつもりだが、彼は
「じゃあまた問題もらってきてよ。わかんなかったらオレ解くぜ」
とだけ言った。
「あ……そう」
「なんだよ、さっきからお前おかしいぞ」
「そうかな?」
そうやって覗き込まれるとリングが見えていないか不安になる。
「わかった。またもらってくるよ」
「イエーイ!」
序盤はあんまりだったが、なんとか俺たちは打ち解けてきている。例の彼女との関係が冷え切った今こうやって一緒に過ごす友達がいるというのはやっぱりいいと思う。だからこそつらそうな顔をした彼女をなんとかしてやりたいと思ってしまうんだ。
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