A-7「スキンヘッドとキャワタン②」
何はともあれ、問題の305号室の前までやってきた。この奥に殺し屋アームストロングがいるというのだろうか。
「どうやって確認しよう?」
「耳をすませば?」
「なるほど」
ドアに耳を押し当ててみる。何か聞こえればいいが、でも独り言激しい人でなきゃ男か女かもわからないのでは……。
『うう~ん、キャワタン、キャワタンでちゅね~』
聞こえた。おじさんのねこなで声だ。世界で一番聞いてられない声だ。
『うひょっ、うひょっ、こっちもキャワタンでちゅね~、う~ん』
何かを吸引する音が聞こえる。
『うわ~、でもやっぱり一番なのはキ、ミ☆フワワワワワ~ン』
「こ、これは……」
「気持ち悪」
彼女がしっかり眉をひそめて言ってしまった。それはさておき。
「殺し屋じゃないよね?」
と聞いたが彼女は、
「いや、楽しんで殺すタイプなのかも」
と言った。
そうだ。この人デスゲームで人死ぬ瞬間見て笑ってるんだった。だったらドアの向こうにいるおじさんもそうなのかもしれない。タイプの違う異常者が間近に二人というわけか。なんとかならないかなこの状況。
「あの、どうしましょ」
「うーん、突撃するか?」
そう言いながらストレッチをし始める彼女。
「いやどう考えても殺し屋じゃないでしょ」
「そうだけどシンプルに別の犯罪者じゃない?」
「君も人のこと言えないよ」
「私はあくまで悪人を懲らしめるためにああいうことをしてるだけ! 正義のためにやってるの!」
次第に二人は大声を出しちゃいけないことも忘れてきた。俺が、
「人の殺し合いさせて笑ってる人が正義? 本当に?」
と言えば彼女は、
「今まで調子に乗って害を振りまいてきた悪人だから苦しんで当然、あるべき姿に導いてるんだから当然でしょ?」
と言ってドアを叩く。
「警察に任せればいいじゃないか!」
と言えば彼女はまた強くドアを叩いて、
「だから警察は終わってるっていってるでしょ!」
と言う。
「でも暴力じゃん」
「それは……」
彼女が自分の手の甲を見た。
「うるせえな!」
おじさんの怒鳴り声がした。左を向くと305号室のドアが薄めに開いて、そこからひげ面スキンヘッドの顔がのぞいた。彼は眉を吊り上げ、今にも爆発しそうな爆弾のように顔を紅潮させていた。
「お前らさっきからうるせえんだよ。俺になんの用があるんだよ。さっさと言えよ」
「いや……何も」
俺は思わず火の玉スキンヘッドから目をそらす。
「はあっ? 何も無くこんなところで喧嘩するやつがいるか? とっとと吐けよ。なあそこの軍人みたいなやつもよ、汚ねえ顔見せて誠意見せろよ」
スキンヘッドはサングラスとマスクを無理やり引っ張り上げた。案の定、美しい顔が露わになった。美しい顔は申し訳なさそうな顔になっていた。
「ごめんなさい。普段音がしないところから音がしたもので。こいつと様子を見にいこうとしたんですけど――」
「ああ、ごめんごめんネエー。うるさくしてしまったね」
スキンヘッドはさっきと様子が一変、ぎこちない笑顔になった。
「ちなみに中にいるのは?」
「ああ、ネコちゃんだよ。とってもキャワタンだよ。見てみるかい? せっかくだからね、ね?」
「ああ、いや……」
七瀬さんは顔をそむけ、俺の背中を押した。
「代わりに見たら」
「え?」
「は? お前に見せたいんじゃねえんだよ」
別にこの人の監視におびえてでも猫を見たいわけじゃないんだけどな……。だが七瀬さんはこちらに目配せして、
「私猫アレルギーなんで彼に会わせてあげてください」
と言ってさらに俺の背中を押す。いったい彼女はどういうつもりなんだ? もう少しでスキンヘッドのサイのような吐息に直撃しそうだ。一方のスキンヘッドはあまりにも推しが強いので観念したのか、
「ああ、そうか。あくまでもお前に見せたくて見せるわけじゃねえからな」
と眉間にしわを寄せながらもドアの隙間に俺を迎い入れた。
その先には三毛猫、虎猫、シャム猫、黒猫、白猫。総勢5匹の猫たちがキャワタンな状態で待ち伏せていた。俺が近づき膝をつくと、シャム猫がゆっくり近づいてきた。
「ちょっお前」
スキンヘッドの制止を聞かず、シャム猫をなでた。シャム猫は気持ちよさそうに答えた。他の4匹は遠くからその光景を眺めていたが、徐々に距離を詰めてきた。
「確かにキャワタンですね」
「お前、来たばかりのくせにどうしてこんなに懐いて――」
スキンヘッドが近づいたとたん猫たちは一目散に逃げていってしまった。
「懐かれてないんですね」
「そ、んなことねえよ、」
彼は憤慨して俺の背中を引っ張って、
「もう出てけ、出てけよ」
といいながら玄関へと引きずりだした。
「おい姉ちゃん、あれ?」
スキンヘッドが玄関のドアを開き、俺を追放したときには七瀬さんの姿はなかった。まさか、俺を犠牲にして雲隠れしたのか?
「くそっ逃げられたか。おめえのせいだぞ」
「ええ?」
やっぱりこの人が殺し屋……?
「にゃあ」
「?」
見下げるとシャム猫であった。
「おい、ちょっと待て」
スキンヘッドの手をかいくぐってシャム猫は疾走、あっという間に姿を消した。
「くそっ、なんでこんなことに……。おい、お前連れてこい」
「ええ?なんで俺なんですか?」
「お前が入ってくるからこうなったんだろ」
「そんな……」
こんなコワモテに睨まれたら探しにいくしかない。七瀬さんは急にいなくなるし、猫は逃げていくし何という夜であろう。とぼとぼと歩き出したその時だった。
「ううっ」
うめき声が聞こえた。玄関からだ。覗き込むといつの間に部屋に入ったのか、七瀬さんがスキンヘッドを後ろから羽交い絞めしている。
「後光! 早くドア閉めて」
「う、うん」
慌てて玄関に入りドアを閉めると七瀬さんは大暴れしているスキンヘッドをリビングに連れ込もうとしている。遠くのすみっこで猫たちが前傾姿勢になり固まっている。
「おい、何をする! 離せ!」
「後光! 適当に蹴り上げて」
「ええ……」
そんなこと急に言われてもな……。この人相手にそんなことは……。
「もう、何をグズグズしてんの、もういい!」
彼女は自分の足で男のケツを蹴り上げた。
「ううっ」
男は再びうめき声を上げ激しく動き続ける。いくら七瀬さんが力が強めだとしても、大男には敵わないのだろう。少しずつ彼女の腕がずれはじめている。お互い苦しそうだ。
「ちょ、お前突っ立ってないでなんかしろよ」
「え? どうしたらいいの?」
「これだから……素人は……、とりあえず私のポケットに入っているピストルを取って、早く!」
「あ、うん」
さっきおもちゃだと言ってたやつだろうか。男の荒ぶる腕をよけながら(正確には1発あたった)なんとかピストルを取り出した。
「ええとこれで」
「こいつに向けるんだよ、私じゃない!」
ピストルを向けられた男は冷や汗を書き始めた。
「くっお前ら巷で話題のデスゲーマーかっ?」
「さあな、お前は殺し屋だろ?」
七瀬さんが威勢よく答える。
「はあ、殺し屋なんかじゃねえぞ」
「じゃあなんで空き部屋のところで猫飼おうとしてるんだよ!」
「それは……」
男が苦虫を噛むような表情をして動きを止めた。やはり何か秘密を隠しているのか……?
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