A-8「スキンヘッドとキャワタン③/三上充という男①」
スキンヘッドは端っこに集まってじっとこちらの様子を見ている猫たちを見た。そして息を吸い、
「家がペット禁止だから」と言った。
「え?」
「は?」
俺も七瀬さんも口々に素っ頓狂な声が出た。
「俺の家、1軒屋なんだけど女房が動物嫌いでさ。猫を飼わせてくんねえんだよ、だからしょうがなくここのアパートの空き部屋に勝手に鍵作って侵入して飼ってんだ」
「それは本当か?」
「本当だ。俺は確かに殺し屋に見えるかもしれねえ、でもこうやったら」
緩んでいた七瀬さんの腕から逃れ、男はしゃがみ込んで猫たちに近づいた。今度は逃げることも無く、なでられても気持ちよさそうにするだけだ。
「あれ? 懐いてる……」
「あれ? じゃあないんだよ、お嬢ちゃん」
「なんか……その……」
七瀬さんは謎にもじもじし始めた。いつまでもうんともすんとも言わないので、
「ごめんなさい、人違いだったみたいで」
と俺が頭を下げた。その様子をまねるかのように彼女も頭を少しだけ下げた。スキンヘッドはその様子を見るなり、
「いやあ俺もいけないことしてるからよ、お互いここは秘密にするってのはどうだ?」
と言った。
「いいですねえ、そうしましょそうしましょ」
ワルの血が騒ぐのか、途端に二人とも威勢が良くなった。さきほどまで羽交い締めで戦っていたいとは思えない空気の良さだ。
「それでいいよね? もちろん?」
七瀬さんはこちらに向かって笑顔で絞め上げるポーズをした。
「分かった」
そう答えるしかなかった。
「あ、そういえば1匹逃げたままですよね?」
「おう、そうだったな」
3人はシャム猫を探しに出かけた。
「七瀬さん」
「ん?」
らせん階段を降りながらふと思ったことを尋ねてみた。
「一体どうやって部屋の中に入ってたの?」
「あれ? 簡単、簡単。後光が入った後鍵かかってなかったでしょ?」
「確かに」
「二人が猫を見つめていたもんだから簡単に入ることができたわ、ささっとキッチンに隠れればよかったのだし」
「ひえ~恐ろしいなあ」
スキンヘッドは顎先をポリポリかいた。
問題のシャム猫はそう遠くまでは行っていなかった。今朝通り過ぎたあの公園だ。お馴染みのところなのにまばらに街灯があるだけでひっそりとしていて、なんだか背筋が寒くなってくる。しばらく進むとブランコのところにちょこんと乗っていたシャム猫は、3人の姿を認めるとピンと耳を立てた。そしてスキンヘッドに身動き一つせず抱かれた。
「さ、帰りましょ」
そう言って三人が帰ろうとしたとき、ふと後ろから視線を感じた。だが振り返ってみてもマンホールしかない。
「おいどうした?」
視線を戻すと七瀬さんが眠たそうにこっちを見ていた。
「ううん、なんでもない」
俺は駆け足で二人の元に追いついた。
「それにしてもすごかったね、七瀬さんのあの戦いっぷり」
「私武道やってきてるからね。前にも言ったかもしれないけど」
彼女側のキッチンからいろいろと音がして数十分後、料理を手にした七瀬さんが現れた。
「はい、約束通り助手くんにご褒美のメシで~す」
目の前におかれたのは茶碗に入ったご飯と皿に乗った目玉焼きと卵焼き、スクランブルエッグに……
「はい、どうぞ」
彼女が卵黄をご飯にイン。仕上げに醤油もイン。
「これって……」
「スーパーエッグ定食です!」
卵だけ料理ばっかりだ! なんで?
「決してレシピの卵の量を疑って卵を買い過ぎた結果、余らせたからじゃないからね!」
絶対にそのせいじゃん。そう言いたいのをぐっとこらえる。なぜかってこの人の笑顔はなかなかいいから。
文句言わずに食べよう、そしてやり過ごそう。
無心で卵だけ料理を在庫処分するのに徹していると、後ろの穴からプラスチックのケースを開ける音がした。そして租借音。
穴から覗いてみるとなんと七瀬さんがハンバーグ弁当に食らいついているではないか!
「うまい!」
「え? なんで?」
その声に気づいた七瀬さんは口の中をもぐもぐさせながら何か言った。何を言った?
「な、なんて?」
「料理なんてめんどくさいもん」
「はあ……」
この人はめんどくさいのに自分のために作ってくれたんだ。在庫処分も兼ねて。そう思っておこう。
「ありがとう」
「うん」
食器を返して二人はどうでもいい雑談にふけった。まるで殺し屋なんていない、デスゲーマーと話していないと思わせるような時間だった。
任務のこと、そもそも協力を拒否しようとしていたことすら忘れて二人は別れ(正式には本棚を戻し)、互いの寝床についた。
あくまでも日常生活をしながら任務を遂行しなければ。一人暮らしだからさすがにやってられない。数日後、俺は大学帰りにコンビニへ向かっていた。ヤケ酒をするためじゃない。まずまだ未成年だ、それくらいの分別はある。バイトだ。
上の空で全く覚えていない面接をくぐりぬけ、昨日採用の電話を頂いた。とにかく来てくれという話だった。
俺が働くことになるコンビニは1丁目にある家と2丁目にある大学との道からは少し離れた東側にある3丁目のコンビニだった。なんでわざわざそうしたのかというと、アパートの人たちと出会ってめんどくさい世間話をしないようにするためだ。
夕日を背に少し坂を上り、チェーン店が立ち並ぶ幹線道路を歩く。焼肉屋と美容院が近くにある交差点に面した小さな敷地にちょっこりコンビニが立っている。
「いらっしゃいませ――」
「あのバイトで――」
「あれ?」
「あら?」
お互いに素っ頓狂な声が出た。レジに立っていたのはどこかでみた若い男だった。いや、若いというか幼いというか。ちょうどその中間というか。それをいうなら若幼いか。いや幼若いの方がいいか? それとも……。
「あのう、こないだ大学で会ったね?」
「あっ、そうですね」
どうでもいいことに気をとられて会話することを忘れていた。小柄で天然パーマ。そう、目の前にいる男の子(?)は大学で迷える子羊になっていた時に道案内をしようとしてくれた人物だ。
「いやー、まさかの再会だったね」
「ほんとですね」
とは言いつつも最近同じようなことを経験していたからか感動は薄かった。でも嬉しさはこっちの方が数倍であった。彼はもう一人の店員と少し話した後、俺をバックヤードに連れていき、椅子に腰かけるよう促した。
「あれ? あなたが店長なんですか?」
「そんなわけないじゃないか。僕はただの大学生だよ」
「え? 中学生じゃないんですか?」
「誰が中学生だ!」
突然彼は顔を真っ赤にして立ち上がった。
「え、ええ……」
「あ、ついカッとなってしまってね」と彼は頭をかきながら座り、
「すまない、今日は僕が君に仕事をいろいろレクチャーする予定なんだよ」
と言った。よくよく考えれば中学生はアルバイトできないだろうし、大学にいたのだからそりゃ大学生か。
「ちなみに自己紹介がまだだったね」
彼は背筋をピンと伸ばし、握手を求めた。
「大学の3回生、
「1回生の五光信です。こちらこそよろしくです」
笑顔の二人の手が握りしめ合う。まるでこちらが年上なんじゃないかと思わすような小さな手だ。だがしっかりとした握力を感じた。
その後は研修が続き、帰る方面が一緒だというので三上先輩と帰ることになった。
「実家暮らし? 下宿?」
「下宿すね」
「僕もそうだよ。親元離れてうれしい?」
途端に彼女の顔が浮かんだ。
「まあ、そうすかね……」
「何か嫌なことでもあった? ホームシック? この町は穏やかでいいところだと思うけど」
「まああんまり言いたくない感じっすかね」
「そう、なんかごめん」
しばらくの沈黙。大きな交差点にさしかかる。
「あれ? 先輩もこっちですか」
「うん、そう」
向こうも下宿暮らしだし、これぐらい道がかぶることはさすがにあるよな。変に納得していると三上先輩がこちらの様子をうかがっているようだった。さっきので気まずくしてしまったかな?
「あ、先輩はどこ出身なんですか?」
「官座木市だよ。松治町よりはちと都会かな」
「俺は
「あー、古い城下町だったところだよね。影響力のある武将が治めてたって言う」
「今ではただの地方都市ですけどね」
「そうかな、豊かな歴史が根付く町っていうのは素敵だけどな。昔からずっとやってる伝統工芸の工房とか老舗の料理店とか行くと歴史を体感する気分になれるし」
そう言って先輩は目を輝かせて空を見上げた。
「歴史好きなんですか?」
「そうだよ、歴史学科だもの」
「へえ~」
何気ない会話が続き、いまだに2人の帰り道が同じことにも気づかない俺だった。
「五光君て彼女いたりするの?」
その言葉を聞くまでは。
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