A-17「○○ル捕獲作戦①」
夜、今公園にいる。ちょうどアパートを見上げることができる、いつもの公園だ。遊びにきたわけじゃない。誰もいないからブランコに乗ってるからって別にそういうわけじゃない。
ああ……懐かしい……
ついついブランコをこいでしまった。こんなことで幸せを感じることができていたなんてな……。今俺は幸せ?
真っ先に頭の中に思い浮かぶのは元カノ、次に薫……。下の名前で呼ぶようにしたのは三上先輩をはじめとして大学の先輩たちが親しく相手の下の名前を呼んでいたりするからだ。友達になろうぜと言っているのに苗字にさん付けはおかしいし。下の名前の方が親密になれそうな気がするのだ。
そういえば彼女の姿をしばらく見ていない。当然壁の穴は塞がれたままだし、(その状態が本来は正しいのだが)物音もしない。まさか狂って死んだ? そんなバカな。
SNSを見てみる。彼女からはブロックされている。どうすることもできない。押しかけたら? 押しかけてももう何にもならない。
アパートの2階部分を見てみる。特に変わった様子は無い。ここに来たのは夕方。住人が帰ってくる様子を見て殺し屋っぽいかどうか判断するのだ。これまで腕を骨折しているという赤石さんとお隣ですでに声も聞いたことがある松井さんは殺し屋をやっているとは感じなかったので除外とする。ただ、それにしても誰も帰ってこないとなるとこの待機時間はちょっとつらい。アパートには夜勤と思しき人もたくさんいるので必ず帰ってくる姿が見れるとは限らない、しかしこれくらいしか探る方法が無い。突然訪問するわけにはいかないし。
女の人……来ないかな……?
来た、ゆっくりゆっくり歩いてきている。三上先輩と同じもじゃもじゃ頭、大変疲れた様子だ。私服で肩にはバッグを下げている。歳はいくつだろうか? 30代後半?
その人はアパートのらせん階段を上がっていき、302号室に入っていった。
ということはあの人は舘ノ内さんだ。あの人がもし殺し屋なら相当な大仕事を今日はしてきたことになる。悪い人そうには見えなかったけどな……。
メシを食っていない。腹が鳴る。瞼が落ちる。早く帰ってきてくれ。夜に電気がつく部屋で残すところはあと二人。101号室の秋田さんと軽澤さんだ。
お、来た。若い女性だ。スマホを見ながら歩いている。スーツを着ているから秋田さんだろうか。寝坊の。それになんだかニヤついている。
案の定彼女は101号室に入っていった。
もし彼女が殺し屋なら死体の写真を見つめてほくそ笑んでいるのかも……。背筋が凍る思いがした。
さっきからさらに数時間が経過した。よくも誰もいない公園で待機できるな、自分。スマホゲームのおかげか。さあ軽澤さんはどうだろうか。目を見張るとやってきたのはスーツ姿の男性だった。ということは違う。
つまり殺し屋候補は秋田さん、舘ノ内さんの二人だ。次は早朝に起きて夜勤明けに帰ってくる人を観察するか? いや一人でそれをやるのはすごく負担だ。あの人がいればな……。
俺は眠たい目をこすりながら家に帰っていった。
ガバっとふとんからはい出し、スマホを手にとった。外は明るい。過ぎている。夜勤帰りの人を待つ時間も1限目の講義の時間も……。
前とは違ってもう走る気力は無かった。布団に戻ってSNSの通知を確認した。
『大事な話がある』
渉からだ。
『大事な話ってなんだ?』
そう何気なく返した。返事はすぐに帰ってきた。
『お前、デスゲーマーなのか?』
その文面を見た瞬間、目が覚めた。そして再び体を起こした。彼がデスゲーマーの話題を出すのはこれが2回目だ。前は単なるうわさ話だったはずだ。でも今回は完全に自分に話の矛先が向いている。
『そんなわけないじゃん』
『嘘つくなよ。俺、七瀬さんから聞いたんだぜ』
「え?」今度は立ち上がった。おもわず辺りを見回した。ここは夢の中じゃないのか? なんで渉が薫からそんなことを聞くんだ? ていうか渉と薫が話した?
『声にだすなよ、頼むから』
『何?』
『七瀬薫から告白された。好きだから付き合ってほしいと』
『は? なんで?』
思わず口調が荒くなってしまった。わけがわからない。
『オレも思ったさ、お前とは関りがあるんだろうけど、オレなんてたまたまあのとき会っただけだろ? だからわけがわからないんだよ』
『一目惚れ?』
『まあそうかもな。オレ今彼女いないし、あの人普通に綺麗な顔してるからちょっと嬉しくなったんだけどさ』
心にぽっかり穴が開いた気分だ。彼の浮かれ調子も何も入ってこない。
『その後二人で行動したんだけど、急に人のいないところに来るなりナイフを俺の首元に持ってきてさ』
もしかして。
『言うとおりにしろ。私はデスゲーマーだ。従わないと殺すっていってきたんだ』
やっぱり。なわけないよな。あの人のことだから。なぜか安心してしまう。
『そうなんだ』
『そしてリングをはめられて、任務に従わなければ爆発するっていわれてさ』
『うん』
『その任務がさ、LADYの謎なわけだよ』
『ああ……』
まさかこんな形でバレてしまうとは。彼は薫と一緒にいるところを見ている。そしてLADYの暗号も解いている。両者が見事に繋がってしまったのだ。
『なんかごめん、利用した感じみたいになって』
『それはいいんだ、お前も凶悪なデスゲーマーに脅され無理やり協力させられてる被害者なわけなんだろ?』
『まあそうかな』
とりあえずそう言っておく。
『じゃあ捕まえようぜ』
『え?』
今度は何を言い出すんだ。
『お前、ニュース見てないのか?』
『見てるに決まってるだろ』
『じゃあこれはどうだ、デスゲーマーを捕まえた人に懸賞金をあげるっていう話』
『なにそれ……』
『捕まえた人には懸賞金1000万円だぜ』
『1000万円?』
思わず笑みがこぼれる。想像した。何回課金できるだろう? 『デスメタル・ギア・ソリッド』が第八シーズンまで全巻揃うことは間違いない。そもそも働く必要が無くなるのでは?
『すごいだろ』
『すごいな』
『オレたちは恰好な獲物を見つけたってわけさ』
つまりあの人を捕まえて――俺たちは1000万円を手にする。彼女は独房に……。腐敗した警察に捕まって――。
『な、やるだろ?』
彼女の訴える目が思い浮かぶ。上司にパワハラを受けている様子。そして一人泣いている夜……。
あのまま放置していては大変だ。彼女の心は今必死に戦っているはずだ。普通の大学生としての自分と、デスゲーマーとしての自分とで。
しかし彼女は裏切った。裏切られるのをあんなに嫌ったくせに、渉を仲間にしようとして動いた。
『アイツってすごく変わり者らしいわ。いいところは見た目だけで、善意で話しかけた人に冷たい反応を浴びせてるんだって。そのうちの一人が注意喚起しているのを前に聞いちまってさ。お前と一緒に歩いているもんだからお前もヤバいヤツかと思ってたわ、ごめん』
やっぱりあの人って変な人なんだよな。デスゲーマーっていう時点で……。でも、でも……。
『おいちょっと既読無視するなよ。もうこんなリングとっとと外したいからさ。もうこっちで勝手に計画たてるぞ、沈黙は同意な』
「そんな!」
思わず声を出している自分がいた。なんで俺は彼女を突き放せない? もう俺は彼女から拒絶されているのだし、彼女を擁護する意味は?
「諦めんなよ」
彼女の言葉が頭の中で聞こえた。
そうか、そういうことか。
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