A-9「三上充という男②」

パタリと足が止まった。今までふさぎ込んでいた、無理やり閉じ込めていた思いがあふれ出てきた。体全体がむしばまれ、搾り上げられるような感じだ。


「だ、大丈夫……?」

「い、いえ……」

 三上先輩は後ろから聞こえてくる嗚咽に気づいて立ち止まり、振り返った。俺の目からは涙があふれ出ていた。とうとう聞かれてしまった。思い出したくもないあの記憶に。

「言いたくないなら別に――」

「俺のせい」


 俺は絞りとるようにしてその言葉を発した。先輩は口を開いたまま面食らった。


「たぶん俺のせいで、俺のせいで死んだ――」

「ど、どういうこと? 何があったの?」


 その場で座り込んで急に鼻をすすり始めた俺を見て、三上先輩は歩くということを忘れてしまったかのようにその場に立ち尽くし、ひたすら何かを考えているという風だった。


 この気持ちはどうしても押さえることはできなかった。呂上市から遠いこの地に来たとしても忌々しい記憶からは逃れられない。わかりきったことか。俺はバカだからな。あの時もそうか。


「大丈夫? なんかごめんね、嫌なこと思い出させちゃって」と三上先輩はしゃがんで俺を見つめた。

「いや、全然」

 かすれた声で口をパクパクしながら答える俺は全然大丈夫ではなかった。そんな俺の大きな背中を小さな彼はさすってくれた。


「僕の父は警察官でね。父に影響されたのかわからないけど、困ってる人苦しんでいる人がいると放っておけないんだ。だからもしよければ」

 先輩は手をさしだした。

「力になりたい」

「先輩……」

 俺は手を握り返した。小柄なりに力強い握力で引っ張り上げられ、立ち上がった。


 2回しか出会ったことの無い人間に信用なんて置けるか、なんて言う人がいるかもしれないけれど、俺は直感的にこの人を信じたいと思えた。この小さな先輩を慕いたい気持ちになった。なぜだかはわからないけれど。彼のまなざしには力があった。



 しばらく黙ったまま、二人は夕日が沈んだ後の住宅街を歩いた。沈黙を破ったのは先輩だった。

「君の蓋にしていた感情を暴いてしまったからこっちも秘密を話すよ」

「いや……いいですよ。そんなに気にしなくても」

「なんだか申し訳ないからさ。さっき僕が警察官の息子っていってたじゃない?」


 背筋がビクンとした。そういえば言っていた、目の前の感情に流されてあんまり聞いてなかったが。


「最近警察がデスゲームの主催者を摘発することに躍起になっていることは知ってる?」

「まあ、ネットニュースとかで」

なんでもない風を装う。だが心の中は探偵の前に対峙する犯人だった。

「僕も隠れてその捜査に協力してるんだよね」

「えっ? そうなんですか?」

 俺が目を丸くしていると彼は真剣な表情で、

「どうやらこの町にも隠れてるらしいんだ。デスゲームの主催者が」

 と言った。


 え、これ大丈夫なんか……。さっきからずっと帰り道がかぶったままだし、もしかするともしかして? 俺はおとり捜査にハメられて、アパートに着いたとたんに警察登場っていうパターンなんじゃないか? それだと七瀬さんもすでにばれてるんじゃ……。


「不特定多数の人間を拉致して殺し合いを迫り、その様子を楽しむ。とんでもない輩だよね。その輩はなにやらデスゲームとやらを正当化しているそうだけど。歪んだ正義だよね、ホントに」


 え、もうそのままあの人のことじゃん、えどうなるのコレ? 俺、犯罪者協力で逮捕?

 思わず首元を触る。リングが見えないように襟があるものを着るようにしてはいるが、まさか見えてる?


「そいつを捕まえたいなーって思うんだよね。僕が手錠をかけれるわけじゃないんだけど」

 彼の目は闘志に燃えていた。まずい、逃げるか。いやもう自分のアパートが目と鼻の先に見えてるじゃないか。走ったとて、いやなんとかなるか。昔から足の速さには定評があるもんな。


 彼が天に向かって拳を握り、犯人をギッタギタにするマネをしているのを見計らって、俺は横の道へ走り出した。


 と、その時、

「うわっ!」

「あああ!」

 目の前から女性が現れた。正面衝突。2人とも派手にぶっ倒れた。


「あれ? 五光君? どうした? 大丈夫?」

 正義のヒーロー、三上先輩はもれなくこちらにやってきた。くそう、確保するならしてクレイ。

 ただ、自分がぶつかった相手は警察官ではなかった。よりにもよって、よりにもよる相手だった。七瀬薫が目の前にいるのだった。

「え、なんで?」

「えっなんでってどういうこと?」

浮気を見つけた彼女のような顔をして、七瀬さんは腰に手を当てた。腕にはペンギンマーク付きのエコバッグがぶら下がっている。

「いや……その……」

俺がどもっている中、先輩が

「君は誰? 信君の……友人?」

と聞くと七瀬さんは、

「私は彼の隣りに住んでいるんです」

とポーカーフェイスで答えた。

「あ、へえ~お隣さんか。もしかしてここの?」

先輩が指さす方向を恐る恐る見た。完全に俺らの暮らすアパートだった。残念、ピタリ賞。七瀬さんはちょっと眉間にしわを寄せている。

「まあ……そうですね……」

そう答えるしかなかった。ちょっと、七瀬さん、こっちを睨まないでくれる?


「なるほど、僕らは同じ大学に通い、同じアパートに住んでいるというわけか」

三上先輩は探偵が謎を解いたかのように明るく言い放った。俺はもう一回「そうですね」と言った。言うしかなかった。


「僕、信君のバイト先も一緒の三上充です。君は?」

「あ……七瀬薫」

「じゃあ薫ちゃんもこれらよろしくね」


 うわ! 初対面の女子をいきなり下の名前で呼んだー!! これが大学のノリってやつか?


 対する彼女はというと、お得意の睨みを効かせているのであった。さすがにシグナルが届いたか、三上先輩は不安そうな目をこちらに向けてきた。俺が両手を上げて「さあね」のポーズをすると先輩は、

「じ、じゃあ……また今度」

と言って逃げるようにアパートのらせん階段まで歩いていった。ところが何を思ったか彼は振り返り、余計な一言を残した。

「何かデスゲームに関係しそうなことがあったら教えてね」

「は、はあ……」

後ろから突き刺さる視線を感じるも、ぼーっと階段を上がっていく彼を見るしかなかった。


「……ちょっと話そうか」

 返事を受け取る暇も無く俺はデスゲーマーに連行されていった。

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