A-4「七瀬薫③/あなたしかいないんだ①」

「え? 俺が?」

「うん、私たちが。勝手にやってくれるならあんた一人でもいいよ」

「いやダメダメ」

俺は急いで手を振った。

「ただの大学生が殺し屋を捕まえるとか無理でしょ、無理無理」

「私たちは見つければいいんだよ、実際の確保は他の人たちと一緒にやるから」

「結局確保もしなきゃいけないじゃないか!」

もしも確保に失敗すれば結局相手に殺される。確保なんてできない、つまり死。


 テーブルに突っ伏した俺に彼女はさらなる追撃を食らわす。

「ちなみにその殺し屋、アパートにいるんだって」

「え?」

顔をあげ、考えをめぐらした。何もでてこない。目をしばしばさせるだけだ。

「相手に先に見つかったら殺されちゃうかもね」

と彼女は冗談めいて言ってくるが、こちとら正気の沙汰ではない。

「なんでそんなに無茶苦茶なんだよ。無理じゃん」

「大丈夫、おとり捜査官が潜入しているらしいから」

「おとり捜査官?」


 なにそれ? FBIみたいな? かっこいい男性が何者かに扮してアパートに住んでいるのを想像した。プロがいるなら心強いのかな……?


「どこにいるのかはわからないけど」

「わからないの?」

「情報流出がなんだかんだとか言ってたな。よくわからないけど」

わからないことだらけだな。俺の不信感が顔に出てしまったのだろう。彼女は、

「でも五光が協力してくれるから」

と補足した。

「俺のどこが助けになるの?」


 彼女はその答えにさえ「わかんない」と笑顔で言い放った。そして二人は日常生活を送りながら任務を遂行すること、壁の穴はとりあえず信がマンガばかりが置いてある本棚でふさぐことを決め、連絡先を交換し、別れを告げた。


 今日はなんだか疲れた。話込みすぎて日もすっかり暮れている。もうカップラーメンでいいや。キッチンに向かい、電気ポットに水道水を注ぎながら考え込む。


 隣の人は年の近そうな美女だけど、デスゲーマー。

 隣の人は結局生きて帰してくれたけど、組織の一員として俺は任務をするはめになっている。相手は殺し屋だから結局戦闘になってしまえば殉職確定案件。


 嫌だな~、なんでこんなことになったんだろう。そもそも大学に通うためにここ松治町にやってきたのになあ。人をそんな非人道的な現場に引きずり込むために引っ越してきたわけではないのになあ。むしろデスゲーマーから逃げて……いや、デスゲーマーのせいでおかしくなった自分の人生を立て直すために引っ越してきたのだというのに、その先にデスゲーマーがいるとは……。


 電気ポットにスイッチを入れ、湯が沸くのを待つ間、ゲームの準備をすることにした。

 モニターをつけようとする。真っ黒な画面に自分が映っている。首にまきついたリングも見える。外せばいいじゃないか。単純なことだ。これはきっとただの脅しだ。外してしまえばいい話。


 リングを引っ張ってみる。残念なことに、このふにゃふにゃのリングは俺の肌から一切離れようとしない。全くだ。どんだけ力を入れてもだ。必死になっているうちに肩が痛くなってきた。二回も大きな打撃を受けているのだから仕方が無い。

「困ったな……」

 これでは逃れることができない。任務を達成するまではこれは外れないだろう。このままでは一生リング首人間として生きていくことになる。シンプルに恥ずかしいじゃないか。

「どうしようか」

 そもそも彼女は隣に住んでいるのだ。何か町のどこかで出会ったというのなら会わないように気をつけるということはできる。でもこの状況じゃ下手したら毎日顔合わせだぞ。

 受け入れる、えっ? じゃあそもそも任務をどうやってするんだよ……。思考が堂々巡りになってきてしまった。これ以上考えていると頭がパンクしてしまいそうだ。


 彼女には悪いけど、やっぱり協力はしたくない。あの日以来、絶対にデスゲーマーとは縁を作りたくないと決めたんだ。俺は変わるんだ。前時代の人間には関わらないぞ。


 ゲームを始めた。最近始めたゲームだ。戦闘系のゲームだ。激戦の末、相手を倒したときの快感がたまらない。いつもはそうだ。でも今日はちょっと違った。敵を倒す度、さっきのことが頭に浮かんでしまう。

「今日はあんまり楽しくないな」

 それでもズルズルとやり続け、気づけば深夜2時だった。明日は月曜日。早く寝ないとヤバいのはわかってるけどやってしまう。5回連続で敗北を喫したところでさすがにやめる気になり、そのままベッドに突っ伏して寝てしまった。



 翌日、寝坊した。完全にやらかした。よりにもよって今日は1限目の授業が入っている。開始まであと10分、ヤバい、ヤバい、マジでヤバい。

 急いで食パンを口に突っ込み、牛乳で押し流す。漫画だったら食パンくわえて曲がり角だったけ。あ、あれ男がやるもんじゃないか。


 などとどうでもいいことを頭に浮かべながらとりあえずカバンを持って外に出た。カバンの中にちゃんと物品がそろっているだろうか。アパートのらせん階段を下りながら初めてそのことに気づいた。残念ながらそんなことを確かめている余裕は無かった。


 幸い家から大学までは徒歩20分で着く距離だ。走ればなんとか10分遅れくらいで収まるんじゃないか? それにしても算数の問題で出てきそうな場面だ。あのときの太郎君、元気にしてるかな……?


 すぐ近くにある公園の横を通過する。何やらおじさんたちがマンホールの周りで話している。その様子をちらりと見ようとすると、人相の悪いおじさんと目が合ってしまった。慌てて目をそらす。


 坂を下り、ちょうど谷となっている幹線道路を越えるとまもなく大学が見えてくる。丘の上にあるのでまるで城のように見える。ここに入るにはぐねぐねした坂道を登る必要がある。ここまで走ってきたのでかなり息がしんどい。


 やっとこさキャンパスの中に入った。おもちゃ箱みたいなカラフルな建物の間を抜けていき、広場までくる。ここで問題が発生した。1時間目の授業ってどこでやるのか問題だ。広場にある謎の像を見上げてボーっとする。人の形をしたこの像は両手を上げ、片膝を上げている。どっかであったぞそんなヤツ。


 この像を見てると、なんだか急いでいるのがアホらしくなってきた。教室の場所がわからないんで遅刻しましたって言えばなんとかなるんじゃないか? もうそれでいいか……。眠たいし……。


 俺はトボトボと歩きだした。一個一個の建物がバカでかいし、道もずーっと伸びてて広いし、バスでも走ってたらいいのに……と不満ばかり考えていると、

「おい君!」

 と後ろから呼ぶ声がした。振り向くと中学生くらいのアフロの男の子がいた。






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