A-19「尾行①」
「みんなに集まってもらったのは他でもありません」
数日後、いつもとは違い薫の部屋に俺と渉が集まった。俺の言葉に二人は神妙そうに耳を傾けた。
「ターゲットが誰かがわかりました」
「え?」
「マジか」
薫は本当か?と疑わんばかりの顔をして、渉は目を見開いた。
「誰々?」
「早く言えよ」
「それは……」
二人とも固唾を飲んで俺を見る。
「松井純子さんです」
あまりにも小さな声で言ったからか二人とも聞き取れなかったようだ。
「なんて?」
と彼女が言った。
そこで俺は口を大きく開いて口パクをしながら壁の穴の方を指さした。
彼女の方は分かったらしい。
「えええ!?」
と驚きの声を上げた。
「抑えて抑えて」
「それ、誰なの?」
渉はちんぷんかんぷんという顔だ。それもそのはず。彼はそもそもこのアパートに住んでいないどころか、このアパートに殺し屋がいることすら把握していない。俺が、
「俺の隣に住んでる人だよ」
と言うと、
「うっひゃ~」
と言った。
「でもなんでそう思ったの?」
薫が聞いた。
「俺らは夜勤の人も含めて可能性がある人を絞った。で、可能性があると思ったのは秋田さん、舘ノ内さんに加え、夜勤の名賀さんだというのがわかった。松井さんは年もアレだし前にも喋っている声を聞いているということでありえないと思っていたんだけど」
「うん当然」
彼女は当たり前だという顔をした。
「ただ俺たちはLADYだけでなく重大なヒントを忘れていたんだ」
「重大なヒント?」
「あ、渉は知らないかも知れない」
「なんだそれ」
渉は舌打ちした。
「確かこのアパートには潜入捜査に入ってる人間がいた」
「そういえば名前を言ってなかったね、殺し屋ボノボー」
「俺は最初ボノボーが単独でここに住んでるものだと思っていた」
「え? そうじゃないの」
「でも単独でいる必要も無いかなと思った。なんでだろうな、味方であるはずの俺たちにすら居場所を明かさなかったんだよ。彼は」
「それはセキュリティどうこうの話じゃないの?」
「それもあるかもしれないけど」
俺は天井を見た。二人も見上げた。
「ボノボーは姿をくらました。通信が途絶えた。でも死体は見つかっていない」
「結局生きてるってことじゃないの? 確かボノボーは強いはず、殺し屋ハンターなんて名乗ってたぐらいだし」
「この前松井さんがここまで来た後に確か言ってたよね、最近松井さんの夫が亡くなったって」
「まさか、その人がボノボーだったっていうの? それは無理があると思うけど」
「無理ではないと思う。常にターゲットと一緒にいるのなら居場所を明かすと潜入の邪魔になるとか」
「一緒にいる前に捕まえるだろそんなもん」
渉がぼやいた。
「確かに……」
俺はうつむいた。でも俺は見たのだ。
「いや松井さんがこないだそこの公園のマンホール近くにいたんだよ。ものすごく神妙な顔してたから。あれは怪しいって絶対」
「だからそうなんじゃないかって?」
薫は手を振った。ありえないといった感じだ。
「その推理はちょっとねー。あーやっぱLADYの謎解けないよなーって言う感じ」
「どういう感じだよ」
渉もかー。いい思い付きだと思ったんだけどな。ダメか……。
「まあ、それ以上ヒントになるようなことも起きて無いし、一回尾行してみてもいいかな」
薫が腕を組んで天井を見ながら言った。
「尾行?」
あの探偵がよくやる尾行っていうやつか? それだけならちょっと楽しそうだ。
「それってオレもやらなきゃだめ?」
「当たり前でしょ」
薫が渉をぴしゃりとたしなめた。
「わかったよ……」
「よし、そうとなったら決まり! とっととターゲットを捕まえるよ!あのクソ上司にうんともすんとも言わせないようにさせてやるんだから」
立ち上がった薫を見て、
「クソ上司とは?」
と聞く渉を尻目に俺も立ち上がって、
「オー!」
と叫んだ。
渉も仕方無しに立ち上がり、弱弱しく
「オー」
と言った。
休日の朝、アパートの七瀬の部屋に三人が結集。ついでひょろ長い男と短く太い男もいる。念のため壁の穴は閉じている。
「いよいよだ」
「やっぱ怖いよ」
と俺が言うと、
「ビビりだな。お前は」
と渉がはやし立てる。
「二人ともがやがやしないで」
「「すみません」」
薫の睨みには誰も逆らえない。
「では紹介します。本日の任務を手伝っていただくデスゲーマーのお二人です」
「どうも」
「よろしく」
ひょろ長い男と短く太い男は頭を下げた。
「ちなみにお名前は?」
「KUDO、我々は身元がバレないように任務遂行の場合はコードネームで呼び合うんだよ」
「ええー?」
渉が右手を額にやった。なるほど。彼のコードネームはKUDOということか。ドンマイ。こちらがにやけているのに気づいたらしい。渉が非難の目を向けてきた。
「こちらがLONGであちらがSHORT」
男らは会釈した。ひょろ長い男がLONGで、短く太いのがSHORTか。これはこれである意味身元がばれそうだな。そして俺はSHISSOで薫はPENGURINか、あっはっは。
「お前まだ笑ってるな?」
「悪い悪い、渉、悪気はないんだ」
「あるじゃねえかよ」
「だから二人とも!」
「「すみません」」
薫の睨みには(以下略)
「いいか、我々は二手に別れて彼女の動向を追うことにする。チーム分けはクジ引きで決めまーす」
薫はスマホを手にした。そう、あの某アプリのあみだくじである。
「あ、結果出ました」
彼女が淡々と読み上げる。
「LONGと信と渉が1チーム。SHORTと私が1チーム。人数が少ない我々が主に尾行します。3人は周辺にいて、もし怪しい動きがあれば駆けつけて捕獲してもらいます」
「え? どうやって」
渉が聞いた。
「虫じゃあるまいし素手で捕まえろと言っているわけじゃない。これ」
彼女は後ろに立てかけてあった棒を手に取った。
「ここに付いているボタンを押せば」
カチッと音がして、棒の先から網が飛び出てきた。
「ちょっ、まっ」
網は見事に渉の身柄を捕らえた。
「くそっ、でれねえ」
かつて見たスキンヘッドのおじさんみたいに見えてきた。ふふふ、面白い。
「3人はそれぞれこれを持っておいて」
「でもこれだけで何とかなるの?」
「もちろんデスゲーマーの私たちは本物の銃を。あんたたちはニセモノの銃を持ってもらうよ」
安心してとばかり笑顔で銃を取り出す薫さん。いや安心できませんで。銃刀法違反で捕まりまっせ。
「さあそろそろターゲットが動き出す時間のはず、信、耳を澄ましてきて」
「ええ、俺?」
突然の指名に思わずため息が出た。
「当たり前でしょ住人なんだから」
「はい……」
彼女の剣幕に押され、壁を塞いでいる本棚をどかし、そろりそろりと松井側の壁に近づいた。耳を押し当てる。
ゴソゴソ……。動き回る音がする。何かカバンに詰め込んでいるような音だ。銃でも詰め込んでいるのだろうか。
ドッドッド……。ガチャ。彼女はドアから出ていった。
俺は振り返り、両手で丸をつくる。向こうにいる薫が頷いた。一方渉の表情は固まった。デスゲーマーの男二人は顔色一つも買えない。
いよいよ、決行の時だ。
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