A-12「俺のターン!②」

ベッドに腰掛け、話を続ける。

「101号室の秋田さんは多分OLの方だね。朝いつもスーツ姿で走って出かけているし。朝が苦手なんだろうね」

「俺もこないだ寝坊してました」

「夜更かしはいけないよ」

夜更かしだけじゃないと思うんですけどねえ、寝坊の理由。

「102号室の丸太さんは謎だなあ。姿を見たことが無いかもしれない。たまたま僕の生活に合ってないだけかもしれないけどね」

確かに夜には明かりがついていなかったな。


 その後も総勢9人の住人の情報を聞いていった。

「ご近所付き合いって大事だからね。トラブルになると困るし。まあそんな恐ろしい人このアパートにはいないだろうけど」

いますけど。

「その気遣いは素晴らしい」

三上先輩はそう言って謎の拍手をした。変に勘違いしてくれてありがたいはありがたいんだけど。


「そういえばデスゲーマーについて何か情報あった?」

あまりにも突然聞かれたので、

「え? あ、はい?」

と変な声が出てしまった。

「どうしたんだい? そんなに背筋を伸ばして」

「いや、な、なんにもないです」

 唾を飲み込み平静を装う。普通の人ならここで問いだたされるだろうが、この男は動じない。いや、気づかない。


「いやあ~特には無いですね~、先輩はどうなんですか?」

「うーん。この町をいろいろと廻ってみてはいるんだけど怪しそうなところが無いんだよね。ここ、ただの住宅地だし」

「そうですよね」

しばらくの沈黙。

「あ、このことは秘密ね。薫ちゃ、いや薫さんにも言っちゃだめだよ」

この前浴びたにらみを思い出したのか先輩の歯切れが途端に悪くなった。

「も、もちろんです」

こちらもだった。


「ちなみに七瀬さんのことどう思ってます?」

「どう思ってる? ってどういうこと?」

不思議がる先輩。質問の仕方が悪くて恋愛リアリティーショーのスタッフが出演者を一人ずつ呼び出してするインタビューみたいになってしまった。だがこの男は動じな、いや気づかない。


「そうだね……」

自分の顎を触りながら本棚の上の方を見つめる先輩。そういえばこの人に彼女はいるんだろうか。


「かわいそうだなって思うね」

「え? かわいそう?」

あんな人を疑うのが大好きな人が?

「一見怖いんだけど、目を見ると何かを訴えてるような気がしてね」

「訴えてる?」

「その訴えが強すぎるがあまりに人を引き離しているというか」

「はあ」

「ま、勝手な僕の想像だけどね」

あの睨みを効かせられただけで、そんなことまで言い当ててしまったとは、さっきの鈍感さはどこへ行ったんだ? もしかして本当は全てを知っているんじゃないか?

「どうしたの? ぼうっとして」

「はい?」

顔を上げると先輩がこれまた不思議そうな顔をしていた。

「なんでもないです」

「あれか、タイプの顔かとかそういうこと? そうだよね、普通そういうことだよね。えーと正直綺麗だとは思う、かわいいというよりかは綺麗っていう感じだよね?」

「ま、まあそうですね……」

やっぱり鈍感かなこの人。じゃあ今のところ大丈夫そうだ。妙に安心してきたので、「じゃあ今日はこの辺で」

と言って立ち上がった。

「あ、そう」

先輩も立ち上がり、

「じゃあまた今度」

と言って玄関まで送ってくれた。



「おい! もう一回言ってみろ!」

「ワタクシは、せっかく聞いた住民の情報を忘れてしまいました!」

「はあああ?」

ここは俺の部屋。でも実質七瀬薫の植民地。仁王立ちの総督が目の前に憤怒の形相で立っている。

「正直に言ったら怒らないっていったじゃん」

「それは事態によるでしょ! 実質やっていないのと同じになったんだから!」

「本当に申し訳ありません……」

 数年たったらこんなことしているのかな、だったら嫌だなと思う社会人の行動第一位、土下座謝罪を決め込んでいる俺であった。しかし、鬼総督たるもの少しの容赦もない、それどころか、

「メモとか録音とかしようとは思わなかったの?」

と野党ばりに追及してきのだ。

「ええ、カードゲームに夢中でそのことをすっかり忘れておりまして――」

「カードゲームは今関係ないだろ、もうそれ没収」

「えーん、こればっかりは……」

泣きじゃくる子供のように俺はカードゲームのケースを抱きかかえた。

「それじゃあそれなりの罰を下さないとねえ」

いつもの通り、彼女がニヤニヤしてきた。そうだ、この人はデスゲーマーだ。仲間内でも恐ろしいことを平気で行ってしまうかもしれないぞ。なんとかしないと……。


「あ、三上先輩は君の正体を知っていないみたいだよ」

「ふうん」

彼女は腕を組んでニヤニヤしたまま。

「先輩は君のこと綺麗って言ってたよ」

「ふうん」

あれ、変わらない。容姿を褒められたら嬉しくなりそうなもんだけど。慣れてるのかな。

「先輩は――」

あのことは言ってはいけないと彼は言ってたな。でも俺はもうデスゲーマーと協力関係にあるからな。でも純粋な先輩のことを裏切れないな……。

「デスゲームに興味がある」

「え? それはデスゲーマーになりたい的な? あるいは参加? ごめんうちのデスゲームは悪人しか参加できないんだよね――」

「違う、そうじゃなくて」

「何? 運営側? 本当にそうなら仲間にした方が都合がいいかな。調査員二人みたいな」

「いや、そうでもなくて」

「じゃあ何なの?」

「……」

うわ、また変な空気になってしまったー。今度はめちゃくちゃにらんできてる。どこがきれいだ、シンプルに怖いよー。

「やっぱりあれか。ポロっと言ったんじゃないの? 自分がデスゲーマーと仕事してるの」

「違う」

「じゃあ何なの? はっきり言ってよ。証拠を出せ、証拠を」

昭和の取調室の空気が流れている。とってもピンチだ。限りなくヤバイピンチだ。ああ、どうか神様仏様……。


 着信だ。でも俺のスマホは震えてない。ということは? 

「あ、私だ」

 普段信仰していないのに急に頼り出す日本人の願いが効いたのか定かではないが、スマホの着信が七瀬さんのスマホに入ったのだ。

「はい、もしもし。は! こちらPENGURINです」

七瀬さんは突然直立不動になり、敬礼した。 ペンギン? この人が?

「はい、今晩ですか? 今から? それはちょっと……。ああ、いえ、その」

珍しい。いつもの威勢のよさのかけらもない。綺麗のかけらもない。とにかくあたふたやっている。よほど緊張する相手のようだ。

「はい、それではお待ちしております……」

震える手でスマホの画面をタッチして彼女は膝から崩れ落ちた。


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