A-11「俺のターン!①」
彼女を殺したヤツをデスゲームにぶち込む。
その考えは俺の心の奥底まで響き渡った。
つまり敵討ちをすればこの閉塞感から抜け出せるかもしれない。彼女に何もしてあげられなかったことを悔やんでいたけど、彼女の無念に応えることができるかもしれない。
そう考えるとやる気が間欠泉のように沸き上がってくる。
「やりたい」
気づけばそう言っていた。
「おう?」
「俺の彼女を殺したヤツをデスゲームにぶち込みたい!」
「あはは」
彼女は突然笑いだした。いったいなんなんだ?
「そうこなくっちゃ」
と言いながら彼女は手早くロープをほどき始めた。
「これほど言うのなら疑っても仕方ないね」
「やっと信じてもらえた……」
「そもそも三上に喋ってたらリングが爆発してるはずだし」
確かにそうだ。それを言えばこんな目にあわずに済んだのに。あと三上は先輩なんだけどなあ。
彼女の手を借り、なんとか立ち上がった。復讐を誓う二人は黙って見つめ合った。二人の目には闘志の炎が揺らいでいた。
翌日の朝、カーテンを開けた。雲一つない青空で、太陽の光が存分に入ってくる。その景色に浸りながらベッドに座ってスマホをいじる。双子の兄からSNSのメッセージが届いているのを見つけた。
『お前生きてる? 何も音沙汰無いけど』
そうだ、引っ越し先に着いたらメッセージ送る予定だったんだ。さあどう送ればいいだろう。デスゲーマーと協力してるなんて表立って言える訳が無いし。ここは無難な内容で送っておこう。
『ごめん、送るの忘れてた。隣人と仲良くしてる』
その後のやり取りはこんな感じだった。
『それだけ? まあ生きてるだけいいか』
『さすがに死ぬなんてことはないでしょ。ここは普通の町なんだから』
ベランダに立ち、外の景色を見た。丘になったり谷になったりしているところにびっしりと住宅街が広がっている。この町にデスゲーマーがいる。そして殺し屋もいる。全く見た目では想像できないことがあるんだな、この世界って。
土曜日のお昼、301号室のチャイムを鳴らす。任務のためだ。
「はあい、あ、信くんじゃないか」
にこやかな表情。今日も立派なアフロ。三上先輩だ。
「ご無沙汰してます」
「さあ、上がって上がって」
先輩の後から恐る恐る入っていく。同じアパートだから部屋の大きさは同じだ。ただ俺や七瀬さんとは違って彼の部屋は物が多い。目の前に窓があり、奥のベランダには洗濯物がたくさん吊ってある。右側の壁には机と天井に届きそうなほど背の高い本棚が並んでいる。もちろんその中には本がびっしりとならんである。彼は背が低めだが、届くのだろうか。
「お? 興味あるのかい?」
「いや、まあ、たくさんあるなあと思って」
「そうだね」
本棚には歴史の本がたくさん並んである。そういえばこの人は歴史学科なのだった。
「で、カードだけど」
そうそう、本題を忘れるところだった。先輩はむかって左側にあるベッドの下にある引き出しを探し始めた。
偶然この前に間違って持っていたカードゲーム。それを先輩も実は持っているらしい。二人ともセンチメンタルになってせっかくだから対戦しようということになったのだ。ただこれは表向きの話。実際はというと……。
「さあミッションです」
いつもの俺の部屋で七瀬さんが唐突に話し始めた。話し方は改まっているが、あぐらをかいているので違和感がある。
「何?」
「三上というヤツに話を聞いてみよー!」
「え? 話はしてるよ、てかまず先輩だぞ?」
「そこはどうでもいいんだよ」
七瀬さんは自分の部屋から持ってきた微炭酸水を一息飲んで身震いして、
「三上はデスゲーマーに関する情報を何か握っている」
と言った。
「う、うん」
確かにそれはそうだ、ただ警察の息子であることを彼女は知らない。
「どうしても信用できないんだよね」
「そうでしょうね」
「そうでしょうねって何?」
フリーズ光線を受けて思わず目をそらす。すぐ疑うんだもん、この人。
「とにかく、上手いこと私の素性がばれてないのか、デスゲーマーについてどれだけの知識があるのかを聞き出して欲しい。あとね」
再び七瀬さんは微炭酸水を一息飲んで、顔をしかめた。
「これが大事だ。ここのアパートに住む住人の情報が欲しいな。どいつが昼働いてるとか、夜勤だとか何でもいいから情報を探りだして。で教えてね」
「え? 俺だけ?」
「うん、私もしかしたら捕まるかもしれないでしょ? 万が一ね」
「まあ……確かに……」
というわけなのである。まるでスパイのようなことをやらなければならないのだ。手汗がさっきから出てきた。嫌でも緊張するなあ。
「あ、あったよ」
三上先輩がベッドの引き出しから大きな透明のプラスチックケースを取り出した。
「おお、めちゃくちゃレアカードあるじゃないですか」
「でしょ、でしょ」
俺の持ってきたカードも取り出して、二人は楽しそうに互いのカードを見合った。
テーブルが無く、角にある机ではやりにくいということで、ベッドで対戦することになった。二人は幼かったあの頃を思い出し、ワーキャー言いながら次々にカードを繰り出していった。しまいにはいかに元気に「俺のターン!」と言えるか選手権に変わっていた。
「いやー強いね、信くん」
「いやいや、先輩もなかなかやりますよ」
カードゲームを自分のケースにしまいながら互いの雄姿を褒め称え合う二人。楽しいほど時が過ぎるのは早いもの、あっという間に夕方になった。あれ? 何か忘れてない?
すっかりミッションのことを忘れていた。そもそもカードゲームからどうやってその話に移るんだ?
三上先輩はすでにベッドの下にプラスチックケースを直そうとしている。このままでは今日はこの辺でお別れとなってしまうだろう。それはなんとしてでも避けたい。このところ先輩はゼミやらインターンやらで忙しく、バイトのシフトも大変不規則になっている。この前のような一緒に帰ることなどそれこそレアケースなのだ。
「あ、あの……?」
視点がウロチョロする。がんばれ俺。
「ん、どうした?」
三上先輩がケースを引き出しにしまって立ち上がった。こちらの方が背が高いので見下げる形になる。この人はいつも微笑んでいる気がする。
「あんまりここの住民の人たちのこと知らないんですけど」
「ああ、そう? それがどうしたの?」
「何だか知りたいなあって……?」
心臓の鼓動が早まってくる。なんだよ、何だか知りたいなあって? 怪しまれちゃうよ。ただ、一方の先輩は特に変にも思わなかったのか、
「教えてあげようか、どんな人が住んでいるか?」
と言った。
「ぜひともお願いします!」
ここから問題が起こるのだが俺は気づいていなかった。
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