A-2「七瀬薫」
その女の子はとってもクールな感じの歳の近そうな女の子だった。こんなに睨みつける顔がきれいなことがあるのだろうか。自分はぜいぜい「無駄に目ん玉がでっかいね」と言われるだけなのだ。ただ、この子の両目は程よいサイズで収まっており、その間からきれいな鼻筋がウイニングロードを導いていた。その先には白い宝石がのぞいた、神秘の洞窟が――。
「な、何?」
「え?」
震える手で彼女はいつ俺が何をしようがぶっ叩けるようにだろうか、フライパンを構えている。この子があの残虐なデスゲーマーだというのか? 本当に?
「あなたはスパイ?」
「いや、ここの住人で」
「住人? ほんとに?」
彼女は首をかしげた。
「おかしいな、隣に引っ越してきた挨拶なんてなかったけど」
「あ、ごめんなさい。なかなか会えなくて」
「はあ、そう、まあこいつが殺し屋なわけないか……」
彼女はフライパンを床に置き、大穴が開いた壁にもたれかかった。ん? 今殺し屋って言った?
「うわあ……壁壊しちゃったじゃん、どうしよ……」
頭に手をやった後、ちらっとこちらをにらみつけると、彼女はフライパンを持ち上げた。
「正直に言ってよ」
「何を?」
「あんた誰?」
なんだ自己紹介か。
「俺は
「私は
「ああ、どうも」
「うん、よろしく……」
すでによろしくできていないような気がするが、お互い会釈した。
あまりの気まずさに目を合わせることもできず、沈黙の時間が流れた。七瀬さん側の部屋からもだえ苦しむ男の声が聞こえる他は。
「一応確認だけど、ホントに殺し屋とかじゃないよね?」
「そ、そうだよ……」
「ほんとかなあ」
彼女は腕を組んでじーっと俺を睨んだ。何も隠し事なんてないのに動機が早くなってくる。悪い癖だ。
「意外とこういうタイプが急に襲ってきたりして……」
「しないよそんなこと」
「ダメだ、信用できない」彼女は目をつぶってうーんと考えていたが、手のひらに拳をポンッとした。
「洗濯機だ。洗濯機で回そう」
「え、え、どういうこと?」
彼女に腕をつかまれ立たされ、連行されていく俺。気づけば洗面所の前だった。
「はい、本当に殺し屋じゃないのなら入って回転してください」
「何で?」
「いいから、いいから」
彼女は本気なようで、本当にドラム洗濯機の蓋を開いている。このままじゃ
その時、スマホの着信音が鳴る音がした。
「あ、やばい」
七瀬さんは急いで部屋に走った。
こっそり部屋をのぞいてみると、なにやら大小さまざまなモニターが壁に掛かっていて、いろいろ映っているのだった。現在行われているデスゲームの参加者の視点や、心拍数、目標達成率など細かな情報も映し出されている。部屋全体はそこまで個性が感じられるものは置いてはいない。机、モニターの他に掛け時計、テレビと必要なものだけ置かれているような感じだ。ベッドにペンギンのぬいぐるみが置かれている以外は。
「はいもしもしすみません、制限時間過ぎてますよねすぐやります」
彼女はモニターの下にある机の上にあるパソコンをカタカタっとタイピングして、その横にあるマイクに近づいた。
「はい、第一ゲーム終了~。おお~3人死んだね」
さっきの加工された声だ。三人死んだ?
「じゃあ第二ゲームは硫酸が流れるところを渡り切ってもらいまーす! 途中で誰かに出くわしたら戦闘ね。従わなければ首のリングが爆発しまーす」
とんでもないこと言ってるじゃないか。しかもすごく笑いながら。
「ではスタート!」
開始のサイレンが鳴り、モニターから映る参加者の視点カメラが動き始めた。心拍数もかなり上がっている。
『うわ!』
待ち伏せていたのだろうか、曲がり角からパッとでてきたライフルを持った女に銃撃され、男の視点は硫酸の池に向き、画面が真っ黒になった。
「アーハッハッハハ! 面白くなってきたね」
「ええ……」
こんな残酷な現場を見ておきながら、彼女はほくそ笑んでいる。隣人がデスゲーマーだったなんて本当に災難だ。とにかくここにいてはまずい。早く出て誰かに言わないと。
辺りを見回す。壁の穴まではそう遠くない。洗面所から彼女のいる後ろを通るルートだ。走ったら間に合うか。彼女はモニターを見つめ、狂気乱舞している。今のうちに……。
「さてと」
彼女が振り返った。一か八か駆け出したときにはもう遅かった。
「どうした、どうした?」
彼女は即座に俺の腕を掴み、投げるまねをした。
「逃げられないよ」
七瀬さんの腕力は思ったより強い。これは勝てないなと直感する何かがあった。ここは大人しくした方がいいかもしれない。
「よし、よーし」
動物でもなだめるかのように俺を地べたに座らせたのち、机の横にあったダンボールから大きな輪っかを取り出した。それをこともあろうか俺の首にはめようとするので、
「何で何で?」
と言いながら、リングをつかんで持ち上げようとすると、
「私の素性を知っておきながら逃げようとした罰だよ」
と彼女は謎の笑顔を浮かべた。圧倒的な腕力により、ゴムでできているっぽいリングは俺の首にしっかり密着した。しかもリングには発信機みたいなのがついていて、赤いランプが点滅していた。
「ハッハッハッー! 私とおそろいだ」
彼女は自分の襟を引っ張って首についているリングを見せた。同じものだ。
「え? これはどういう……?」
「ルールを破ると死ぬやつ。ほら、あいつらもつけてるでしょ」
彼女が指さすモニターには定点カメラからの映像が映っている。立って周りを警戒している男にも確かに同じリングをつけている。
「あれ? なんで運営が参加者と同じリングをつけているの?」
「ああ、それは運営側も上層部に監視されてるからね」
彼女は床に座りながら天井を指さした。
「組織の秘密を一般人にばらしたくないでしょ、だからこれをつけることでしゃべらないようにさせるんだよ」
「今のは喋っていいの?」
「ああ、秘密は言ってないから」
いつポロっと喋ってしまって即死するかもわからないのにこの人はかなりケロッとしているな。
「え、でもなんで俺がリングを……?」
「同じ理由だよ、外にこのまま逃がしたらたぶん通報するでしょ。クソみたいなところに」
図星だ。でもクソみたいなところかな……。デスゲーマーの視点ならそうか、そうだよな……。やっぱりこの人はあの凶悪なデスゲーマーなんだよな……。それにしては思ったよりフランクだ、まるで普通の女子大生だ。信じられない。あの憎いやつらとこの人が同業者だなんて……。
また一人硫酸海の餌食になった。でも確かに本当に人が死んでいるのだ。
「ねえ? 聞いてる?」
顔を上げると七瀬さんが目を細めていた。
「あ、ごめん考え事してて」
「私は今困ってる」
「はあ」
「まず壁の修理と」
彼女は俺の後ろにある大穴を指さした。
「今後のこと」
「え? 今後?」
まるでカップルの会話のようだ。あ、その例えはちょっと嫌……。
「私はとある任務も兼ねてここに引っ越してきてて、であんたにその素性を知られてしまった」
「ああ」
「で、あんたはどうせ通報するだろうと思ったから私はリングをはめた」
思わずリングに手をやった。
「ちなみに私が任務を失敗するとリングは爆発するし、あんたが通報してもリングは爆発する」
ええ? 爆発するの? これ自体が? 俺は自分の首が吹っ飛ぶ瞬間を想像して身震いした。
「でもリングは任務を完了すると取れることもある、デスゲーマーを辞めたいという意思があるならば」
「え?」
「だからさ」
彼女は膝に両手を置いて、頭を下げてこう言った。
「私に協力してくれない?」
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