A-6「スキンヘッドとキャワタン①」

「ほう、大学1年生?」

「……はい」

 店長さんと目を合わせようとはしているんだけど、なぜか目線が下の方に行ってしまう。

「週にどれぐらい入れる?」

 あの目はずる過ぎる。どうして外見はあんなにきれいなままなんだろう。中身は残酷なのに……。

「ん、聞いてる?」

「あっ、週5です」

「週5ね」

と言いながら店長さんはバインダーに挟まっている紙に「週5」とゆっくり書いた。

「え?」

「え? 今、週5って言ったよね?」

店長さんが怪しげなメールを見るくらい疑い深い目で俺を見た。

「やっぱり週2か3ぐらいです」

「あ、そう……」

店長さんはボールペンでシャッシャッと「週5」の文字に横棒2線を入れ、上に荒々しい筆跡で「週2~3」と書いた。

「それじゃあまた採用連絡に関しては後程しますんで」

「はい……」



 夕日が落ちて真っ暗になった部屋に明かりをつけて、ベッドにダイブ。

嫌われてしまっただろうか。さっきのことをバイトの面接中でも考えてしまうとは……。


 こうしてるうちにも殺し屋は別のターゲットを殺しに出かけているのかもしれない。もし本当にアパートに住んでいるのならばの話だけど。


 少し転がり、本棚の方を見る。七瀬さんは帰ってきたのかな? スマホをポケットから出した。九堂君からメッセージが来ている。

『後光、結局テニス部入る?』

 うーん、どうしようか。入ったとて試合に出る前に死んでるかもな……。殺し屋が俺らを見つけているのならだけど。見つかったら狙われるだろうな。俺らが狙う相手でも一応あるんだし。

『とりあえず入る』

そう打って送信すると今度は七瀬さんの方からメッセージが来た。

『なんか任務の情報得た?』

『なんにも、新歓と面接行って帰ってきたばかり』

『そう、こっちもまだまだ』

『任務ってどうしたらいいと思う?』

 

 返信がぴたりとやんだ。と思いきや本棚から音がした。本棚に駆け寄りずらすと隣人デスゲーマーが現れた。

「直接話した方がよくね?」

「そうかなあ?」

「お邪魔しまーす」

 

 俺が許可する間もなく彼女は丸テーブルに置かれてある座布団に左ひざを立てて座り込んだ。仕方ないので向こう側の地べたに座った。

「さあ、殺し屋はどこにいるでしょう?」

「それがわかってるならもう任務終わったようなもんでしょ」

「とりあえず、引っ越してきたばかりの私たちはこのアパートのことをあまり知らない」

「うん」

「ということは我々はそもそもどの部屋に誰が住んでいるのか、住んでいないのか把握する必要がある」

七瀬さんは左ひざに左ひじを載せ、左手に顎を載せた。恰好はアレだが探偵みたいな口調だ。

「よし、後光君、君が行ってくれたまえ」

「え? なんで」

「我々の未来は君の手の中にあるのだよ」

三匹選ばせるタイプの博士みたいな声を出されても困る。なんで俺だけ?

「なんで一人なの?」

「え? 一人でいけないの? 君小学生? 夜一人怖いの?」

彼女は体を反らして目を細め、ニヤッと微笑んだ。

「いけるけどなんで今から行くことになってんの?」

「危機はすぐそこに迫っている、ほら後ろ!」

「え?」

俺は振り返った。ただの壁だった。

「なんだ、何もないじゃん」

と言って向き直すと目の前にはピストルがあったので、

「うわあっ」

と思わず飛び跳ねて背中を打ってしまった。

「このようにな、アッハッハッハー!」


 やっぱりこの人は正真正銘のデスゲーマーだ。人が苦しむ姿が大好きなんだ。いつまでもニヤニヤしている。

「本当に今から行けと?」

「ん? もちろん?」

彼女はピストルを構えたままだ。もちろんニヤニヤも。

「わ、わかったよ……」

ピストルを向けられているのだ。この人なら何をやってもおかしくない。ゆっくり立ち上がりのそのそと玄関に向かった。

「行ってくれてる間、メシ作ってやるからさ。がんばってきて。見つけたら倒してもいいよ」

なんという御冗談ですか、探偵さん。

「あとこのピストルおもちゃだからね」

「え?」

 振り返り、一瞥を食らわさずにはいられなかった。その間もやっぱり彼女はニヤニヤしっ放しだった。


  俺の住むアパートは松治町2丁目にある築30年の3階建てで、時々ネズミが現れるオンボロアパートだ。1階、2階、3階とも5部屋ずつある。


 2階は205から「七瀬」、「五光」、「松井」、202号室は空き部屋、「赤石」。1階は101から「秋田」、「丸太」、「軽澤」、「立道」、空き部屋、3階は301から「三上」、「舘ノ内」、「一ノ瀬」、「名賀」、305号室は空き部屋であった。

 

 すっかり日も暮れているので裏の路地に回ってアパートを見上げてみた。この時点でどれだけの人が帰ってきているのだろう? もしかしたら殺し屋は何日も部屋を開けていたりするかもしれない。まるでスパイ捜査官にでもなった気分だ。


 明かりがついているのは1階が「秋田」、「軽澤」2階が「七瀬」、「松井」、「赤石」。3階は「三上」、「舘ノ内」、305号室であった。


 あれ? 305号室は空き部屋のはずだよな。どうして明かりがついてるんだ? もしや、あの部屋で今殺人が……? 

 俺は慌てて七瀬さんに、

『305号室に殺し屋がいるかも』

と送った。震える手を必死で抑えようとしていると、

『わかった。らせん階段に集合』

と返ってきた。


ああ、行きたくない……。でも行かないと終わらない……。


 悲しい定めなのであった。俺は本日をもって19年の歴史に幕を閉じるのだろうか。ああ、短い人生だったな……。


 足取り重くらせん階段を上がる。2階にやってきたとき、

「あ、いた」

 と声をかけられたので振り向くと、サングラスにマスク、防弾チョッキを着た重装備の七瀬さんがいた。

「何この服装?」

「しーっ! 声がでかい。ひそひそ話すんだ。ここはもう外の廊下だぞ助手くん」

「助手って……、そんなことより何で俺は軽装のまま――」

「いいか、本日の目的は本当にアームストロングかどうか確認することだ。もちろん気づかれないように。もし正面から体当たりしようものなら間違いなく私たちは死ぬ」

「とんでもないこと言わないでよ!」

「だから静かに!」


 足が震える俺の背中を盾に、七瀬さんはズンズン歩を進めていった。ちなみにらせん階段は隙間が空いているタイプのやつだ。つまり……。

「ちょ、七瀬さんはや――」

 言う頃にはもう遅い。バランスを崩した俺の膝がらせん階段の段の隙間に挟まった。ついでに腕もさらに上の段に挟まった。

「何やってるの?」

「押すからじゃん」

「ちゃんと歩かないからでしょ」

「急にスピード上げるから――」

「早くしないとヤツがこっちにくるかもしれないでしょ!」

「じゃあ助けてよ!」

「しょうがないなあ」

 うだるような声を出しながらも七瀬さんは俺の腰を引っ張り上げてくれた。かなり強引だったけど。


「よし、行くよ!」

 開口一番、再び俺の背中を押してきた。おかげで危うくまた隙間にはまるところだった。


 

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