A-3「七瀬薫②」

デスゲーマーによる忌々しい記憶から逃れてきたというのに? デスゲーマーに協力する? ありえない話だった。


「ちょっとそれは無理だな……」

口を真一文字に結び、相手と目をそらす。

「え? なんで?」

彼女が少し詰め寄ってくる。

「なんでって、俺デスゲーマーに協力したくはないんだ。人を殺すような残虐な人には……」

「私殺してないよ!」

彼女は手のひらを上下に動かしながら、

「ゲームを運営しているだけだから。殺し合うのは参加者。生き残りたけりゃ最後の一人になればいい話」

と当然だと言わんばかりに力説した。それでも違和感は収まらない。この人は絶対に間違っている。聞き入れちゃだめだと勘がささやく。

「なんでそんなことするの? 何が楽しいの?」

「あの人たちは殺し屋だよ。依頼を受けてターゲットを殺害する。ライバル企業のエリートとか、政治家とか大金持ち、それに因縁の相手をね」

殺し屋なんて物騒な単語を聞くと辟易する。

「でもターゲットは別に悪い人じゃないんだよね。むしろ悪いのは依頼人と殺し屋、正々堂々表の舞台で戦わず、都合の悪いヤツを消し去って解決しようとしてるわけだから」

彼女はモニターを見つめた。このモニターに映る人みんな殺し屋なのか?

「ねえ、このゲームには殺し屋だけ集めてるの?」

「いや、麻薬取引とか詐欺師とフッツ―の犯罪者もいるよ、今回は殺し屋が多いかな。そんな悪人たちにはこんな場所がお似合いなんだよ」

「そうかな……」

「アーハッハッハッ!」

彼女は笑いながら口をあんぐり開けながら硫酸の海に消えていく参加者を指さした。その感覚にはどうしても同調できない。いくら悪人とはいえこんな死に際を見せられると心臓がもごもごする。

「警察に突き出したらいいのに」

気づけばつぶやいていた。

「警察なんてとっくの昔に終わってるよ」

「どういうこと?」

「殺し屋とグルなんだよ」七瀬さんはこちらに振り返り、溜息をつく。

「警察が汚れてしまって殺し屋と組むようになった」

「どうして?」

「どうしてだろうな? 金銭でも渡されたのか、それとも何かの陰謀か」

彼女は背伸びをした。


 わけがわからない。警察と殺し屋が仲間になって、その二つにデスゲーマーが対抗してるって? 俺の人生を狂わせたはずのデスゲーマーが……?

 

「どうしたの? 頭を抱えて……」

「おかしいよ、君の言ってること、さっきから……」

がんばって言葉を絞りだした。

「変だ」

「何で?」彼女は途端に立ち上がった。

「私は正義のためにやってるんだよ、殺し屋とか犯罪者が町にあふれていたら嫌でしょ? 警察が落ちた今、私たちデスゲーマーが悪人に裁きを下すの! この世の中を良くするために――」

「……でも人を殺してる! 直接じゃないけど殺し合いをさせている! それ見て喜んでる! 本当に君は……変だよ!」

ふと脳裏に九堂君の言葉が浮かんだ。歪んだ正義。

「変じゃない! お願い私を信じて! あんたまで私を除け者にするの?」

彼女が声を震わせた。前かがみになって近づいてくる。思わず後ずさりした。


「とにかく……俺はデスゲーマーが嫌いなんだ! 壁を直したらもう関わらないで!」

 気づけば自分でもわかんないくらい大きい声を出していた。大声を出せばなんとかなる状況ではないだろうに。

「どうせ通報するくせに! こうなったら」

彼女は両手を構えた。獲物を狩る表情をしている。ただ目がさっきより潤っていた。

「ほら、ぼ、暴力で解決しようとするじゃないか」

「違う!」

「じゃあ、その手は何なの!」

「これは――」


ピンポーン!インターホンが鳴った。

「やばい!」

そう言った途端、七瀬さんは俺を壁の穴に突き飛ばし、モニターを布で覆い、玄関へ走った。

俺は自分の部屋に仰向けのままぶっ倒れた。


「さっき怒鳴り声が聞こえたんだけど」

おばさんの声だ。

「すみません」

さっきとは違う、高めのいわゆる可愛い子ぶった声だ。

「何? 彼氏でもいるんじゃないの~?」

「いやいや引っ越してきたばかりなんで、違います」

「ああ、そう。薫ちゃんぐらいの美人ならすぐに作れそうだけどね~」

「あはははは、あははは」

愛想笑いだ。

「まあ、いいや。あれ? その穴は?」

体じゅうに緊張が走る。まさか、見えてはないだろうな?

「ちょっと勢い余って壊しちゃって」

「へえ、そう……大家さんに聞いてみないとね。まあ可愛いから許してくれるでしょ」

「あは、あはっはっはっは」

愛想笑いだ。でもまんざらでもなさそうだ。

「じゃあ、騒音には気をつけてね。このアパート壁が薄いんだから」

「はーい」

ドアが閉まる音がした。足音がこちらに近づいてくる。七瀬さんが現れた。


「あのー」

「うん」

「ちょっと言いすぎた」

「あ、こっちもうん」

背中を起こし、立ち上がる俺を七瀬さんは穴の壁に手を寄せて見ていた。

「さっきのは誰?」

「203号室の松井純子さん、夫さんと二人暮らしだって。珍しいよね、こんなアパートに二人って」

「まあ事情があるのかな……」

204号室が俺の部屋なので松井さん家は壁を隔てて隣である。

「夫さんはこないだ亡くなったみたいだけど」

「亡くなったの?」

「そんなに驚くことないだろ」

と素っ頓狂な声を出した俺を見て彼女ははにかんだ。

「人はどうせ死ぬんだから。事故とか、寿命とか……ゲームとかで」

「まずいな、寝れないよ。夫さんの霊が襲ってきたりしたらどうしよう」

金縛りにあってしまうかもしれない。もう体が硬くなってきてる気がする。

「そうか? 松井さんは事故だって言ってたし、もし襲ってきたとしても倒せばいいだろ」

「どうやって?」

俺は頭を抱えた。彼女は、

「まあその時考えればいいじゃん」

とファストフード店のカウンター前くらい気楽な受け答えであった。やっぱり変な人だなあ……。話せば話すほど第一印象から遠のいていくよ。


「で、まあとにかく私の任務に付き合ってくれたらいいだけなんだ。お礼はするから」

「無理だよ、君のやってることには共感できないよ……」

「一応言っとくけど、あんたも私も少なくとも任務が終わるまでは死のリングから離れられないし、私はそれなりに武道をやってるからね」

彼女は自分の首を指した後、回し蹴りをして見せた。

「脅迫じゃないか、そんなのひどいよ」

「目の前に困ってる人がいるのに助けてくれないの? あんたこそひどい人じゃないの?」


 そう言って彼女は悲しい目をした。美麗なのが功を奏し、マッチが売れなくて困ってる少女ぐらいかわいそうに見える。まるで自分がこの子に悪いことをしているかのようだ。とりあえずここは返事して切り抜けなければ。

「や、やるよ……。その任務だけはね」

「やったー!」

さっきの萎れ姿はどこへやら、飛び上がって叫ぶ始末。

「だ、だましたな」

「目的達成のためならなんだってするもんだよ」

腰に手を当ててえっへんと言わんばかりである。なんだかぽっかり穴が開いた感じがする。

「それにしても喜びすぎじゃない?」

「まあ、今までいろいろあったからね、話したくはないけど」

 少し彼女の表情が曇った。思わずその姿に親近感を覚えてしまった。今の喜びようはさっき見た人をあざ笑っている姿とは違うんだよな。年相応の表情というか、心動かされるというか……。


「そういえば任務って?」

「ああ、まだ言ってなかったね?」

彼女は腰に手を当てたまま無表情でこう言った。

「殺し屋アームストロングを確保すること!」


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