C-6「VS LADY」

「しばらくぶりだったじゃない? てっきり公園の下に陥没したのかと思ってたけど」

「するわけないでしょ!」

「それにしては時間がかかったわねえ。ここを見つけるの難しかった?」

相変わらず腹の立つネチネチ声だ。薫はジリジリと歯ぎしりしている。


「あら? あなた、なんでここにいるのかしら? 今日は在庫の仕入れ日じゃ無いでしょ?」

「ああ俺は」

スキンヘッドは左手を銃の形にして自分の顔に向けてゆらした。

「こうだ」

「まんまとそっちに渡ったのね。ということはここのことも全部」

「んまあそういうことだ」

「はあっ? なんて意志の弱い、あの時と一緒――」

「俺はただビジネスやってただけだぞ、あの時のことはいい加減忘れろよ!」

「愛してたのに……」

アームストロングがくわっと目を見開いた。顔中のしわというしわが地割れのように現れた。


 一方スキンヘッドは嫌な上司が目の前にいて困るというくらいの顔つきだった。いったい二人に何があったのだろうか。


「く、ここで殺してやる!」

アームストロングは拳を突き合わせた。

別の意味が加わった気がするが、2等船室の空間は禍々しい憎悪に包まれた。


「さあ誰から来る? まさか拳相手に銃で挑もうってのかい? そんな卑怯なマネは許さないよ、上をごらん」

一同上を見た。天井に無数の針のようなものがついている。

「もし銃で挑もうもんならその毒針が一瞬で頭にドカンだよ」

 また威圧をかけてきたか。こうやって自分の戦いのフィールドを支配していくのか。さすが殺し屋、直接的な戦いにもなれているらしい。いや感心している場合か。


「さあ誰から行く?」

俺、薫、スキンヘッド……誰もが黙りこくっている。 

「相談は無しだよ」

振り返ろうとする薫をアームストロングが制した。


「俺が行くよ」

しばらくの沈黙の後スキンヘッドが名乗りを上げた。ちょうど薫も俺も手を挙げたところだった。

「え? あなたが?」

「いいんだ」

「でも」

「ここは……行かせてくれ」

にっこり笑ったスキンヘッドは薫に麻酔銃を渡し、アームストロングの前に出た。


「ほほう。今一番殺したい奴がくるとは」

「ついさっきからだろ」

スキンヘッドも拳を合わせ、ポキポキやった。

「さあかかってきやがれ」

「あらこんなところでレディーファーストを使って。後で後悔しろよ!」

アームストロングがさっと横に近づいてアッパーカットを決めた。それと同時にスキンヘッドが腹を強打した。



「やるじゃねえか」

「そっちこそ」

彼らは間隔をとりながら互いの動向を見ている。


 それは人間同士というより、猛獣同士の戦いだった。

あるときは殴り合い、あるときは掴み合い、あるときは噛みつきあった。二人は益々言葉を失い、上気して、無我夢中でお互いの体を傷つけ合った。死への恐怖より相手を倒してやろう、生き抜いてやろうという気概が上回っているようだった。


 二人は肩で息をしながら両手をがっちりと組み合った。

「うおおおおおお」

「ぐわあああああ」

 スキンヘッドが頭突きした。よろよろしたアームストロングをそのまま押し倒す。そのまま馬乗りになってタコ殴りする。

「ぐはあ、はあっ」

アームストロングは殴られながらもスキンヘッドの胴体を足で挟んだ。強靭な筋力でスキンヘッドを持ち上げた。

「何?」

「ふんぬっ」

離した。スキンヘッドの弾頭はアームストロングの前方を通過して壁に突き刺さった。

「おのれ……」

 アームストロングはよろよろと立ち上がり、うつ伏せになっているスキンヘッドを見た。ゆっくりゆっくりと近づく。薫が銃を構えた。


「俺、大事なことわすれてたわ」

うつ伏せになりながらもスキンヘッドは口を開いた。

「何よ」

アームストロングは彼の背中をじっと見ている。


「俺はお前を好いていたんだ」

「は? 何をいまさら言うのよ。命乞いしても無駄よ」

「俺は強い女性にあこがれてた。初めて試合をしたとき、俺はここまで強いヤツがいるのかと思ってた。俺は感動した。もうちょっと戦ってみたいと思った」

アームストロングは何も言わない。

「俺たちは付き合った。でも途中で別れることになった。俺がどれだけ弁解しようが、お前はあの時のことを理解しようとはしないだろ。でもこれだけは言わせてくれ。お前への気持ちは変わらない」

「あなた結婚してるでしょ、何を言ってるの?」

「お前がアパートに越して来た時、おどろいたさ。目の前に現れようかと思った。でも躊躇した。結局仕事で会ってしまったけどな。俺は戦いの道から諦めた。しかしお前は違った。唯一無二の素手暗殺者としてのお前がそこにいた。より戦いを極めたお前が」

「何が言いたいのよ?」

「お前と戦えてうれしかった。ありが――」

「許すかあああああ!」

アームストロングがスキンヘッドに飛び乗ったときと、薫が麻酔銃を撃ったのはほぼ同時だった。

アームストロングはスキンヘッドの上に覆いかぶさった。2人はそのまま動かない。t辺りには沈黙だけが残された。


「これで良しと」

「二人は……」

俺の声に薫がこっちを振り返った。

「一緒にいて幸せだったのかな」

「わかんない。二人だけのことだから。ほら、時間が無い。行こう」


 薫はそそくさと向こうにある階段に向かって歩き始めた。

スキンヘッドとアームストロングの姿から目が離れなかった。二人に何があったのか知りたくてたまらなくなった。


「信……?」


 彼は女房がいると言っていたのに? よくわからない。しかもこんな形でアームストロングを倒すことになるなんて、なんだか不甲斐ない。せめて聞きたい……。


アームストロングの耳元まで駆け寄った。

「あなたは少女を殺したことがありますか?」

そうつぶやいた。

「何やってるの? 麻酔が効いてるんだよ」

薫も近づいてきた。

「かおりを殺したヤツはどこにいるんだ?」

アームストロングに向かって叫ぶ。もちろん返事は無い。

「教えてくれ! 早く!」

「だから麻酔が効いてるんだってば!」

「ああ!」

手を振りほどかれ、薫は両手を胸元に当てて後ろに数歩下がった。

「早く殺さないと」

「今殺す必要は無い。今は麻酔銃で打てば――」

「時間が無い! 行こう!」

 俺は走り出した。後から薫もついてきた。言葉にならない思いをなんとかかみ砕こうといている顔で。


 案内役がいない今、とにかく前へ進むしかなかった。階段を一段一段登っていくうちに、ますます俺は宿敵に近づいているのだという自覚が強くなっていった。薫の方を見ると、彼女も口を真一文字に結んでいる。


 LONGは渉のおかげで倒せた。アームストロングはスキンヘッドのおかげで倒せた。三上先輩もきっと今頃父親と対峙しているだろう。いよいよ今度は自分たちが倒さなきゃいけないんだ。


 薫はデスゲーマーとしての意地をかけて。俺はかおりの仇打ちのため。


 変わるんだ。そう誓ったではないか。諦めるなと言われたではないか。自ら動かないといけないと悟ったではないか。


 なら今はやるしかない、復讐を、復讐を。


 階段を登り切った。奥の方はイベントホールにつながっている。そして「操舵室」と書かれたドアがある。


「二手に別れよう」

「大丈夫? それで?」

薫は目を見開いた。

「俺はひとりでやりたいんだ。救けをもう借りずに」

「そんな――」

「やらせろよ!」

俺が薫の胸ぐらをつかんだので、薫は口をパクパクさせた。

「う、うん……。とりあえず離して」

俺がそっと離すと、彼女はナイフを取り出した。

「基本は麻酔銃だけどどうしてもやらなきゃいけないときはコレで」

「うん、ぶっ刺してくる」

「あ、ああ」

「よし、じゃあ俺はイベントホールを探すからじゃあな」

「え、えちょっと待って」

薫の静止を振り切って俺はイベントホールに向かって走り始めた。何かが壊れ始めていた。

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