A-10「裏切っただろ!」

 鍵を開けさせられ、ドアから俺の部屋に入った途端、彼女は後ろから俺を蹴り飛ばした。床に腹が叩きつけられ、うめき声が上がる。どこから取り出したのか彼女は俺を後ろ手にしてロープを使って縛り始めた。

「何するんだ!」

「裏切ったからだろ!」

「違う、違うんだ」

「じゃあなんであの男の口からデスゲーマーなんて言葉が出てくるんだ!」

「それは最近話題になってるからでえ」

 さっきのスキンヘッドのごとくセイウチのようにジタバタしてみるもどうしようもない。もう俺の体はグルングルンにロープで巻かれてしまっているのだから。

「言ったんだろ!」

「違う、言ってない」

目の前に立っている七瀬さんを見上げて激しく首を振る。あの時の笑顔はどこへやら、冷たい目をしている。


「何?」

「いや……」

「やっと協力者が現れたと思ったのに、やっぱり裏切るか、そうか、所詮人間なんてそんなものだよな」

彼女は深いため息をついた。怒っているというよりかは諦めたという感じだ。そしてしゃがみ込み、ピストルを向けた。

「どうしよっかな~」

例の残忍なニヤケ顔だ。

「な、なんだ急に」

「なんだ急にって、裏切っといてなんなの?」

「だから違うって」


 彼女はもう聞く耳を持つような態度ではない。もう隣人の関係じゃない。ライオンとシマウマの関係だ。俺は食われると悟ったシマウマだ。ロープで縛られている。目の前にはピストルがある。無力だ。やっぱり俺は無力な人間なんだそう思うと、もう何もする気が無くなってきた。どうせ死ぬんだから。


 ふいにあの人の顔が浮かんできた。

 かおり、俺もデスゲーマーに殺されるみたいだ。無実の罪で。でも、もしかしたらあそこで会えるかもしれないな。じゃあいいや。


 俺は観念してゆっくり瞳を閉じた。


 数秒たった。あれ? まだ死んでない。


「何で?」

彼女の不思議がる声が聞こえた。いやそれはこっちのセリフだ。こっちは不自由。好きなようにやってくれよ。

「何で……じっとしてるの?」

目を開いた。ピストルを構えながらも呆れた表情のデスゲーマーがそこにいた。

「何で……こう、命乞いみたいなことをしないの?」

「え……? もう殺されるから」

「殺されるからじっと待ってるの? あんた、バカ?」

「ロープで縛られてるんだぞ、ピストルを向けられてるんだぞ! どうしようもないだろ!」

「普通死にたくないんだから抜け出そうとするでしよ!」

「それが無理だから諦めてるんだろ!」

「諦めんなよ!!」

彼女がここ一番の声を上げた。まったく信じられないという顔だった。

「なんでそんな簡単に諦めるの?」

「さあ、無理なもんは無理だから」

「やってみなきゃわからないでしょ!」


 殺す方の人間が生きろと言っている。この人はやっぱり変だ。勝手に勘違いしたのならとっととやればいいじゃないか。俺はだんだんムキになっていった。


「デスゲーマーを目の前にして逃げれるわけないだろ?」

「何で決めつけるの? 今まで会ったことあんの? デスゲーマーに」

「あるわけじゃないけど、殺されたことはあるし」

「は? 生きてんじゃん今」

「殺されたのは俺じゃない、元カノだよ」

「え……?」

 

 彼女が初めて目の色を変えた。そして、

「どういうこと?」

と言ってピストルを持った手を下した。

「言葉通りだよ」

 なんで今日はこうも過去を激白せにゃならんのだろう。再びおもりが沈んでいくような感じがする。

 一方のデスゲーマーはというと未だに理解できていない顔をしている。わざわざ説明しなきゃいけないんだろうか、よりによってデスゲーマー本人に。

「なんで死んだの? どうして? デスゲーマーは直接人は殺さない。あくまでもデスゲームを開催しているだけ。しかも参加者は全員何かしらの悪人なんだよ! 10代の若者がデスゲーマーに殺されるわけがない!」

「警察は!」

急に大きな声を出したので、彼女は一歩二歩下がった。

「警察はデスゲーマーによる殺人だと発表していたぞ! 君の同業者が呂上市に現れて、次々と繁華街の人々を殺害したって」

「呂上市? 呂上市って言った?」

雲の中から何かを見つけ出そうとするかのように眉をひそめて彼女はそう言った。

「言ったけど」

「あのね! 我々はそのとき殺し屋組織と共に戦ってたんだ」

「殺し屋組織?」

「ああ、我々同様アームストロング含めた殺し屋たちの組織があるんだ。我々はそいつらが呂上市に現れるというのでまとめて確保しようと意気込んで集結してた」

「なんで呂上市にそんな物騒な組織が集まったの?」

「おそらく当日開催されてたフェスに出場している大物アーティストたちを消し去ろうとしていたんだと思う」


 かおりも確かそれを見に行こうとしていた。俺は風邪で寝込んだから行けなくなっちゃったけど、彼女はどうしても見たいアーティストがいるからって出かけたんだよな。


「ただそれは半分嘘だった」

「半分嘘って、何が?」

彼女は苦虫を噛むような顔をしている。

「何ってそりゃ殺し屋が集まった目的だよ。実はその情報をわざとこちら側に流し、集結した我々を一斉に銃撃する計画だったんだ」

「ええ?」

相手もなかなか戦略家だ。いや感心している場合か。

「それで銃撃戦になった。当然応戦はした。私はまだ高校生だったから直接戦うことは止められたけど遠くからは見はした。我々はなんとか民間人を撃たないようにしたけどむこうは警察とグルだったから撃ち放題だった。だからもしかしたら流れ弾で……」

「止めてくれ」

おもりは落ち切った。全ての気力は失われた。彼女は、かつての恋人であったかおりは殺し稼業のやつらの抗争のせいで死んだのだ。


「あ、そうか元カノが……」

七瀬さんは今そのことを思い出したようで、慌てて

「これだけは信じて、五光君の元カノさんはきっとデスゲーマーにはやられてない。やったのは殺し屋!」

と言った。そういうことじゃないだろ、今かける言葉って。殺した職が違うから何だというのだ。やっぱり変だ、この人は。


「私もあの戦い以来復讐の時を誓ってた。たくさんのデスゲーマーが死んだのに殺し屋たちは今も生き生きしてる。それが許せなくって」

地団駄を踏む音がする。本当に何なんだ? 今から演説?


「私もあんたも殺し屋に一矢報いたいと思ってんだ。そうだろ?」

「一矢報いたい? 殺し屋に?」


 あの時、俺はベッドの上で寝ているだけで何もすることができなかった。彼女の恐怖や苦痛をただ想像するしかなかった。そして泣くしかなかった。自分は無力だとそう痛感した。だから何をやっても結局無駄だと思うようになった。無駄はいずれ無理になり、何事も否定する役割を果たした。


「素人がどうやって殺し屋に報いるんだよ」

「私がいるじゃん」

「え?」

「何の罪も無いのに殺されたんだろ、理由も無く殺されたんだろ? 腹立たないのか? 悔しくないのか?」

「俺は……」

「彼女を殺したヤツはまだこの世に生きてるかもしれない。立派な悪人だろ。そんなやつ生かしておいていいのか? 彼女は死んでるのにヤツは生きている状況に耐えられるっていうのかい?」


 でもどこかで変わりたい自分もいた。このまんま気をふさいだままでいてもしょうがないと思っていた。現にそのためにわざわざここへ引っ越してきた。でも変わっただろうか自分は……?


「そりゃ、仕返しできるもんならしてみたいよ。罰を受けて欲しいよ。でも」

「でもなんだよ」

「無理なんだ」

「無理じゃないだろ」

「なんで?」

「だから私がいるっていってんじゃん」

「え?」

何をとぼけてるのかしらと言わんばかりの顔をして彼女はピストルをしまい、腕を組んだ。

「忘れたの?私はデスゲーマーだよ。殺し屋を宿敵に毎日いそしんでんだ。簡単なことだ。私も後光もソイツを捕まえたいと思ってる、てゆうか思え。つまりこうすればいい」

彼女は腰に右手を当て、俺を左指で指し、こう言い放った。

「ソイツもついでにデスゲームにぶち込もう!」




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