C-5「武器庫」
「捕まれ!」
船底からの衝撃。慌てて側にあった手すりにしがみついた。とてつもない轟音を立てて船は床を滑っていく。船内はどこかにしがみつく人、床を転がっていく人で洗濯機状態だった。
やがて船はピタッと止まった。恐る恐る足を伸ばしてみると、目の前にはだだっ広い空間があった。周りは壁と天井に囲まれている。来た方角を見ると、でっかい穴が空いている。船はあろうことかデスフリゲートの中に入ったのだった。
「棚…?」
渉が目をこらした先にはなるほど、目が暗さに慣れてきたから分かったが、棚がたくさん並んでいる。倉庫か?
「さあまもなく敵がくる。とっととやるよ」
「「はい!」」
薫の呼びかけでデスゲーマーたちが次々に降り始めた。薫はこの突撃作戦の現場指揮を任された。アームストロングを今度こそ自分たちの手で捕まえてみせよという二里さんの計らいだろう。
彼女はその様子を見て突っ立っている俺たちを見て言った。
「さあ、行こう」
「オレは…?」
スキンヘッドが毒目薬でもいられたかのような形相で聞いた。
「案内役をお願いします」
「ひえっ!」
薫がそそくさと出て行った。俺たちも麻酔銃を取って出て行く。スキンヘッドが帽子を置いてあとから続いた。
「ここは?」
「もともと駐車スペース。今は武器庫――」
「隠れて!」
銃弾が棚の右をかすめて行った。スキンヘッドは頭を抱えた。各方面で銃撃戦が始まったようだ。
「いい? 私たちは周りが敵を倒している間、そこをすり抜けて目標まで行くよ! 気づかれないようにね! SHISSO! 目標は誰と誰と誰?」
「ここのボスとアームストロングと…かおりを殺したやつ」
「その通り」
薫がこくっと頷いた。渉がやれやれといった顔をした。
デスゲーマーと殺し屋の銃撃戦はほぼ互角であった。コソコソ棚から棚へ身を隠して進むはずが、耐えきれなくなった薫が次々に敵を横から撃っていった。ここにかおりを殺したヤツがいるのだろうか? 一人一人聞いていきたい。
「なにボーッとしてるの? あんたたちも撃てばいいのに」
薫は少し二里化している。
スキンヘッドの案内でなんとか停止したエスカレーターを駆け上がり、上の階にやってきた。
廊下が真っ直ぐ伸びており、右左にドアが並んでいる。
「ここは?」
「3等船室。今は普通の殺し屋たちが住んでいるはず」
「いたぞ!」
スキンヘッドに正解発表するかのごとく、船室から殺し屋たちが現れ始めた。
「一旦隠れろ」
薫の呼びかけにさっと船室に身を隠す。と、ばっと首を掴まれた。
「んんん」
「俺達を舐めるなよ」
見ると殺し屋のおじさんだった。しまった、待ち伏せか。
「ふひひ、このガキがぐわっ」
おじさんの頭が揺らいだ。渉が蹴り上げたのだった。しっかり背中に麻酔銃をお見舞いした。
「渉、ありがと」
「お安い御用よ。思ったけどさ、これいつもの通りにやればいいんじゃねえか?」
「いつも通りって何?」
「戦闘ゲームだよ」
そう言うと渉はそそくさと前の方に行った。
「ちょ、勝手に」
うわっと悲鳴が上がった。駆けつけると渉が見事に殺し屋の女を倒していた。
「えっどうして?」
「危ない!」
再び弾が横をかすめていった。周囲を確認し、渉の元へ近づく。
「いいか、やられるのを待つんじゃない。やりにいくんだ」
「渉、お前」
いつものヘラヘラした渉はどこへやら。まるで人が変わったような面持ちだ。コイツがいるならもう安心だ。そう思わせる何かがあった。ここはひとつ、渉を信じてみよう。ここでくたばっちゃいけない。
「わかった、やってみるよ」
渉に続き前へ進んだ。
目の前ではあれだけ怯えていたスキンヘッドが意外と好戦している。
武器庫の戦闘が大体片付いたらしく、後ろから援軍も来たことで瞬く間にデスゲーマーたちが優勢になった。
「上手いんですね」
「まあ、武器扱ってるもんとしては当たり前よ」
会話する余裕まで出来た。
が、いきなり目の前のデスゲーマーたちがバタバタ倒れていった。
「誰?」
最前列にいた薫はぎりぎりでかわしたようだ。
「どうも、ワタシです」
「LONG!」
短く太い体格。手には散弾銃を持ち、太い輪郭をなぞるかのごとく分厚い装甲に包まれている。だが紛れもなくLONGだった。
「いやあどうもご無沙汰しております」
「ご無沙汰しておりますじゃないでしょ、この裏切り者!」
薫がにらみをきかせる。
「裏切り者ですと? ワタシはもともと「Foxes」の一員ですが? あれ?今日もみなさんおいでで。ということは警察はやられたのですね」
「まさか計画をばらしたのって――」
「そうですよ。仕事を遂行するには手段を選ばない。あなたたちもそうでしょう?」
「それは――」
言葉に詰まる薫を見てLONGはしたり顔になる。
「で今日は殺されに来たのですか?」
「そんなわけないでしょ! 今日はあんたの命日よ!」
「ふふふ……この惨状を目の前にしても?」
目の前には数人のデスゲーマーが倒れている。さっきの一瞬でこの男はこの数を倒したというのか! 散弾銃から目線を外せない。
「今、一歩でも動けばこの魔改造散弾銃の餌食になるでしょう。ふふふ、一人残らず」
LONGはニヤッと笑った。そして一人一人の顔を舐め回すように見た。
さて、どうするか? 動けば間違いなく死ぬ……
目の前には薫を含めた数人のデスゲーマーが麻酔銃を構えている。その後ろに俺と渉、スキンヘッドが待機している。さらに後ろにもデスゲーマーたちがいる。一見するとこちらが圧倒的有利にも感じるが、散弾銃からほとばしる限りない威圧がこの場の空気を支配していた。
ツンツンと渉が俺の背中を小突いた。ちょうど目の前にいる大柄な男性デスゲーマーに隠れて渉は指を動かし始めた。おい、嘘だろ! 頭の中でいろんな可能性を感じた。失敗ばかりが浮かんだ。でも……やるしかなかった。こんなところでくじけてる場合じゃない。早く復讐を果たさないといけないんだ! しかもあの彼が言ってるんだ。だから大丈夫。
OKサインを出すと、渉はしゃがみこんで離れていった。
「さあ、それはどうかな。あんたこそどれだけ散弾銃を振り回そうとこの数には勝てないんじゃない?」
「なんです? 命乞いの時間稼ぎですか? ひ弱なデスゲーマーさん。このまま幹部たちがやってくるのも時間の問題でしょう。ワタシをも超える武器と能力を兼ね備えた幹部たちですよ――」
「パルパトール・エネルギトゥスーーーー!!!」
俺は顔を真っ赤にしながら奇声を発した。
「は?」
LONGは声の主を探そうと首を動かし始めた。そのすきに渉が船室から現れ、LONGの足元に向かってタックルした。
「ウゲエ!」
LONGが倒れた瞬間、次々とデスゲーマーたちが動きだした。LONGはたちまち麻酔銃の餌食となった。
彼はステルス戦法を使ったのだった。俺の尊厳をギタギタにして。渉に声をかけようと思ったが、前の方から殺し屋幹部たちが現れた。たちまち現場はもみくちゃになり、渉の姿はLONGともども見えなくなった。
「ここは我々が食い止める! PENGURIN! SHISSO! 先へ行ってくれ」
「ありがとう! よし、SHISSO行くよ!」
デスゲーマーの男の叫びに応え、薫は手を挙げた。
「渉は?」
「大丈夫」
薫は確信した様子だった。それは俺も同じだ。
「行こう!あれ? スキンヘッドは?」
「ここだ、すまん躓いてしまって」
スキンヘッドは頭をかいてやってきた。
大部分のデスゲーマーたちを3等船室に残し、俺たちは非常階段を使って2等船室までやってきた。
「あれ? 誰もいない?」
こちらも3等船室と同様、廊下が真っ直ぐ伸びていて、ドアが両側にあり、時々広いスペースがあったりする。窓からは波しぶきが見える。嵐に覆い被されていてまるで夜みたいになっていた。
ふと目の前に大きな身体が現れた。力強い拳。分厚い装甲の出立ち。それは間違いなく――。
「アームストロング!」
「久しぶりね、薫ちゃん、いやPENGULIN」
アームストロングがニヤリと笑った。
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