A-20「尾行②」

薫とSHORTが出発した。時間差をつけて俺たちも出発した。


 といってもおじさんと大学生2人のグループは目立つだろうということで、信と渉が隣で歩き、その大分後ろからLONGが歩いているという状況となった。片手にはスマホを持ち、すぐに薫からの着信に気づけるようにしてある。


「やべえななんか」

「ヤバイね」

お互い大いなる緊張を遂げているのは明らかだった。周りにターゲットがいるんじゃないかとさっきからソワソワして仕方が無い。

「あちこち見過ぎだぞ」

「そっちこそ」

どっちもどっちである。


 今、彼女はどうしているのだろうかと、恋心で頭がいっぱいになっている男子のような考えを浮かべていると、スマホが震え出した。


『ホームセンター』

そうメッセージに書いてある。

「なんだ、至って普通だな。もっと廃ビルとか怪しいところ行けよ」

「殺し屋だってそんなところ行くとは限らないでしょ。てか違う可能性もあるし」

「そりゃそうだけど」

渉はつっけんどんな顔をした。彼はとっとと捕まえて終わらしたいというのだろうか。それもいいけど、違った方がいい気もする。


『何も買わず店外へ』

交差点に近づいた時、またメッセージが来た。

「何しに行ったんだ?」

「ペットショップでも見に行ったんじゃない?」

「わざわざそのためだけにか?」

 プープッ。クラクションが鳴らされた。音の鳴った方を見ると車がこちらの横断歩道に差し掛かっていた。

「早く渡らないと」

急いで二人は交差点の対岸へ走り始めた。


『ドラッグストア』

「なんだよ、それ。面白くないなー。ラブホ街にでも行けよー」

「他の悪役と勘違いしてない?」


 さっきから渉は松井さんが殺し屋であってほしいような、欲しくないようなどっちつかずな態度を取っている。彼は別に誰かに復讐を成し遂げなきゃいけないわけでもないからとっとと終わって欲しいんだろうな。


「そういえばさ」

渉が立ち止まり後方を見た。

「LONGの人、来てないよな?」

「え? ずーと後ろをついてきてるんじゃないの?」

「俺たちにはバレてもいいんだから、ここから姿が見えてないのはおかしいと思うけどな」

「信号のこともあるし、プロだから上手いことやるんじゃないの?」

「そうかあ? でもなんか変だぜ」

心霊スポットにでも来たかのように後方を見つめ続ける渉に、

「さあもう行くよ。薫たちから離れてしまう」

と言って歩き始めると、彼も時々振り返りながらも渋々歩き始めた。


『スーパー』

「主婦だ......」

 彼は落胆したようだ。殺し屋であって欲しい気持ちの方が強かったのか。確かに今日任務が終わるのならば、ある種の緊張から解かれる。でもそれと同時にそうじゃなくてホッとする気持ちも湧き出てくる。

「違うのかな」

「知らねえよ」

 二人は随分歩いていた。この町をぐるりと一周するようにだ。もう進展が無いからヤケになっていた。

「もう座ろうぜ」

「一応薫の周りにいとかないと」

「めんどくさいよもう」

渉は公園のベンチに腰掛けた。確かに疲れた。俺も隣に腰掛けた。スマホをのぞくと、

『なんか慌てて腕時計見てる』

と彼女からの着信があった。

松井純子はただの主婦なのだ。慌てて腕時計を見たぐらいで――。


『ちょっと信、助けて』

俺はすぐさま立ち上がった。

「どうした?」

渉はペットボトルの水を飲んでいる。

「ヤバイかも」

「ヤバいってなんだよ」

「とにかく行こう!」

「ちょ、ちょっと待て!」

急いで駆け出した俺を見て慌てて渉も走り始めた。


『大丈夫?』

『見つかったかもしれない』

「どうしたんだよ!」

「見つかったって!」

「マジか」

 走りながらも渉の顔面が蒼白になっていくのがわかる。では怪しい動きがあればすぐさま駆けつけることになっていた。

もちろんすぐに駆け付けたいが、それと同時に死に向かっている気もした。SHORTはどこに? 先回りした? もしかしてSHORTも? 嫌な妄想が先走る。


 問題のスーパーはもう目と鼻の先だ。スーパーは住宅に囲まれ、中くらいの駐車スペースと入り口近くに小さな駐輪場を備えている。

「とりあえず来たけど……」

「どうする、突っ込むか」

スマホが震えた。DMの方にメッセージが来た。

『信だけ駅まで来て。渉には言わずに』

「どうしたんだ?」

「いや、スーパーの中で追ってるから早く来てくれって」

「ああ、わかった。よし、いくぞ」

なんで俺だけ、駅? しかも渉には言わずに? 

一目散にスーパーに入っていった渉を尻目に俺は駅へと走り出した。



 松原駅近くまでやってきた。ここはさっきと違って店も多いからあの日のトラウマが浮かび上がってくる。彼女はこんな繫華街で……。違う違う、そんなことを考えている場合じゃない!


「SHISSO!」

自分を呼ぶ声がする。交差点の向こうで薫が呼んでいる。

「かお、間違えたPENGURIN!」

コードネームで呼び合う方が怪しい気がするが……。薫が向こうから横断歩道を渡ってやって来た。

「ターゲットは?」

「み、見失った。今どこにいるんだか」

珍しく彼女は焦っているようだった。

「SHORTは?」

「いつの間にかいなくなってた」

「いつの間にか? 一緒に行動してたのに?」

「トイレに行く、先に行っといてくれって言われたから」

なんてこった、ダジャレでこちらも失踪するなんて。

「とにかく追わないと、信、いやSHISSO行くよ!」

「あ、あうん」

 今下の名前で呼んだ? まあそんなことはどうでもいい。何か聞き忘れたような気がするけど薫は取りつかれたかのように走りだした。


 ふと後ろから視線を感じた。同じ高さからというよりかは下からという感じだ。向こうにあるマンホールを見つめる。何の変哲もないただのマンホールだ。

「ちょっと早く!」

「今行く!」

俺も慌てて駆け出した。


「あ、あそこ!」

「あ、いる!」

 見ると道の随分先に松井純子、もといアームストロングがいるじゃないか。仁王立ちでニヤリとしている。そして逃げ出した。

「逃がすかあ!」


 アームストロングは裏路地へ入っていった。慌てて後を追う。昔からあるところなのだろう。路地がかなり狭い。車はおそらく対面通行できないだろう。


 右、左、左、右。この辺の地理に詳しいのかアームストロングはくねくね曲がりながら逃走を続ける。ただ年の差だろうか。みるみるうちに俺たちとの距離が近づいていく。

 そしてとうとう袋小路に追い詰めたのだった。


 おろおろする犯人に向けて薫が、

「逃すか!」

と言って網を発射した。犯人の体に見事命中した!


「やったー!」

薫が顔をくっしゃくしゃにしていきなり俺にハイタッチしたので思わず、

「ええ?」

と言ってしまった。なにはともあれこれで一件落着だ。


「さあ、SHORTに連絡しようかな」

思ったよりおとなしくしている犯人を見ながら彼女はスマホを取り出した。

その時だった。


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