隣人デスゲーマー
ケーエス
GAME : A 「殺し屋アームストロングを確保せよ!」
A-1「そんなバカな」
「信、大丈夫? 本当に一人暮らしなんて」
「大丈夫だよ」
俺はわざと大丈夫なふりをしてそう答えた。
対する双子の兄は全く信用していないようだった。俺と似た(当たり前か)大きな丸い目にはぎこちなく笑う俺の姿が写っている。
「あのなあ」
「ん?」
「一人暮らしたからってお前のそのなんていうか、どうしようもない気持ちは変わらないと思うぞ」
「そんなことない、俺は」
必死に次の言葉を探す。
「変わるんだ」
「ほお」
兄はしたり顔だ。
「変わって見せるんだ」
「引っ越しすることで?」
「そう」
「ええ~」
兄はありえんと言わんばかりに手を振った。
「無理だよ、引っ越ししただけでは」
「なんでだよ、新しい環境に行くことで新しい刺激を得ることで――」
「テレビで言ってたからだろ、それか動画サイト」
ギクッ、図星だ。思わず顔が赤くなる。兄は目を細めて、
「ほら見ろ」
と言った。何か言わなくては。何かを、何を……
「どっちにしろ……もう荷物は引っ越し先に向かってるし」
玄関から外を見た。ところどころ雲がかかっているがいい天気だ。
「それにしてもよく親が賛成したよなー、適当に受験して受かった大学にわざわざ下宿して通うなんて――」
「あれはしょうがなかったんだ――」
そう言いながらうなだれてしまい、涙組む俺を見て、
「わかってる、わーかったて」
と兄は慌てて謝り、
「俺が悪かったよ、信がいいならいいよ。頑張ってこいよ」
と言って手を差し出した。
「ああ」
双子の兄弟は顔を見合わせ、固い握手をした。
「ちゃんと勉強しろよ」
「わかってる」
「ちゃんとメシ食えよ」
「わかってる」
「ちゃんとバイトもしろよ」
「わかってるって!」
「それに……」
兄は真剣な目のまま微笑んで、
「
と言って見せた。
俺は再びむっとして頬を膨らませた。
「作れないよ、もう俺には」
兄は相変わらずにやついていた。二人は握っていた手を離した。そして向こうに着いたらスマホでメッセージを寄越すことを約束して兄とは別れを告げ、リュックを背負って俺は家を出た。
庭を抜け、目の前の道路を少し歩いた後、もう一度振り返って今まで住んできた一軒家を見上げた。
「変わるからな」
その時風が吹いて庭の木々が大きく揺れた。まるで家が応援してくれているかのようだった。その光景をまじまじと見つめた後、俺は再び振り返って走り出した。
バス停にたどり着いた。スマホの乗り換え案内アプリを開く。時間通りだ。しかも繫華街を通らない。ほっと溜息が出た。これが無いと不安で仕方が無い。兄は駅にある看板を見ただけですいすい行けてしまう。ダンジョンと呼ばれている駅でさえも。同じ兄弟のはずなのに、見た目以外はなんでこんなに違うのだろう?
わざわざ繫華街を避けるような人は他にいないのか、バスの車内にいる人間はまばらだった。兄には強がって見せてはいたものの、結局不安なのであった。
「次は○○前~」
と聞くたびに外の景色を確認した。
新幹線、在来線を乗り継いで俺は新天地にたどり着いた。町の名前は松治町、通うことになる大学がある他には特徴の無い郊外の町である。俺はこの町のアパートの一室を拠点にして新生活を送り、過去の自分にさよならして憧れの大学生になろうとしたのだが……。
引っ越してからというもの、あらゆることを自分でしなきゃいけない日々に忙殺された。まず実家から運んできた物品を整理、そして料理、洗濯、朝頑張って起きること――。
やっぱり一人ではきつい。普通の生活するだけで大変だ。頼れる人がいなければ、自分変われないかもしれない……。
大学で頼りになる人と出会えればいいな……とそう思うのであった。
「下宿なんですか?」
「ええ」
「へえーオレは実家っすね」
大学の授業からの帰り道、たまたま席で横になった
ただ、全く話が盛り上がらない。全く……。
「音楽とか何聞く?」
と言って彼はこちらの顔を覗き込んだ。
「有名なやつかな……」
俺は前を見たままだ。
「ロックとか聞かない?」
「あんまりバンドは……」
「そう……」
彼も前の方を見てポケットに手を突っ込んだ。それから親指以外の指を外に出してひらひらさせて、
「他に授業取ってる? 言語は?」
と言った。
「中国語」
なぜか今は味気ない声しか出てこない。それがなんだか、むずがゆい。
「あ、こっち朝鮮語だわ」
「ああ……合わないね」
「うん……」
もう何を話しても無駄だと察したのか、彼は黙りこくってしまった。
「あ、ここからオレ駅いくから」
「ああ、じゃあまた」
連絡先を交換して愛想笑いを浮かべ、彼は交差点を左に曲がっていった。その背中を意味もなく見つめ続けた俺は、自宅のアパートへと歩みを進めた。
もっといろいろ話せたかもしれない。もしかしたら彼が頼りになる人かもしれない。そんな大事なチャンスを平気で潰す自分がわからなかった。でもやはりあの日からもう俺は新しい出会いに期待することができなくなってしまったのだろうか?
そしてさらにその前に言われたことが脳裏をよぎる。
「最近さ、デスゲーマーがまた復活したんだってさ」
「へえ」
そう言いながら思わず唾を飲み込む。
「どうやら各地でデスゲームを開催しているんだってさ」
「ふうん」
まさか。
「もしかしたらオレたちもその餌食になってしまうかも」
「わざわざ大学生に?」
いやいや、わざわざこっちに引っ越してきた自分には関係の無い事だろ。
「結構年代幅広いらしいぞ。たまに女性もデスゲームに参加するはめになってるらしい」
「そんなことある?」
「あるから言ってるんじゃん」
ちょっと怒ったような口調で彼はスマホの画面を見せつけてきた。
見出しは『死亡率90%! 各地で本物のデスゲーム開催の噂 生存者衝撃の実態を告白』であった。内容をかいつまんで記すと、近頃突然デスゲームに巻き込まれて行方不明になる人が続出しているという。生存者の話によると、デスゲームで勝ち残れるのは1人だけで、それ以外の人間は全て跡形も無くこの世から消え去るのだそうだ。警察はこれを受け、デスゲームの主催者や開催場所を追跡調査するため、職務質問や検問などを強化すると発表しているそうだ。
「確かに……」
そんなバカな、あの事件でデスゲーマーは全て逮捕されたと警察は言っていたはずじゃないか! 手に汗が流れる。ふつふつとした感情が沸き上がる。
「いったい奴らの目的は何なんだろうな? ゆがんだ正義とかかな?」
「知らないよ……」
思い返しているうちに気づけばアパートだった。そういえば隣の人にまだ挨拶を済ましていないような……。
部屋に入り、すぐにベッドに寝転がる。隣から声が聞こえてくる。俺の住むアパートは壁が薄い。だから壁に近づいて耳を澄ませば、ギリギリ何を言っているか聞き取れないわけでもない。
「今からお前たちには、とあるゲームをしてもらう。フンッ、何さ簡単なことだよ。そう、殺し合いをなあ! アーハッハッハッハッ!」
ドスの効いた加工された笑い声が室内に響き渡った。俺は戦々恐々音のする方角を見つめた。
「あー、お前らのその怯えた顔を見てるととっても楽しいよ。なんせ、この中で生きて帰れるのは1人だけなんだからなあ! アーハッハッハッ!」
まさか、そんな訳は無い。こんななんでもない町で。
「さあ、お前たちにはすでに武器を用意した! さあ早速、殺し合いを始めてもらおうか!」
え?隣の部屋で? 本当に?
「スタート!」
無音。
アパートの一室の壁の向こう側からは何も聞こえない。壁に耳を押し当てて見ると、ブツブツ男が喋っているのが聞こえる。
「いいね、いいね。アーハッハッハッ。ホント、いい顔してるわ、アーハッハッハッ」
あれ? 声の低さの割になんだか喋り方が女っぽいような?
「あー、もう最高だわ。ああもう死んだ」
一人死んだ? 隣でデスゲームをやっているわけではないのか? そう言えばこの声さっき聞こえてた声と大分似ている気がするぞ……? ということはまさか、
デスゲームの主催者が俺の部屋の隣にいるってこと?
「まじかよ」
「えっ?」
急いで口を塞いで壁から離れる。危ない、気づかれるところだった。まじか、そうか、よりにもよって俺はデスゲームの主催者の隣に引っ越してきてしまったのか。大学生活の拠点をデスゲームのモニタリングルームの隣に置いてしまったのか!
「誰かいるよね?」
「ええ、いないです」
バカ、何を言ってるんだ。黙っていればいいものを……。
「スパイをしようとしてもそうはさせないよ!」
え? どういうこと?
頭の中で様々な考えが駆け巡る。しかし出来事というのは自分の想像を超えてくるものなのだ。
今まで見つめていた壁がミシミシ音を立て始めた。そして亀裂が走ったかと思うと、バラバラと崩れ始めた。そして次の瞬間女の子が現れた。ただその目は血走っていた。
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