A-5「あなたしかいないんだ②」
「もしかして新入生?」
「はええ……」
「ひょっとして道に迷ってる?」
「んまあ……」
年下の感じの男の子に迷子認定されるのは癪だったが、やんわりここは認めるしかなかった。彼は天然パーマを蓄えた髪をかきむしり、
「授業の場所わかる?」
と聞いてきた。
「それもわかんなくて……」
「そうか。君何学部?」
その後いろいろパーマ探偵の推理が続いたが、結局事務室に向かって場所を教えてもらうことになった。
「いいや、ごめん力になれなくて」
「いや全然大丈夫です。他学部ですから仕方ないですよ」
「そっか。じゃあ僕はこれで失礼するよ」
アフロくんはこちらに手を振った後、あの像がある広場に向かって走りだした。
あれ? もしかして彼も遅刻していたのか? そもそも彼は先輩なんだろうか? 喋り方はそんな感じだったけど背がずいぶん低すぎるような。天才すぎて飛び級で入学してきたみたいな感じかな?
それにしても優しい人だったな。胸がほっこりして俺は建物に入っていった。
授業をやっている教室はずいぶん大きい部屋のようだ。教授が立っている黒板の場所から階段状に座席が広がっている。講義形式の授業だから後ろの入り口近くにささっと座ればなんとかなりそうだ。
隣に女性がいる一人分ちょうど空いた席に入り口から忍び寄り、腰かけた。みんな黒板に書かれた文字を板書しているようなので急いでカバンを開ける。中にはカードゲームが入ったケースがたくさんあった。
やっちまった。対戦用のカバンを持ってきてしまった。ああ懐かしい。などと言っている場合では無い。板書を諦めるか、いやそれだったら家から慌てて出てきた意味が無くなるような気がする。
ちらりと隣を見やる。ずいぶん綺麗な女性である。髪がサラサラしている。ちょっと気が引けるが筆記用具を借りよう。
「あのう……」
「はい? あれ」
顔を見合わせた二人はどちらもポカンと口を開けた。
「噓でしょ」
「なんでここに?」
目を丸くする七瀬薫がそこにいた。
「なんでここにいるの?」
「こっちのセリフだよ」
「ん? 誰か質問したいやつがいるのか?」
大講義室前方にいる教授がこちらに目を向けた。小声を出したのに気づかれてしまったらしい。なんという聴力だろうか。なぜだかわからないが七瀬さんはガッツリ俺の足を踏みつけ、睨み付けた。ここでは喋らない方がいいということなのだろう。睨みつける必要あったかな?
黙ってひたすら板書をするのだが、講義の内容が頭に入ってこない。なんとなく会いたくない相手を避けるどころか自ら近づいてしまったのだ。今日はバイトの面接を受けないといけないというのにまたデスゲームのことを考えなきゃいけないのか?メリットは彼女の横顔が拝めているくらいである。昨日とはうって変わってロングヘアーだ。
「?」
「いやなにも」
視線に気づいたのか彼女がまたも睨み付けてきた。今度は足は踏まれなかった。
睨み付けても全然きれいなのが恐ろしいよ。
それ以降は特に何も起こることもなく、やがて授業は終わった。
「あのさあ、あそこで大声だしちゃだめだよ」
「君も出してただろ」
「本物のデスゲーマーはそんなことしません」
「君こそ余計なこと言ってるじゃないか!」
辺りを見回す。廊下には同じく講義が終わった生徒たちがごった返しているのでそこまで気にすることでもなかった。
「そう言えば昨日は協力するって言ったけど……」
「ん?」
七瀬さんがこちらの顔を見た。
「やっぱり――あ、九堂君」
目の前に九堂君がいた。彼は隣にいる七瀬さんにちらっと目を向け、
「もしかして彼女さん?」
と尋ねた。彼女はなぜか相手をにらんでいた。
「いや、全然偶然知り合った人」
「ふうん」
九堂君は恐れ多き者を見るような顔をした。七瀬さんはなぜか今度は俺の方をにらんでいた。
「今日部活の新歓に行こうと思ってたんだけど――」
「行くよ、行こう」
思わぬ回答だったのか、彼は
「そ、そうか。んじゃあまた後でな」
と言って逃げるようにして群衆に消えていった。
「またか」
七瀬さんがつぶやいた。
「あれ? 九堂君と会ったことあったの?」
「いや、私を見た人はだいたいあの反応するんだよね、なぜか」
「そう」
君がにらんでいたからかもな。
「あ、そうそう。重大なお知らせがあります」
「何? 形式ばって」
という問いには答えずに彼女は、
「ここじゃよくない。スパイが聞いてるかもしれない」
と神妙な顔をした。
「そのスパイってなんなの? だったらさっきもまずかったよ」
「いいからいいから」
「よくないって」
やっぱり返答も聞かずに七瀬さんは俺の腕を必要以上にガッチリつかみ、路地裏に連行していった。向こうからやってきていた男2人組がこちらを凝視してざわついた。
路地はとても狭く、両側の建物の室外機が間近に迫り、鬱陶しい熱風が吹き付け蒸し暑い。建物に阻まれ長方形に切り取られたように見える空は真っ青だ。こんな路地を通る人は全くいない。エ〇本ならば何かいいことが起こるのだろうが、残念お相手はデスゲーマーである。そんなことがあるわけがないのである(涙目)。それどころかさらに俺を苦しめる情報を仕入れてきたのであった。
「アパートに潜入していたらしいおとり捜査官と組織が連絡がつかないらしい。もしかしたらアームストロングにやられたかもしれないんだって」
「ええ?」
ゾッとした。さっき急いで出てきたアパートでやられたのだろうか? 体が硬直した。できれば関わりたくないのだ。今の情報で余計に。でもアパートでそれをやられてしまったら、もう逃れられないじゃないか!
「私たち、ヤバいね」
さすがの七瀬さんも張り詰めた表情だ。よくもその情報を握っていながら授業を受けれていたよな。
「もう俺たちは死ぬのかな」
「勝手に私も巻き込まないでよ」
「だって……」
地面を見つめたままうなだれる。
「今は私たちのベストを尽くすしかない、やることをやるしかない。アームストロングを見つけて報告すればあとは確保すればいいだけだ」
彼女は俺の肩をトントンとたたいた。
「それが簡単ならこんなになってないんだよな……」
「あなたしかいないんだ」
「もっと他にいるんでしょ」
「ちゃんと怖がらずに聞いてくれた人はあなただけだから」
顔を上げると、思ったより近くに彼女の顔があった。その目は黒く透き通っていた。人が死ぬのを見て笑っているとは思えないほどのきれいな目だった。思わず吸い込まれそうになる俺の驚く顔が映っていた。この感覚、昔あったな……。
「わかった、やってみよう」
気づけばそんな言葉が口から出ていた。
「よし! 私たち隣組の力を見せてやろうぜ!」
「なんだそれ……」
彼女が俺の手を力強く握った。握手のつもりだろうか、後でものすごく痺れた。
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