A-18「○○ル捕獲作戦②」
気づけば走り出していた。大学前の坂を駆け上がる。彼に会うためではない。彼女に会うためだ。講義などもう間に合わない。今日はそれどころじゃない。どうしても彼女を問い詰める必要がある。
どこだ、どこだ、どこだ。大学中のあらゆる方向に気を配る。今回ばかりは確実に彼女に会う必要がある。自宅で壁に耳を当てたときは何も聞こえなかったのだからどこかにいるはずだ。
授業が終わったばかりのようで、外には学生たちのグループであふれかえっている。そのうちの一人に危うくぶつかりそうになる。
「なんだお前」
「すみません!」
人の波をかき分け、あちらこちらを探した。庭園も探した。図書館も探した。各教室も探した。グラウンドまで出てみた。
道中、渉を見かけた。他の友人と談笑しながら歩いている。バレないように建物の隙間に姿を隠す。ふと後ろから物音がした。
振り返った、逃げていくその人物の腕を俺は捕まえた。
「ご、ごこぉ……」
決まりが悪そうにしている彼女に、
「しっ!」
と言いながら渉のいる方角を見る。どうやら彼は通りすぎたようだ。一安心だ。
「なんでここにいるんだよ!」
「こっちのセリフなんだけど」
「まあ確かに」
薫の正論に口をつぐんだ。こういうときに締まらないな。悔しいけどこの手のことに関しては目の前の人間の方が得意だ。
「俺は君を探しにきたんだ」
彼女は目をぎょっとさせたが、
「私は知人に会おうと……」
と冷静な声を保って言った。
「知人って誰?」
「その彼氏――」
「九堂渉のことだろ? そして嘘なんだろその恋ってやつは」
「何で知ってるの?」
薫は驚いていた。いや、怯えていた。目がきょろきょろ動いている。
「アイツから直々に聞いたんだ。しかもアイツは君を裏切ろうとしてるよ」
「は? なんで? アイツそんなことする訳ない。デレデレで正直気持ち悪かったくらいなのに」
「それが……その……」
今度は自分の視線が泳いだ。
「何?」
「LADYだ」
「まさか」
「俺はアイツにこの謎を解いてもらうようお願いした」
「は? 言ったの、私のこと?」
「それは言ってない。たまたまネットから拾ってきたというテイで見せてみたんだ。彼はあっという間に解いた」
「私のときもそうだった」
「だから……バレたんだろう、その協力関係
「
ハーっと彼女は溜息をついた。
「で、なんで九堂が私を捕まえようとしているってわざわざ言ってきたの? もうあんたとは関係ないんだけど」
「それは……」
また前と同じように核心に踏み込むと地雷を踏むことになるのか……?口を開こうとするとき、俺の頭の中がそういう思いでいっぱいになった。でもこれ以上停滞しているわけにはいかない。俺も彼女も変わる必要がある。少なくとも俺が変わるためには彼女が必要だ。
「捕まえたいからだ。アームストロングを」
彼女はじーっと俺を見つめている。
「俺は元カノを殺した犯人を見つけたい、君はあのときの事件の逆襲を果たしたい。そして二人はパワハラ上司の鼻をへし折ってやりたい」
「引きちぎりたいくらいに」
彼女がぱさっと切り裂くように言った。
「俺が一人で目標を達成するのは無理だし、君が一人で目標を達成するのも無理なはずだ。そうでないと俺の首にリングはハマっていない」
「もう一人の首にもかかってるけど」
「彼は俺より優秀な働きをするかもしれないが、君を捕まえようとはしている。そんな人間を信用するというのか?」
「何か遠回しだね。はっきり言ったら」
「君と変わりたいんだ」
「ふうん」
彼女は壁に寄りかかって聞いていた。次の講義のチャイムが鳴った。
「あの人を何も救えなかったふがいない自分を変えたいんだ。そして君も真の幸せを知って欲しいんだ」
「自分のことで精一杯なのに相手のおせっかいするんだ、優しさってやつかね、デスゲーマーにはいらないけど」
彼女は下を向いた。そしてしばらく何かをつぶやいた。考えて考えてやっと言葉を絞り出してきた。
「本当にしつこいな……。まあそこまで言うならしょうがないか、また協力しようってことでしょ? はっきり言えよ」
「そ、そう」
「じゃあいいよ別に」
そう言うと彼女はおもむろに俺の手を握った。握手のつもりだろうか。
「ありがとう! もう無理なんじゃないかと思った」
「その代わりに」彼女はくぎをさした。
「私の性格とかのことで口出しするなよ」
「わかった」
後ろを振り返った彼女は笑っているように見えた。
大学から出た二人は九堂渉のことについて相談し始めた。
「で、結局彼はどうするの?」
「捕まえる」
「え、デスゲームに?」
さすがの彼女もびっくりしたようだ。俺は、
「違う、違う仲間にするんだよ」
と訂正した。
「でもただでは仲間にはなってくれないと思う。渉は今君を捕まえようとしているわけでしょ?」
「ああ、やり返すんだ。なるほど面白いね」
「アイツが本当に仲間になってくれるかどうかはわからないけどね……」
「脅しは任せろ」
彼女のファイティングポーズに、
「了解です」
と俺は応じた。
「ギャー、助けてくれー!」
俺の部屋の玄関から入ってきた渉は無残な姿になっていた。ベッチョベチョである。薫の提案でトリモチを置いたからだった。トリモチ自体は薫が自称「裏ルート」から入手してきた。彼はおそらく自分との薫捕獲作戦会議に向かっていると思っていたのだろう。だが残念、これは……。
「ドッキリでえ~す」
ドッキリと書かれた看板を持った薫が現れた。実にいい表情をしている。
「な、なんでここに七瀬がいるんだ?」
「隣に住んでるからね」
「え?」
渉は固まった。しばらく考えた後に、
「てか、お前やっぱりグルだったんだなコイツと」
と言った。
「ドッキリでえ~す」
言い足りないのか薫は同じことをもう1回叫び、渉の目の前に看板を近づけた。
「助けて欲しければ我々の仲間になるんだな」
「なるわけないだろ、こんな犯罪者集団の中に! 信! お前とも絶交だ! こんなのすぐに抜け出してやる!」
渉はトリモチの上でジタバタやった。セイウチのようだ。
「アーハッハッハッー!」
薫さんはお得意のヘビメタ笑いに加え、ポケットからいつものピストルを取り出した。
「げ、まさかお前!」
彼の顔面が白くなっていく。急激に寒冷化した地球はこうなるのだろう。
「従わなければ撃つ。どっちにしろ逃亡してもリングをはめているんだからちょっと人に話そうとした時点であんたの首が吹っ飛ぶけど」
「ひええ」
彼の体が震え始める。さらに泣きそうだ。さすがにかわいそうだと思うのだが、彼女は止まらない。なんとピストルを彼のこめかみに当てたのだ。
「さあどうする?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、なんでも言うことを聞きますです」
「よろしい」
こめかみからピストルが外れた。
「信、そこ持って」
「え?」
彼女が指を指したのはトリモチの枠だった。彼女も反対側を持ちあげる。
「なにするんだ?」
「せーのっ」
トリモチの枠が持ち上げられ、地面に垂直になった。ゆっくり回転させ、玄関のドアに寄りかからせると、罪人がうつぶせではりつけられているように見える。
「汝よ、我々の仲間となり任務遂行に邁進することを誓うか?」
「誓います、誓いますからここから出して」
彼は再びジタバタやった。見てられない。
「がんばったら外れるでしょ」
「やっぱり引っ張ってあげようよ」
僕の懇願にも彼女は、
「でもこいつ裏切り者じゃんか。それなりの罰が無いと」
と言って聞かなかった。渉は神の裁きを受けたかのごとくうなだれた。
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